岩石平原を抜けた先で
ドゥーン火山道を抜けて、僕たちはついに岩石平原へと辿り着いた。
炎と硫黄の臭いが消えたのは助かったけれど、今度は別の意味で過酷な地形だった。
「ひどい平原ね……岩、岩、岩ばっかり。岩石地帯っていうか……」
「平原に、岩や尖った石が大量に転がっている感じですね」
フレイア、リアが言う。
確かに、辺り一面、大小さまざまな岩と石が無数に転がっている。
地面は平坦だが、割れた岩板や尖った石がそこかしこに散らばっていて、足を踏み出すたびに靴底がギシギシと軋む。
「うわ……歩くだけで足の裏が痛いわ」
フレイアが斧槌を杖代わりにしながら、ぶつぶつと文句をこぼす。
彼女の額には、火山の熱気を抜けてもなお汗が残っていた。
「ブーツに穴が空くかも……もっと頑丈なの、バストリア山岳騎士国で買おう」
僕も同意して息を吐く。
目の前には岩の海が広がっていて、気が滅入りそうだ。
見渡す限り、灰色と茶色の世界。風が吹くたびに、砂混じりの音が耳を掠める。
リアが地面に手をついて、小さく呟いた。
「……ここ、昔は山岳帯の一部だったんでしょうか。地殻の隆起で崩れて、岩の大地になった可能性がありますね。なぜ平坦なのか……興味深い」
「なるほどな。ってことは、騎士国が山岳地帯に拠点を構えてる理由も分かる。天然の防壁ってわけか」
僕の言葉にリアが頷き、ブツブツ言いながらメモを取ってる。
確かに、この岩石平原を大軍で越えるのは不可能に近い。
馬は足を取られるだろうし、車輪はすぐ壊れる。進軍するには人の足しかない。まさに人を拒む大地。
それは同時に――防御の地形でもある。
なるほど。『守護の道』を歩む国、バストリア山岳騎士国……名前に恥じない堅牢さだ。
「ねぇユウト、さっきから思ってたんだけど……ここ、音が変じゃない?」
「音?」
「ほら、ほとんど反響がないの。岩が多いのに、声が吸い込まれてく感じ」
フレイアが辺りを見回す。
確かに……耳を澄ますと、風の音すら小さく、妙に静まり返っていた。
熱はもう感じないのに、息苦しいような圧迫感がある。まるでこの地全体が眠っているみたいだった。
けれど、沈黙が長く続くことはなかった。
ドォン!! と遠くで地鳴りのような音が響いた。
「……今の、聞こえたか?」
「うん。たぶん戦闘音です」
リアが鋭く反応する。
フレイアはすぐに斧槌を構え、あたりを見渡した。
「この先……煙が上がってる!! あそこ!!」
フレイアが指を差した方を見る。
僕は目を凝らす……確かに、遠くの岩の陰から黒い煙がゆらめいていた。
単なる煙ではない。何かが燃えている。
「行ってみよう。みんな、警戒を怠らないように」
「了解!!」
「わかりました!!」
僕たちは岩の合間を縫うように走った。
転がる石を避けながら進むたび、足首がひねりそうになる。
それでも、遠くから聞こえる金属音と咆哮が確信をくれた――誰かが戦っている。
やがて、視界が開けた。
そこでは、十数名の騎士たちが魔獣の群れと激突していた。
「あれは……ロックリザードです!!」
リアが叫び、手に精霊導器である弓を持つ。
ロックリザードは、岩の皮膚を持つ巨大なトカゲのような姿をしていた。硬い鱗、尾が地面を叩くと、転がっている岩をで粉砕している。
対する騎士たちは、全員が重装備。分厚い鎧に身を包み、背には大盾を背負っていた。
まるで動く要塞。足並みを揃えて陣を組み、魔獣の突進を正面から受け止めている。
「うわ……全員、鎧重そう」
「すごい……でも動きが揃ってますね」
リアが息を呑む。
盾が一斉に前へと突き出され、魔獣の爪を受け止めた瞬間、金属の音が岩原に響いた。
大盾が轟音と共に地を叩き、土煙が舞う。その一撃で魔獣の突進が止まった。
そして、盾で魔獣を受け止めた男が叫ぶ。
「隊列を崩すなッ!! 前線維持ッ!! ロックリザードを左に誘導しろッ!!」
低く、通る声。
全員がその声に従い、ぴたりと陣形を変える。
その中心に立つ男こそ、この部隊の指揮官だった。
燃えるような金色の髪、白鋼色の鎧に刻まれた盾の紋章。
その瞳は濃いブルーだけど、まるで燃えているように見えた。
「あの人が隊長か……? でも、かなり若い。僕らとそう変わらないんじゃないか?」
僕が呟くと、フレイアが頷く。
「でも、強そう。精霊力を操ってるから、霊触者っぽいね」
「たぶん、地属性ですね。『守護の道』の精霊導器は『盾』……相性のいい属性です」
おっと、今は分析している場合じゃない。
前線の一角で盾が押し込まれ、魔獣が咆哮を上げた。
その尾が振り抜かれ、近くの騎士が弾き飛ばされる。
「まずいっ!! みんな、援護しよう!!」
「はい!!」
「ふふん。騎士たち守りばっかで攻撃足りてないね。あたしの出番!!」
僕とリアは即座に風の精霊力を集め、魔獣の尾の動きを止めるように風矢を放つ。
矢は風を裂き、尾の付け根に突き刺さった。
ロックリザードが呻き声を上げる。
「む、援軍か!?」
騎士のリーダーがこちらを振り向く。
その鋭い視線と一瞬、目が合った。
「僕たちは旅の者です!! 援護します!!」
「助かるッ!! 後方から援護を頼む!!」
「はい!! リア、行こう!!」
「ええ。フレイアさんは」
「もち、前衛っ!!」
僕は岩陰に陣取り、矢を連続で放つ。リアは風の壁を展開し、飛び散る石礫を防ぐ。
フレイアは斧槌を担ぎ、前線の端へ駆けた。
「ロックリザード、あたしの一撃ぃぃぃ!! 耐えてみなぁぁぁぁ!!」
斧槌が赤く輝き、衝撃波が岩を砕くように前方を薙ぐ。
熱風を伴った一撃がロックリザードの脚を砕き、巨体が崩れ落ちた。
その隙を逃さず、騎士たちが一斉に突撃する。
「今だ!! 一斉に叩けェッ!!」
騎士の号令が響く。
剣と槍が一斉に突き立ち、魔獣たちが断末魔の咆哮を上げた。
しばらくののち――岩石平原に静寂が戻る。
「……ふぅ。やっと片付いたぁ」
フレイアが肩で息をする。
騎士のリーダーは盾を地面に突き立て、深く息を吐いた。
「見事な援護だった。助かった、旅人たち」
意外にも明るく響く声。
近くで見ると、彼の鎧には無数の傷跡が刻まれている。それでも彼の眼差しは曇らない。戦士の誇りを背負っているのが分かる。
「いえ……僕たちも通りかかっただけです」
「そうか。しかし、きみたちの動きは素人のそれではない……他国の軍属か?」
「ち、違います。僕は旅人で、ユウト・カミシロと言います」
「私はリア・アルヴィーネ。研究者です」
「あたし、フレイア・ヴァレリア。傭兵!!」
「……不思議な組み合わせだな」
男性は笑い、胸に拳を当てる。
「自分は、グラン=フォルテ騎士団盾騎士、第一部隊隊長、ギデオン・レオンハート。勇敢な旅人たち、助力感謝する」
爽やかな挨拶だった。
僕とリアは一礼、フレイアは軽く手を振った。
「キミたちは、バストリア山岳騎士国へ観光かい?」
「ええ、まあそんなところです」
「ならば、歓迎しよう。ここはバストリア山岳騎士国領。岩の守りと誓いの国だ。今は魔獣の活動が活発でな……この辺りも安全ではない」
「なるほど。国に入るにはこの平原を抜けるしかないと思って……タイミングがいいんだか、悪いんだか」
「よくここを越えたものだ。あの火山道を抜けたのか?」
「はい。ちょっと死にかけましたけどね……」
僕が苦笑すると、ギデオンさんは大きく笑い声を上げた。
「ははは!! あの灼熱地帯を越えてきたなら、この辺りの魔獣も問題ないだろう……よし、岩都バスティオンまで我々が護衛しよう。改めて、助力の礼もしたい」
「もちろん構いません。騎士の護衛付とは、安心できます」
「任せろ。守ることは『守護の道』を歩む騎士にとって当然のことだ」
ギデオンさんは片手を上げ、部下たちに号令をかける。
盾を背にした騎士たちが整列し、再び進軍を開始した。
その歩みは重く、揃っていて、一歩ごとに大地が鳴るようだった。
僕たちもその後ろにつくと、ギデオンさんが僕らの隣へ来た。
「もう見えるだろう。あそこに見えるのが、我ら『守護の道』を歩む騎士の国、バストリア山岳騎士国だ」
岩石平原の彼方に、険しい山々が聳えていた。
その中腹には、白い石造りの砦が見える。
バストリア山岳騎士国。守護の誓いを掲げる者たちの国だ。
「……すごい。まるで、要塞みたいな国だ」
「ははは!! その通り、バストリア山岳騎士国は、この世で最も安全で堅牢な国だ。観光が目的なら楽しむこともできる」
「はいはーい!! あたしら、ダンジョンに挑みにも来たのよ。あと、霊触者等級も上げにねっ!!」
「なるほど。ダンジョンが目的でもあるのか。それなら、『ダンジョン協会』へ行くといい。そこで、ダンジョンについて詳しく教えている」
ギデオンさんは、僕らの疑問に詳しく答えてくれた。親切な人に会えて本当によかった。
僕は、気になったことを聞いてみた。
「あの、ギデオンさんって……おいくつですか?」
「十八だ。ははは、若輩の分際でとよく言われるよ」
なんと、十八歳。僕らの二歳年上だった。




