バストリア山岳騎士国
岩石平原を抜けてから、僕たちはさらに北へと進んだ。
騎士団の護衛は安心できる。ギデオンさんはぼくらから離れ先頭を歩き、騎士たちも隊列を乱さずに歩いている……正直、カッコイイと僕は思った。
やがて視界に入ってきたのは、まるで山そのものを削って築いたような巨大な城壁――それが、バストリア山岳騎士国だった。
「……すごい。まるで山が城になったみたい」
リアが感嘆の声を上げる。
確かにその通りだ。岩肌に沿って積み上げられた城壁は黒鉄のように重く、そして荘厳だった。
門の上には、盾を掲げた騎士の紋章が刻まれている。
ここが、『守護の道』を歩む者たちの国――バストリア山岳騎士国。
「こりゃまた、すごい城下町だねぇ。あたし、あんな頑丈そうな門、初めて見たわ」
フレイアが正門をしげしげと見上げる。
門の向こうには整然とした街並み。石造りの建物がきっちりと並んでおり、まるで国そのものが要塞のような、不思議な感じがした。
「なんだか……町の空気が引き締まってますね」
リアが感心したように呟く。
確かに、他国のような浮ついた雰囲気は一切ない。
笑顔はあるけれど、それは穏やかで誇り高い笑みだった。
守る者の国――それが空気そのものに刻まれている。
そして、門兵の一人が、ギデオンさんに向かって敬礼する。
「ギデオン隊長、お疲れ様です!!」
「ご苦労」
どうやらギデオンさんは、この国でも相当の信頼を得ているようだ。若いからと侮られることはない、誠実で真面目そうな人だし、信用できる。
ギデオンさんは、門兵に何かを言い、僕たちの元へ。
「入国手続きは済ませた。このまま町に入って大丈夫だ。ところで、宿は決まっているかな?」
僕らは顔を見合わせ首を振る。
ギデオンさんは、町を指差して言う。
「この中央通りを進んだ先に、『岩窟亭』という宿がある。個室も広くサービスもいい宿だ。そこでよければ紹介できるが」
「いいんですか? ありがたい」
「気にするな。これを宿屋で見せればいい」
渡されたのは、紋章の刻まれた指輪だった。盾のような意匠が彫られている。
「自分の紹介だと言えばいい。ああ、それと……時間ができたら、グラン=フォルテ騎士団の第一支部を訪ねてくれ。改めて、お礼がしたい」
そう言って、ギデオンさんは敬礼して部下と町中へ。
僕たち三人はその背中を見送った。
「すごい高潔な方ですね」
「ああ。騎士ってああいう人のこと言うんだなあ」
「お堅い感じするけどね~、でもあいつ、かなり強いよ」
「まあ、せっかくの紹介だし、行ってみるか。『岩窟亭』だよな」
「ええ。まずは宿を確保してから、ですね」
「んふふ、あんたらも旅慣れしてきたんじゃない?」
僕らは、ギデオンさんおすすめの『岩窟亭』へ。
煉瓦造りの三階建ての宿で、指輪を見せてギデオンさんの名前を出すと、一番いい部屋を三部屋用意してくれた。
部屋は広く、温泉の町アドモニクスほどではないが高級感のある部屋だった。
まだ昼前だったので、荷物を置いて貴重品だけを持ちロビーへ集合。
「じゃあ、町を見て回ろうか」
「せっかくですし、『ダンジョン協会』にも行きませんか?」
「あたしも行きたい!! ダンジョン、気になる!!」
「霊触者等級も上げないとな。そういや……フレイアの等級は?」
「知らないわよそんなの。等級とかキョーミないし」
そんな話をしつつ、僕らは宿を出た。
◇◇◇◇◇◇
城下町は、想像以上に活気があった。
広い石畳の通りの両脇には、鎧職人や鍛冶屋、薬草商、武具屋がずらりと並んでいた。
カンカンと金属を打つ音、鉱石を磨くザリザリという音が途切れることなく響いている。
「わぁ、見てユウト!! 全部、金属細工のお店ばっかり!!」
「本当に。鍛冶の国って感じだな……どの店も鉄と岩の匂いがする」
フレイアが楽しそうに店先の鉱石を眺める。
岩都バスティオンはまさに山の都だ。岩の大地から掘り出した資源をもとに発展してきたらしい。
人々の服装も質実剛健で、装飾よりも耐久性を重視しているのが見て取れた。
「観光にしても、見どころいっぱいね。ほら、あそこの建物、温泉施設だって!!」
フレイアが指差した先には、湯煙が上がる岩造りの宿。
山岳国らしく、地熱を利用した温泉施設が各所にあるらしい。
「フレイアさん、もう温泉ですか?」
「ふふ、戦いのあとは癒やしでしょ……まぁ、今日はその前に用事があるけどね」
そう。今回の目的は観光ではない。
僕たちはこの国で、霊触者等級――いわゆるランクを上げるため、『ダンジョン協会』を訪れる必要があるのだ。
「協会はどのあたりにあるんでしょう?」
「確か……この街の中心部にあるって宿屋の主人が言っていた。噴水広場を抜けた先だったはずだ」
僕たちは通りを抜けながら、街の中心へと向かう。
途中、石像や騎士のモニュメントがいくつも立ち並んでいた。どれも盾を掲げた姿をしている。
「『盾を掲げる者』……守る者たちの象徴、って感じですね」
「守ることこそ、魂を磨く道――『守護の道』の理念か」
この国の人々は、誰かのために立つことを誇りとしている。
それは僕の『孤独の道』とは正反対の生き方だった。
――けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。守る力、誰かのために生きる意思。僕がこの世界に来てからずっと、どこかで探していた感情かもしれない。
「ん? ユウトたちじゃないか」
その声に振り返ると、白鋼の鎧に黄土色のマフラーを巻いた青年が立っていた。
ギデオン・レオンハート。さっき別れたばかりの、盾騎士だ。
「ギデオンさん!!」
「やはり君たちか。観光を満喫しているようだね……どうだい、我が国の印象は?」
ギデオンさんは笑みを浮かべて近づいてくる。
相変わらず整った顔立ちだが、戦場で見たときより柔らかい雰囲気をしていた。
「すごいです。どこを見ても騎士ばかりで、町全体が要塞みたいで」
「はは、そうだろう。我らの国は『防壁の国』とも呼ばれている。山そのものが我々の城壁なんだ」
ギデオンさんは誇らしげに胸を張る。
その姿がまさに、『守る者』という言葉そのものだった。
「これからどこへ?」
「ダンジョン協会に行こうと思ってます。霊触者等級の更新と、ダンジョンについて聞こうと思いまして」
「ならばちょうど良い。案内しよう。自分も協会には顔を出す用がある」
「え? 騎士様がなーんでダンジョン協会に?」
フレイアが言うと、ギデオンさんは笑う。
「ははは。ダンジョンは騎士にとっても、いい訓練場になる。ダンジョン協会と騎士団は連携しているんだ。魔獣が溢れるような危険なダンジョンを潰すこともあるからね」
「なるほど……私も知りませんでした」
フレイアが納得し、リアがメモを取る。
そのままギデオンさんの案内で、街の中央へと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
バスティオンの中央には、巨大な噴水広場があった。
中央の像は、巨大な腕を持つゴーレムのような形をした岩の生物だ。両腕を掲げ、手には黄色い石を持っている……そう、『地の精霊神像』だ。
水は岩の割れ目から湧き出しており、清らかに光を反射していた。
「これは『地の精霊神像』だ。地の大精霊『グランドゥーラ』を模した像らしい」
「これが、地の大精霊……!! スケッチしなきゃ」
「なんかゴーレムみたいねぇ」
リアはスケッチ、フレイアはジロジロ眺め、ドゥーン火山道で出会ったゴーレムと重ねているようだ。確かにゴーレムみたいだな。
ギデオンさんは言う。
「ははは。逆だよ、ゴーレムが大地の記憶から『グランドゥーラ』の姿を真似たと言われているんだ。『守護の道』の象徴……実に壮大だ」
ギデオンさんの声には、深い敬意と決意がこもっていた。
彼にとって、この地の大精霊は単なる像ではないのかもしれない。
まるで、生きる理由そのもののように感じた。
僕は地の大精霊を見て思う。
(……さすがに、こんな国のど真ん中で触れるわけにもいかないか。大騒ぎになるかもしれないし)
精霊神像は一体ではない。
もっと目立たない森とかに安置されているかもしれないし、あとで調べてみよう。
僕はギデオンさんを見る……精霊神像を見る瞳は、どこか悲しみを帯びているように見えた。
なんとなく、思ったことが口に出てしまった。
「ギデオンさんの『守る』って言葉、すごく重みがありますね」
「……当然だ。私は、『守れなかった』過去を持っているからな」
その一言に、空気がわずかに沈む。フレイアとリアが顔を見合わせた。
ギデオンさんはすぐに微笑みを取り繕ったが、その笑みは少し寂しかった。
「妹を……亡くしたんだ。数年前、この国を襲った『スタンピード』でね」
「……スタンピード」
「なにそれ?」
「スタンピード。確か、ダンジョン内の魔獣が暴走し、外にあふれ出る現象ですね。ダンジョンの魔獣が溢れて外に出るなんて、本来は『あり得ない』はずですが……」
「そう、『あり得た』場合の結果は、悲惨なものだ。数万の魔獣が溢れ出し、国内にも多少の被害が出た。その『多少の被害』が……」
ギデオンさんの妹、なのだろう。
その瞳に、一瞬だけ炎のような光が宿る。
怒りでも悲しみでもない。――決意の光だ。
僕は何も言えなかった。ただ、その横顔を見つめることしかできない。
「それ以来、自分は『守る』ということを誓った。誰一人、同じ悲しみを味わわせぬように……それが、私の『魂の道』だ」
ギデオンさんの声は穏やかだが、芯が通っていた。
彼が歩む『守護の道』は、悲しみから生まれた誓いだったのだろう。
リアが小さく頷き、優しく言葉を添えた。
「ギデオンさん……きっと、妹さんも誇りに思ってます」
ギデオンさんは少し驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「ありがとう、リア殿。……そう言ってもらえると、少し救われる気がする」
その笑みは今度こそ、柔らかく温かいものだった。
◇◇◇◇◇◇
噴水広場を抜けると、目の前に立派な建物が現れた。
黒岩と白石を交互に積み上げた重厚な外壁、入り口には盾と剣の紋章が刻まれている。
その上には、『バストリア・ダンジョン協会』の文字。
「ここが協会ですか」
「そうだ。ダンジョンの登録、調査、そして霊触者等級の認定などを扱っている。各国にあるが、我が国の協会は特に厳格だ」
ギデオンさんの案内で中に入ると、内部は想像以上に広かった。
天井の高いホールに、受付がずらりと並んでいる。
行き交う人々の装備は様々だが、全員が霊触者。精霊導器以外でも武装しているんだな。
「すごい。全員が霊触者なんだ……」
「ああ。バストリア山岳騎士国は特にダンジョンが多い。霊触者が集まる国でもある」
「受付に行きましょうか。試験概要を確認しましょう」
リアに言われ、僕たちは受付へ。
ギデオンさんが受付対応をしてくれたので、スムーズに話が進んだ。
「では、自分は協会長と話があるからこれで」
「はい。あ……ギデオンさん、これ」
僕はギデオンさんに借りた指輪を返した。
ギデオンさんは頷き、協会の二階へ続く階段を昇って行った。
さて、僕ら三人は再び受付へ。リアが受付に言う。
「では、霊触者等級試験の申込ですね」
「はい。私は三級なので……こちらの二人が受けます」
「かしこまりました」
「その前に、この国にあるダンジョンですが、最も等級の高いダンジョンは、霊触者等級何級で入ることが可能でしょうか?」
「はい。現在確認されている最上級ダンジョンは四つ。グラン=ホロウ、鉄壁迷宮、沈黙の祠、崩落の縫合線の四つ。全て三等級以上の霊触者二名以上のグループで探索可能となっています」
「なるほど……現在、この二人は六級ですが、三級に上がる最短試験はありますか?」
「そうですね……三級のあなたがいれば、上級ダンジョンに挑戦することが可能です。まずはお二人が五級試験を受けて合格し、三級のあなたと三人で上級ダンジョンをクリアすれば、早く昇級できると思います」
「わかりました。では、二人を五級試験登録してください」
リアがずっと喋っている。
僕は理解できたが、フレイアは首を傾げていた。
「なんか難しい話してる? ねえユウト、試験とか言ってるけど、難しいのかな」
「どうだろう。試験用の教本とかあれば嬉しいな。暗記は得意だし」
「あたしヤダ……うげぇ」
フレイアはゲンナリしてしまった。
そして、リアが僕とフレイアに、何やら鉄板のようなものを渡す。
「はい、試験です」
「「…………???」」
意味がわからず、フレイアと同じ方向に首を傾げた。
リアは「あ、すみません」と軽く謝って言う。
「五級試験は簡単です。この『精霊反応板』に精霊力を流すだけ。五級に値する精霊力の出力を出せれば、その場で合格できます。筆記試験は四級からですね」
「なーんだ!! 楽でいいじゃん……ほい、おしまい」
なんと、リアの鉄板は真っ赤になっていた。
受付に渡すと仰天していた。
「な、なんと。ここまで精霊力を込めることができるなんて」
「ラクショーよラクショー。ユウト、あんたも」
「ああ。精霊力を込めるか……」
僕は、鉄板に精霊力を込めた瞬間──なんと、鉄板が砕け散った。
ギョッとするリア、フレイア、受付さん。
僕は一番驚いた。
「く、砕けた……? こんなの、初めてで。まさか……精霊力が、計測できない?」
「えと……合格、でいいんでしょうか?」
「は、はい。合格です。五級認定とします」
僕とフレイアは、霊触者等級五級へと上がった。
受付から離れ、三人で喋る。
「ねえ、なんでユウトの砕けたの?」
「なんでだろう……僕にもわからん」
「……恐らく。ユウトの精霊力が不安定だからかも。ユウトは属性を切り替えて戦える稀有な霊触者ですよね。反応板がうまく機能せず、砕けた……とか」
「ま、まあ合格だしいいか。それより、これでダンジョンに入れるんだよな」
「ええ。私は三級なので、二人を連れて上級ダンジョンに入れます。が……まずは、初級ダンジョンで、ダンジョンがどういう場所かしっかり調べましょう」
「えぇ~? 上級でいいじゃん」
「ダメだって。僕らは初心者なんだ。ちゃんと段階を踏むべきだぞ」
「むー」
「ダンジョンの案内人でもいれば、わかりやすいんですけどね」
と、三人で喋っていると、ギデオンさんが戻って来た。
「おや、キミたち……どうやら、昇級できたようだね」
「あ、ギデオンさん」
「ははは。そうだ、歳も近いようだしギデオンで構わないよ。さっそくダンジョンかい?」
「ええ。そう思ってたんですけど……」
僕は、ダンジョン初心者三人で挑むことを伝える。
すると、ギデオンさんは考え込み、頷いた。
「……もしよければ、これから自分が行くダンジョンに行くかい?」
「「「え?」」」
「実は、新規発見されたダンジョン調査に行くつもりなんだ。協会長に呼ばれたのも、新規発見ダンジョンについての情報を共有するためでね。三級以上の霊触者を部隊から呼びに行こうと思っていたんだ。リア殿、きみは確か三級だったね」
「はい、そうです」
「ダンジョンについて知りたいのなら、自分が教えよう。それに、二級の自分がいれば、そう危険な目にあうこともないと思う。どうする?」
僕らは顔を見合わせ、同時に頷いた。
そして、三人揃って礼をした。
「「「よろしくお願いします!!」」」
「任された。調査は数日かかる。二日後の朝、ここに来てくれ。では」
ギデオンさんは出て行った。
こうして、僕らはギデオンさんのダンジョン調査に同行することになった。




