山を越え
山を登るたびに、空気が薄くなっていくのを感じた。
僕たちは、ヴァルゼン帝国を後にして三日目。目指すは、山々の国――バストリア山岳騎士国。
「ふうう、けっこう登ってきたなあ」
現在、僕らは山道を歩いている。
フレイアを先頭に、リア、そして僕という順番だ。体力順……男である僕が最後なのが少し情けないけど、これは仕方ない。
フレイアは振り返って言う。
「ほらほらユウト、止まんないで歩いて歩いて!!」
「わ、わかったよ」
「ふふん、辛いなら……手伝ってあげる!!」
「うわっ!?」
なんとフレイア。僕の後ろに回って、リュックを押し始めた。
フレイアは走り出すので、僕も自然と走ってしまう。だが、フレイアの力が強く、坂道なのにかなり楽に登れる……フレイア、ここまでかなり上り道なのに、驚異的な体力だ。
リアは苦笑して言う。
「二人とも!! まだまだ先は長いんですから、急がなくても大丈夫ですよ!!」
リアが言う。
確かに、まだヴァルゼン帝国を出て三日目だ。バストリア山岳騎士国に行くまではまだまだかかる。
今いる山は高山連峰グラン・ヴァルという、ヴァルゼン帝国とバストリア山岳騎士国を繋ぐ山だ。
この先に、国境となる山岳都市アドモニクスがあり、そこを抜けるといよいよバストリア山岳騎士国である。つまり、まだまだ先だ。
リアが僕らに追いつき、ようやく普通の速度になった。
「ね、知ってる? 国境の山岳都市アドモニクスって、ヴァール火山道が近いせいなのか、温泉が湧いてるんだって」
「え……温泉!? 温泉があるのか!?」
「うん。なになに、ユウト、すごい食いつくね」
温泉。正直、嫌いじゃない。
大学の近くに天然温泉を引いている銭湯があって、疲れた時はいつも浸かってた。あの時の感覚を思い出す。
リアは「いいですね」と頷く。
「補給もありますし、温泉宿でゆっくりするのも悪くありませんね」
「うんうん!! せっかくだしさ、高いところ泊まろっ!! オヤジから報酬いっぱいもらったしさ!!」
報酬。そう、僕とリアは少なくない金額をヴォルカン団長からもらった。なんでも『国家の崩壊を救った英雄』とかで、国王陛下からの報奨金としてもらったのだ。
でも、樽十個分の金貨なんて邪魔でしょうがないので、この旅で必要な分だけもらい、残りは街の復興に役立ててと寄付したのだ。
それでも、かなりの金額がある。まあ、お金がなくて野宿より全然いい。
温泉宿を楽しみにしつつ、山道を登る。
「あー、山道ばっかりで退屈ね。魔獣でも出ないかなー」
フレイアは、精霊導器である斧槌を軽く叩きながら、息をついた。
精霊導器は精霊力の結晶なので、意思一つで出したり消したりできるのだが、フレイアはクセなのかよく手元に持ってはいじっている。
「地図を見ると、まだ半分も進んでいませんよ。それと、この山には魔獣があまりいませんよ」
「えー……だっる」
「はぁぁ……暑い。ずっと坂道登ってるから汗だくだ」
僕は汗を拭うと、フレイアが言う。
「ユウト、火属性のくせに暑さに弱いの?」
「まぁ……炎を出すのとは違うせいかな。と……バストリア山岳騎士国に到着したら、精霊神像を探そう。たぶん、そこで新しい精霊力と、精霊導器が使えるはず」
「便利ねー、でもあたし、多数を使うより一つを極めたいタイプだから、他のはいらないかな」
「その意見も悪くない。でも僕はいろいろ使ってみたいタイプかも」
喋りながら歩くと、疲れを忘れさせてくれた。
それからしばらく歩き、日が傾く少し前。
「そろそろ、野営の支度をしましょうか。ちょうどそこに泉がありますので、そこで休みましょう」
「賛成だ。ふう、足が重い」
「だらしないわね。ユウト、休む前に長物の特訓するよ!!」
「えええ……」
リアに「野営の準備しておきますので、特訓するならどうぞ」と言われた。
僕とフレイアは棒を使っての訓練、リアは野営と食事の支度をする。
そして夕方になり、訓練を終えてリアの元へ戻って来た時だった。ちょうどリアがスープを作り、鍋をお玉でかき回していると、フレイアが気付く。
「リア……」
「はい? ──……ッ!!」
二人の手が止まった。
僕は首を傾げる。
「ど、どうしたんだ二人とも。急に怖い顔して」
「……気配は三つ。小型の魔獣。だけど速い……ここらだと、マウントウルフかな」
「そうですね。マウントウルフは群れで狩りをする……斥候に違いありません」
フレイアがニヤリと笑う。斧槌を肩に担いで言う。
「ユウト、どうする?」
「どうするも何も、意味が……説明してくれ」
「敵。たぶんオオカミの魔獣。数は三匹で斥候、本隊は別にいる。狙いはあたしら。どうする、ってのは……戦いに参加するか、しないかの確認」
状況を理解した。魔獣が近くに来ているようだ。
僕は手に弓を持ち言う。
「やれるさ」
大学の研究者だった自分が、率先してオオカミ狩りをしたいなんてな……僕も変わったもんだ。
◇◇◇◇◇◇
言い終わると同時に、前方の岩陰から焦げ茶の影が飛び出した。
溶けた岩のような毛並み、牙の隙間からは赤熱した蒸気。
マウントウルフ――山を縄張りとするオオカミの魔獣。フレイアは言う。
「三匹じゃない、四匹だった!!」
フレイアの声と同時に、僕とリアの矢が風を裂いた。
風の魔力を帯びた矢が一直線に走り、一匹の狼の足を貫き、岩肌へと縫いつける。
「ナイス!! ――行くよユウト!!」
「わかった!!」
僕は弓を消し、火属性に切り替えてハルバードを持つ。
「精霊術式は……必要ないか!!」
マウントウルフが突っ込んでくるが、熱を帯びたハルバードの刃を躱される。
僕は拳に精霊力を込めてを構え、そのまま接近してきた一匹を殴り飛ばした。
爆炎が弾け、岩壁に叩きつけられた狼が絶叫を上げる。
「やるじゃん。あたしだって!!」
一匹の狼が僕の背後に回り込む――が、フレイアの斧が先に火を散らした。
フレイアが斧槌を振り抜く。
地面を叩いた瞬間、マグマの衝撃波が広がり、残りのオオカミを吹き飛ばした。
「お、おい、やりすぎ……」
「ま、いいでしょ。たぶんこいつら斥候だけど、様子見でもあるのよ。どっかで本隊の頭いいオオカミが見てると思う……あたしらに手ぇ出せばどうなるか、理解できてるんじゃないかな」
フレイアが近くの藪を睨むと、ガサガサ音がしてオオカミが数匹逃げて行った。
「ま、頭いい魔獣みたいだし、もう来ないでしょ」
「そうですね。よし、こちらも終わりました」
リアは、いつの間にか最初に射止めたオオカミに、止めを刺していた。
◇◇◇◇◇◇
夜、僕らはリアの作った夕食を食べ終えた。
そして、フレイアとリアは。
「あたしら、そこの泉で水浴びするわ。ふふん、ユウトも一緒にどう?」
「え」
「ふふ、フレイアさん!! じょ、冗談でもそういうのは!!」
「じょーだんよジョーダン。『まだ』見せてあげるほど親密じゃないしね」
「まま、まだ、まだってどど、どういう」
「あはは。それもジョーダン……まあ、先のことはわかんないけどね。ほら水浴び行こ。ユウト、覗かないよーに!!」
「わ、わかってるよ」
二人は水浴びへ。僕は軽く咳払いをして、地図を見た。
「山頂にある、山岳都市アドモニクス。その先にあるヴァール火山道を抜けたら、岩石平原……その先に、バストリア山岳騎士国、岩都バスティオンか。まだまだ先は長いなあ」
目を閉じると、ふわりと夜風を感じることができた。
山の上だから寒いと思ったけど、そうでもない。
「リア、スタイルいいねー、細いのに胸あるし、腰もくびれてるし」
「ふ、フレイアさんだって……胸、私より」
「デカくて邪魔なだけよ。鎧で押さえてるけどさー……ほんと邪魔。ねえねえ、ユウトに見せた?」
「はああああ!? ばば、馬鹿なこと言わないでください!!」
「あはは。あたしは別に見せてもいいけど。こんなの、赤ちゃんにミルクあげるためのモンでしょ?」
「おおおお、女の子なんですから、そういうのはダメです!!」
「いやー、女って言っても傭兵だし、男と生活してたからさ。まあ、仲間の女傭兵に『肌を見せるな』とか言われたから誰にも見せてないけど」
「ううう……とにかく、これからは私が言いますからね」
「はーい」
……夜風が気持ちいいな。
とりあえず、話は聞かなかったことにして……と。
「……バストリア、か」
風の国で学び、炎の国で戦い、次は地の国――守る者たちの国か。
僕の旅、孤独の道は……すっかり孤独じゃなくなっていた。




