ドゥーン火山道
ドゥーン火山道――それは、生きた炎が大地を焦がす灼熱の道。
空気が重く、足元からはじわりと熱が伝わってくる。まるで、大地そのものが呼吸をしているようだった。
僕たちは、ドゥーン火山道を抜けて岩石平原へ向かう途中にあった。
目指すは『守護の道』を歩む国――バストリア山岳騎士国。
けれど、そこへ辿り着くためには、この危険な火山地帯を越えなければならない。
「うっわ……まるで鍋の中に入ってるみたいね」
フレイアが顔をしかめて言う。
頬にはうっすらと汗が滲み、斧槌を杖代わりに地面に突いていた。
「確かに……これは暑いな。普通の人間なら、ここに入って数分で気を失うんじゃないか? 僕らは霊触者だから耐えられるけど……」
僕は額の汗を拭いながら返す。
あたり一面、焼けた岩肌が続き、地表の裂け目からは時折、真っ赤なマグマが噴き出していた。立ち込める硫黄の匂いが鼻を突く。
「風がほとんどないのがきついですね……」
リアが周囲を見渡す。彼女の銀髪が、わずかに立ち昇る熱気に揺れている。
風属性の霊触者であるリアでも、ここまで熱がこもると簡単に冷やすことはできないらしい。汗を何度もハンカチで拭いていた。
「っていうか、おかしいわねー……魔獣、いなくない?」
フレイアが周囲を見渡しながら言う。
確かに――おかしい。
この異様な静けさ。生命の気配がまるでない。
熱気と岩の軋む音、そして僕たちの足音だけが響く。まるで、この道そのものが僕たちの侵入を拒んでいるようだった。
「まさか……すでに何かに食い尽くされたとか?」
僕のつぶやきに、フレイアが肩をすくめる。
「冗談でも笑えないっての。もしそうなら、その何かが今もここにいるってことになる」
そう、僕は肩をすくめた瞬間だった。
ゴゴゴゴッ……!! と、地鳴りがした。
山全体が低く唸るように震え、足元の岩が揺れて転がった。。
空を見上げると、噴煙が立ち昇り、暗くなっていく。
「まさか――噴火!?」
リアが声を上げた瞬間、轟音とともに火山弾が空を舞った。
燃えた岩が無数に降り注ぐ。空が、炎の雨に変わった。
「うわわわわっ!! リア、ユウト、やっばいよ!!」
「走れッ!!」
僕は叫び走り出すと、フレイアとリアも走り出す。
ゴォッ!! と背後で火山弾が地面に落ち、爆発的な熱風が吹き荒れる。
岩壁が砕け、炎の粉塵が空気を焦がした。
「うわっ、あっぶな!!」
フレイアが飛び退き、巨大な岩片を避ける。
落ちてきた火山弾が地面をえぐり、マグマのような溶岩が溢れ出す。
「リア、堕ちてくる火山岩を、風で何とか弾き飛ばせないか!?」
「やってみます!!」
「あたしも、打ち返してやるっ!!」
リアが両手を掲げ、風の精霊力を展開する。
渦を巻く風が炎の粉塵を押し返し、僕たちの前にわずかな安全地帯を作り出した。
リアだけでは対処できない火山岩は、フレイアが斧槌で打ち飛ばす。
僕は周囲を探し、盾にできそうな大岩を見つけた。
「今のうちに岩陰へ!」
僕たちは転がるようにして大岩の陰に身を隠す。
火山弾が空を裂き、周囲に轟音が響き渡った。
地面の揺れは止まらず、息をするたびに焦げた匂いが肺に入り込む。
僕は呼吸を整え、胸を押さえて言う。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
フレイアが額の汗を拭いながら息を吐く。
「こんなの、魔獣どころじゃないわね……」
僕も頷く。
「いや……逆に、これだよ。魔獣がいない理由は――この火山活動だ。こんな環境じゃ、魔獣だって近づかない」
「じゃあ、今いるのは……この熱気に耐えられる存在だけ、ってことですね」
リアの言葉に、背筋が冷たくなった。
そして――その「存在」が、姿を現した。
ゴゴッ……ゴゴゴ……と、地面が鳴動し、岩がせり上がる。
最初は地震かと思った。だが、それは違った。
地面そのものが形を変え、やがて『それ』は立ち上がったのだ。
全身が溶けた岩で構成され、体表からは赤く光るマグマが滲み出している。
高さ十メートルはあろうかという巨体。
まるで、火山が意思を持って動き出したかのようだった。
「まさか、これは……ゴーレム?」
リアが呟くと、フレイアが反射的に斧槌を構える。
「冗談でしょ!? さすがにデカすぎる。あんなのと戦えるわけないって!!」
「けど、逃げる隙を作らなきゃ――!」
僕は弓を手にし、風の精霊力を集めるが……すぐに『無理』と悟った。
だが、すでに集めた精霊力を放つと、ゴーレムの胸に矢が命中した。
風の矢がゴーレムの胴に直撃したが、まるで効果がない。矢は岩肌に吸い込まれ、表面のマグマが一瞬だけ赤く輝くだけだった。
「だ、ダメだ……」
「ユウト、下がってください!!」
リアの風刃が飛ぶが、それすらも厚い岩層に弾かれる。
ゴーレムは低く唸るような音を立て、ゆっくりとこちらへ手を伸ばしてきた。
その腕は、まるで山そのものを動かしているかのように重く、鈍い。
「逃げよう! こんなの勝てる相手じゃない!!」
僕が叫ぶと、フレイアとリアも頷いた。
「フレイア、先導を!! リア、後方を頼む!!」
「了解!!」
「了解です!!」
僕たちは再び走り出す。
背後でゴーレムの拳が振り下ろされ、地面が粉砕された。
爆音とともに岩が舞い、衝撃波が背中を叩く。
そのたびに体が浮き上がるような錯覚を覚える。
「うひゃあ!? あぶなっ!?」
フレイアが前方の岩を飛び越える。
リアが背後から風の障壁を展開し、爆風が遮られ、わずかに逃げ道が開けた。
フレイアが叫ぶ。
「はぁっ、はぁっ……このままじゃ追いつかれる!」
その通りだ。このまま真っすぐ走っても、ゴーレムは数歩歩くだけで追いついてしまう。そして手を伸ばせば、僕らは簡単に捕まる……というか、あんなマグマの手で握られたら即死だ。
僕は、火山道の隣……急斜面を見て言う。
「なら、火山の斜面を下りよう!! 二人とも、覚悟決めていくぞ!!」
僕は叫び、崖を飛び降り、そのまま滑るように傾斜を駆け下りた。
足元で岩が砕け、熱風が頬を焼く。
上空で火山弾が再び炸裂した。視界が真っ赤に染まる。
それでも――僕たちは走った。
走り抜け、崩れかけた岩場を越え、ついに熱気の渦を抜けた時。背後で、ゴーレムが立ち尽くしているのが見えた。
どうやら、これ以上は火山の外には出られないらしい。
やがて、その巨体はゆっくりと地面に沈み、再び岩と同化していった。
そして……静寂が戻る。
「し、死ぬかと思った……」
フレイアが地面にへたり込む。
髪先が焦げていて、斧槌を抱きしめるようにしていた。
「完全に……ここに魔獣がいない理由が分かりましたね」
リアが静かに言い、僕も頷く。
「たぶん、あれが火山道のヌシだ。魔獣どころか、他の生物も近づけない。まるで、この地を護ってるみたいに……」
僕は息を吐き、遠くに見える山岳地帯を見上げた。
堅牢なる騎士たちの国、バストリア山岳騎士国。
「とりあえず、ドゥーン火山道を抜けて、岩石平原へ抜けよう。その先がバストリア山岳騎士国だ」
炎と岩の地獄を抜け、ようやく僕たちは次の道へと辿り着く。




