エレメンティア
さて……僕はこのリアと名乗った少女と二人、歩き出した。
最後にもう一度だけ、チラッと少女の像を見る。うん、見事な造形だ。
だが、気になるのは……あの掲げるように見える、エメラルドグリーンの石だ。
「何か、気になることでも?」
リアが探るように言う。ああ、不届き者として見ているせいか、僕がここで何をしていたかを探ろうとしているのだろう。
僕は少し思案する。
「……あの、リア、さん」
「何か?」
「少し、僕の話を聞いてくれないか?」
「ええ。歩きながらでよければ」
少し冷静になったおかげか、頭が回り出す。
まずは事実を。僕は間違いなく、大学で死んだ。天井に押しつぶされて死んだはず。
そして、今、ここにいる。なぜか若返り、日本じゃない別の国……僕の知識がないだけなのか、日本じゃない、日本語を喋る民族が暮らす国と言う可能性もゼロではないが。
というか、リアが持っていた弓が消えたのも驚きだ。煙のようにシュンっと消えてしまった。
事実。僕は死んだ、そして若返り別な場所にいる。
これは今、ここにいる僕が実感していることだ。疑いようがない。
なら、今必要なのは何か? 決まっている……『情報』だ。
現状を理解するには情報が足りない。
僕は幽霊となり、僕にそっくりな誰かに憑依してるのか?
それとも、実は死んでなくて昏睡状態で病院に運び込まれ、ベッドの上で複雑な機械に繋がれ生死の境を彷徨っており、これは僕が見ている夢なのか?
それとも、ここは別世界なのか? そういえば……電子書籍を買う時に、『異世界系』とかいう漫画がセールをやっていた。間違えてリンクを踏んでしまい見たけど、実にばかばかしかった。
異世界転生? 転移? 現実を生きるのが辛い弱者が生み出した妄想の世界だ。まあ、それは否定しない……はは、まさか僕は異世界転生した? ありえない。
だが、否定できない自分もいる。だって、異世界があるなんて誰にも照明できないからだ。
「それで、話とは?」
リアが探るように見る。
華奢な少女だ。この距離なら、さっきの弓を出す前に制圧できる……かも、しれない。
言っておくが、勉強しかしてこなかった僕に、腕力を期待するのは間違っている。まあ、教授に頼まれてアナログの書類が山ほど入った段ボールを一人で運んだこともあるけど。
まあいい。それより、僕はリアに、今の状況を説明することにした。
「……実は」
僕は話す。
ここではない別の場所にいたこと。そこで死んだこと。気が付いたら石柱の前にいたこと、など。
「……というわけだ」
「ここじゃない別の場所で死に、気付いたら石柱の前にいた……」
「そ、そうなんだ」
いきなり全てを話すのは得策ではないと考え、状況だけを説明した。
これだけの情報で、リアが味方になってくれるとは思っていない。だが、僕の知らない情報を教えてくれる可能性はある。
リアは少し考え、僕を見て言う。
「……あなた。『魂の道』とは何かわかりますか?」
「……わからない」
正直に言う。というか、本当にわからない。
リアの所属する部族の言葉なのだろうか?
「あなたは『霊触者』ですね。属性は?」
「……えと」
「では、精霊力を使ってみてください」
「……その、せいれい、りょく? って何だい?」
「……ふむ。噓ではなさそうですね。しかし……こんなことが」
リアはブツブツ言い、腰のベルトで吊り下げていた本を取り、ページをめくる。
本をチラッと見たが、よくわからない古代文字みたいなのが書かれていた。
そして、本を閉じる。
「……ユウトさん、でしたね」
「あ、ああ」
「……驚きました。まさかあなた、『漂魂者』だったとは」
「……めいりおん」
「ええ。魂の迷い人です。賊や不審者が『魂の道』を教えるわけがないというならまだしも、『知らない』などとはまず言わない。『魂の道』は誰もが知っている常識。それを『知らない』など、普通は言いません。それに……別世界で一度死に、魂だけがこちらに来るという事例は、過去に報告されています」
「そ、そうなのか!? 僕意外にも……」
「ですが、確認されたのはこの数千年で七例です。あなたは八番目の『漂魂者』ということになりますね」
「……つまり、ここは異世界、ということなのか?」
別世界で死に、魂がこの世界へ。
あまりに非常識だ。だが……それを完全否定するだけの言葉を、僕は持たない。
「はは、死に損ねたのか、生きながらえたのか」
それにしても、魂か。
僕は青い空を見上げ、深呼吸をする。
「この空気の成分は……酸素濃度が地球と近いのか。呼吸に違和感はない」
久しぶりに、こんな森の中で深呼吸をした……正直、気持ちいい。
「光の波長もほぼ同じ。少なくともこの世界の物理法則は、地球と共通点がある……だとすれば、魂という概念も、何らかの科学的現象の結果なのかもしれない」
「あの、何を言ってるんですか?」
「ああいや、一人事ですよ」
まあいい。
どうせ、一度死んだんだ。さっきも言ったけど、これが全部僕の妄想で、しばらくするとベッドから飛び起きる可能性だってあるんだ。
だったら、ここがどういう世界なのか見るのも悪くない。
「……この世界を、観測してやるさ。僕自身の目で」
◇◇◇◇◇◇
しばらく歩き、リアは言う。
「あなたはどうやら、不審者でも、賊でもないようですね。いいでしょう……あなたを『漂魂者』と仮定したうえで、あなたの疑問に答えましょう」
「ありがたい。聞きたいことが山ほどある」
どういう結論で僕を不審でないと決めたのかは不明だが、どうやら多少の警戒は解いてくれたようだ。
「まず……ここはどこなんだ?」
「ここは、『風の精霊像』がある、『妖精の森』です」
「ああ、言い方が悪かった……この世界そのものだ。ここは、なんという世界なんだ?」
リアは驚いていた。そして「本当に知らないのですね……興味深い」と呟いたのが聞こえた。どうやら僕は日本人に「この島国は、なんという名前なんだ?」みたいな質問をしているだろう。
「ここはエレメンティア。『魂の道』が世界を導く八環の大陸です。そして、私たちがいるのは、『知恵の道』を司る学術都市国家『アルヴ・ノア』……風の精霊を信奉する国です」
「…………」
エレメンティア、という世界。
そして、知恵の道……っていうのは、魂の道ってやつか。
ここは、風の精霊を信奉する学術都市国家『アルヴ・ノア』で、風の精霊像がある妖精の森か。
ああ、なるほど。なるほど……って。
「……ファンタジーすぎる」
「あの、聞いてますか?」
「あ、ああうん。とりあえず情報を頭に置いてあとで整理するよ。じゃあ次」
「その前に私から。ユウト……あなたは、何歳ですか?」
「え? いや、二十三だけど」
「嘘ですね。あなたの肉体年齢は、どう見ても私と同じ十六歳です。ですが嘘はついていない……ふむ、漂魂者は魂と肉体に誤差が生じるのでしょうか」
「あ、あの……そんなジロジロ見ないで欲しいんだが。でも、確かに疑問だ。今のこの姿、僕が十六歳だった頃と同じなんだ」
まあいい。とりあえず、十六歳ってことにしておくか。
「じゃあ次。『魂の道』って何なんだ? それと、精霊力、霊触者とは?」
「霊触者──それは、精霊の力と心を共鳴させる者のことです。魂の道──それぞれの生き方と信仰を定める、七つの理のことです」
「ええと……」
「冗談です。では、一つずつ」
リアが立ち止まると、近くの藪から何か飛び出してきた。
「なっ」
『グルルルルル……!!』
なんだ、こいつは。
オオカミのような魔獣だ。だが、オオカミはあんな、絶滅したサーベルタイガーみたいな長い牙をしていないし、そもそもあんなデカくない。
体毛は真っ黒。犬、というには無理がある。
「う、ぁ」
やばい、こんなデカい生物と対峙したことなんてない。
犬猫は好きだが、こんなうなりを上げる猛獣は動物園の檻越しにだって怖い。
だが、リアは言う。
「とりあえず、戦いながら説明しますね」
「はい!? いや、逃げ」
「あれは『ブラックウルフ』という魔獣です。まあ、問題ありませんよ」
「いやいやいや」
リアが微笑んだ。すると、オオカミが飛びかかってきた。
「リアさん、後ろ!」
思わず叫んだ瞬間、僕の周囲に一瞬だけ風が走った。
落ち葉が宙を舞い、リアがその流れに乗って跳躍する。
オオカミは風に押され後退した。
「……今のは、あなたが?」
「え? いや、僕は何も……」
「……まあ、いいでしょう」
すると、リアの手にエメラルドグリーンの光が集まり、さっき僕に突きつけた弓になった。
「ぶ、ぶぶ、武器……どこから」
『グアアアアオオオオ!!』
「まず、精霊力について説明しますね」
そんな冷静に言われても、頭で処理できるかわからない。
待てよ。そういえば僕、一度死んでるんだった。
この世界で死ねば、現実の僕が目覚める可能性だってある。そもそも、この世界が夢である可能性だってまだあるんだし、僕の本体が寝ている可能性は高い。
なら、怖くないかもしれない。
僕は立ち上がり、呼吸を整える。
「……不思議だな。なんだか、温かい」
「私の精霊力です。さて……精霊力とは、この世界に満ちる、『七大精霊』の力です。精霊力はどこにでも存在します」
『ゴアアアアア!!』
オオカミが飛びかかってきた。が、リアはくるりと回ってハイキック。なんと、オオカミを蹴り飛ばした。
「『魂の道』を歩む者、その中で、精霊から祝福を受けた人を『霊触者』と呼びます。霊触者は、この精霊力を操ることができるようになるんです」
「すごいな……」
「私は、風の精霊の祝福を受け、風属性の精霊力を操れます」
蹴り飛ばしたオオカミが再び襲い掛かって来たが、リアは弓の弦を引き、オオカミ近くの地面を射る。すると、竜巻が発生しオオカミが錐揉み回転して上空へ。
「その武器は……?」
「これは『精霊導器』という、精霊力の結晶です。形状は個々で異なりますが、『知恵の道』を歩む霊触者の精霊導器は、『弓』で固定されます」
「へえ……」
リアは弦を引くと、エメラルドのような輝きをした矢が精製される。
そして、落下してきたオオカミを空中で射抜いた。
オオカミは地面に激突すると、そのまま塵となって消えた。
「き、消えた」
「魔獣は死ぬと消滅します。そして……」
堕ちたところには、琥珀のようなピンポン玉があった。
「この『核』だけが残ります。これは様々な物に使えるんですが、また後程説明しますね。さて、精霊力、霊触者については以上です」
「……」
面白い。
僕は、新たな研究テーマを見つけた学者のような気分だった。
「ところでリアさん」
「リアで構いません。同い年のようですので」
「じゃあリア……これから、どこへ向かうのかな?」
「近くの村へ。そこに馬車を待たせていますので……そのあとは、あなたを:学術都市国家『アルヴ・ノア』へお連れします。あなたが本当に漂魂者かどうか調べますので」
「……わかった。今はどんな情報でも欲しい、よろしく頼む」
さて、とりあえず今は何よりも情報だ。
アルヴ・ノアか……少し、ワクワクしている自分がいた。




