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メイリオン・クロニクル~魂導の旅路~  作者: さとう
第二章

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ヴァルゼン王城の戦い③

 赤い空が、瓦礫に染みた血を照らしていた。

 爆熱傭兵団の本拠地――ヴァルザード南区の防衛線は、今まさに崩壊の瀬戸際にあった。


「できるだけ殺すな!! 操られてる連中を足止めしろ!! 霊触者は精霊力で額の紋章を壊せ!! それで洗脳は解除される!!」

 

 響くのは、ヴォルカン団長の声。

 現在、ヴァルゼン帝国首都フレム・ヴァルザード南区では、紅蓮の獅子団が町を破壊していた。

 それを、爆熱傭兵団が止めているという状況である。


「クソ、テスラの野郎ぉ!!」


 ヴォルカンは大槌の柄を握りしめる。

 通りは騒然としている。

 火の粉が舞い、爆発の音が遠くで響く。建物の影から逃げ惑う市民たちの悲鳴が交錯し、首都フレム・ヴァルザード南区の象徴だった赤煉瓦の街並みは、すでに見る影もない。

 その中心で、ヴォルカンは叫ぶ。


「……団員ども、抜かるなッ!! 霊触者はオレが相手をする!! 住人の避難を優先しろ!!」


 轟くような声。そして、ヴォルカンを狙って紅蓮の獅子団員が襲ってくる。

 ヴォルカンは地属性の霊触者。両手で握る大槌が振るわれるたび、地面が砕け、衝撃が空気を震わせた。

 彼の前方で、紅蓮の獅子団の団員たちが叫びを上げながら突撃してくる。

 瞳は濁り、表情は空虚。まるで生気を失った人形のようだった。


「団長ォ!! またあいつらが来やがります!!」

「構うな、押し返せ!! 操られてるってんなら、ぶっ叩いて気絶させりゃいいだけだ!!」


 ヴォルカンの声が響くたび、周囲の傭兵たちの士気が上がる。


「どらっしゃあああい!!」


 叫びと同時に、大地が牙をむいた。

 ヴォルカンの大槌が叩きつけられると同時に、路面が盛り上がり、衝撃波が放たれる。

 突撃してきた獅子団員たちは吹き飛び、壁や瓦礫に叩きつけられ、そのまま意識を失っていった。

 しかし――それでも、止まらない。

 次から次へと、同じ無表情の兵士たちが姿を現す。

 まるで尽きることのない悪夢のようだった。

 ヴォルカンは舌打ちする。


「チッ、どんだけ操られてやがる……こいつら、魂まで喰われてんのか? つーかテスラの野郎……団員を全てこの南区に集中させやがった。オレの介入を防ぐために、全ての獅子団員を投入しやがったのか」


 紅蓮の獅子団。帝国最強の戦闘部隊。

 その全員が、今や敵として南区を襲っている。

 指揮系統も意思もない。ただ破壊のために動く人形の群れ。

 その光景に、周囲の団員たちの表情から笑みが消えていく。


「団長、このままじゃまずい!! 北区、東区、西区に回ってる傭兵を呼んだ方が」

「わかってる!! でもダメだ。他の区画をカラッポにしたら、そっちが狙われるかもしれねえ!! 全ての区画を防衛しつつ、今ある戦力だけでここを守るぞ!!」


 ヴォルカンが怒鳴ると同時に、地を蹴った。

 その巨体がまるで弾丸のように飛ぶ。

 重力すら振り切る一撃――両刃の大斧が振り下ろされると、地面が抉れ、吹き飛ばされた獅子団の兵士がまとめて気絶した。


「これ以上……俺たちの町は壊させねぇ!!」


 怒号のような叫びと共に、彼の周囲の戦意が一気に燃え上がる。

 爆熱傭兵団――その名に違わぬ戦いぶりだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 しかし、戦況は依然として膠着している。

 操られた者たちは、倒してもすぐ立ち上がる。

 まるで魂を縛る糸に引き戻されるように。

 ――んな中、瓦礫を蹴り飛ばして走ってくる二つの影があった。


「オヤジっ!! 遅れてごめん!!」

「おう、来やがったか!! そっちは終わったのか?」

「うん!! あとはユウトに任せてきた!!」

「あぁ? おい、一人でテスラの野郎と戦わせんのか!?」

「大丈夫です。ユウトの強さは、一人の時が一番強いんですから」


 駆けつけたのは、フレイアとリアだった。

 フレイアは戦闘の痕をそのままに、額に汗を滲ませながら斧槌を肩に担いでいる。

 リアは弓を手に、息を整えつつ周囲を警戒していた。


「てか南区なにこれ!? めちゃくちゃ獅子団がいるんだけど!!」

「……まるで、獅子団が全て南区に集中しているような」


 フレイアとリアの報告に、ヴォルカンの眉間に皺が寄る。


「テスラの野郎だ。あいつはオレを南区に釘付けさせるために、全兵力を投入してやがるんだ」


 ヴォルカンは地面を叩き、歯噛みした。

 紅蓮の獅子団が動きを止めたかと思えば、再び暴走を始める。

 瞳から青い光が漏れ、口元から水が滴る。まるで生ける死者。

 完全に、紅蓮の獅子団を使い捨てるつもりだった。

 傭兵の一人が報告に来た。


「団長、これ以上はオレらが持ちません!! もう撤退しか……」

「ダメだ、守るんだ!! この町は――俺たちが守るんだよ!!」


 ヴォルカンの叫びが、炎のように響く。

 周囲の団員たちが声を上げ、立ち上がった。

 その中で、フレイアが斧槌を構えた。


「当然、あたしもやるから!! ふふん、まだやり足りないのよね!!」


 リアも頷く。


「ユウトがテスラを倒せば、洗脳も止まるはずです。それまで耐えれば……!!」


 二人の姿に、ヴォルカンは豪快に笑った。


「ハッ、いい顔してやがる!! さあ、まだまだいくぜぇ!!」


 三人の霊触者が戦い続ける。紅蓮の獅子団員たちが次々と倒れていく。

 町を壊すためじゃない。操られた獅子団を元に戻すために。

 戦いは、まだ終わらない。



 ◇◇◇◇◇◇


 ユウト視点。


 ◇◇◇◇◇◇


 王城の玉座の間。

 崩れた柱はいくつも横倒しになり、砕けた壁から外の光景が覗いていた。

 床には瓦礫と水が入り混じり、静寂の中に不気味な波紋が広がる。

 僕は、その中心でテスラを見据えていた。


「……フフフ」


 その姿は、王のそれに似ていた……けれど、テスラは王ではない。

 テスラは、青白い光を放つ水球を掌に浮かべ、薄く笑っていた。


「素晴らしいですね、ユウト・カミシロ。あなたの力……『混沌』に相応しい」


 その声は滑らかで、しかし底のない冷たさを孕んでいた。


「話はもういいよ。僕は、お前を倒す」


 僕の言葉に、テスラはわずかに首を傾げた。

 僕は大斧槌を肩に担ぐ。全身が精霊力の炎で燃えているが熱さはない。

 むしろ、ぬるま湯に浸かっているようで心地よさすら感じていた。

 テスラは言う。


「ならば、君は敵だ。『混沌』を理解できぬ愚か者だが……私は敵として、キミを許そう」


 空気が震える。

 水が、音もなく膨れ上がった。


「うわっ!?」


 次の瞬間、謁見の間の扉が開き、大量の水が噴き出した。

 穴の開いたには水の膜が貼られ、謁見の間は瞬く間に水牢と化す。

 流れは螺旋を描き、渦となって僕を呑み込もうとした。


「術式展開、『水遁リヴァイア・ドミニオン』……教えてあげましょう。この城の地下には貯水湖がありましてね……それを全て、私は操ることができるのですよ。キミの炎ごと、呑み込んであげましょう」


 テスラの言葉とともに、水圧が一気に高まる。

 もう、僕は完全に水中にいた。ただの水で精霊力の炎は消せないが、僕の周りは風呂みたいに水が熱されて温かい……が、呼吸ができないことに変わりない。

 だが、テスラの周囲だけには空気があった。まるで空間を切り取ったとうに、水がない。


(──よぉし!!)


 僕は足の裏から炎を噴き出す。

 ジェット噴射のように水中を泳ぎ、大斧槌を真横に振るった。


(斧で、斬る!!)

「なっ!?」


 テスラにも想定外だったのか。僕の大斧槌は、テスラのいる空間を両断、テスラのいるところに大量の水が入ってくる。

 この斧、すごい……豆腐に包丁を入れるように、なんでもバターみたいに斬れそうだ。

 

「バカな、オリハルコン以上に密度を高めた水の壁を、容易く両断しただと!?」

「僕の精霊導器を舐めるなよ!! へへ、『属性変更(スタイルチェンジ)』!!」


 風属性へ変更。

 僕は、水で満たされる前に全ての空気を風で集め、自分の顔周りに集める。 

 空気のヘルメットだ。首から下は水に浸かっているが、顔周りだけは空気で覆われている。

 対してテスラは。


「っが、ぼ、ぐぼぼぼっ」


 溺れかけていた。

 だが、両手に鞭を持ち、振るうと……顔の周りの水がなくなった。


「っぶは!! 貴様、舐めた真似を……!!」

「なめてなんかないさ。さあ、ここで決める!!」


 僕は全ての空気を吸い込み、火属性へチェンジ。

 大斧槌を手に、精霊力を全開にした。

 身体が燃え、僕の周囲の水がボコボコと沸騰していく。

 僕の状態を見て、テスラは驚愕していた。


「馬鹿な……!? 水が……蒸発しているだと!?」

(気付くのが遅い!! 行くぞおおおおおおおおお!!)


 城の壁に向かってジェット噴射。大斧槌を全力で振りまくった。

 爆音が鳴り、壁や床が砕ける。

 水の膜が斬られ、壁や床の穴から水が一気に噴き出した……かなり目立つ光景だろうなあ。城の、しかも謁見の間から大量の水が噴き出したんだから。

 水が穴から一気に噴き出したことで、テスラは錐もみ回転して壁に叩きつけられた。

 僕はジェット噴射で、テスラの距離を一気に詰めた。

 使うのは大斧槌ではない。


「はあああああああッ!!」


 拳が振り抜かれる。

 炎を纏った打撃が、テスラを弾き飛ばす。

 玉座の背後の壁に激突し、テスラの姿は見えなくなった。

 そして、僕は肩で息をし、水浸しでボロボロの謁見の間に倒れていた王族を助け起こす。


「しっかりしてください!!」

「……………………ぅ」


 国王は、僅かに動いた……生きている!! 

 水で満たされた時間は数分、窒息するまでじゃなかったんだ。

 そして、瓦礫の影で倒れていた兵士たち。

 護衛、従者、騎士――皆、テスラに操られていた者たち。

 その瞳から、青白い光が消えていく。

 代わりに、彼らは苦しげに息を吐き、床に崩れ落ちた。

 ……生きている。よかった、みんな生きている。

 すると、玉座の裏からテスラが出てきた。僕が殴ったアザが顔にあり、ひどい火傷もしている。


「くそ、くそ……」


 テスラの声が、震えていた。


「ここまでだ、テスラ。大人しく投降するなら、命は奪わない」


 大斧槌を手に、ゆっくりと歩を進める。

 全身を再び炎で包むと、熱で水たまりが蒸発した。

 テスラは歯を食いしばり、両腕を広げる。


「ならばもう一度、全てを溺れさせようッ!! 魂絶技(リミット・ブレイク)!!」


 床が砕け、水が噴き上がる。

 謁見の間の四隅から、巨大な水柱が立ち上がった。

 それらが繋がり、巨大な水球となって頭上に浮かぶ。

 その中心にテスラが立ち、腕を広げた。


「もう貴様は必要ない!! この私が、『混沌』のテスラが、新たな魂の道を歩む!! 全てを巻き込め、『渦葬(かそう)』!!」


 水球の中は、激しく渦巻いていた。

 飲み込まれたら最後、ズタズタに引き裂かれ死んでしまうだろう。

 だが、そんな大きな水球は――燃やすだけだ。


「無駄だ!!」


 僕は両手で大槌斧を掲げる。

 真っ赤な炎が大斧槌から噴射され、太く、長く伸びていく。

 謁見の間の壁を突き破り、ヴァルゼン王城を囲うように炎の帯は伸びていく。

 直径数キロ以上……あまりの長さに、テスラも仰天していた。


魂絶技(リミット・ブレイク)──来たれ、『陀炎竜イリヤ・アドライグゴッホ』!!」


 大斧槌を振り下ろすと、王城の天井が一瞬で蒸発、巨大なドラゴンの顔が現れた。

 空気が焼け、音が遅れるほどの熱風が発生する。

 轟音と共に、半透明の赤いドラゴンが、が水球を貫く……水球が一瞬で蒸発した。


「ミぎゃあアああああああああああああああ──!!」


 テスラが燃え、瓦礫に激突した。

 殺すこともできた。でも、これだけの熱力だと、この場にいる人たちも燃え……いや、蒸発してしまう。それくらいの熱量だ。

 僕は無意識に手加減。テスラが全身やけどを負い、玉座の間……いや、ヴァルゼン帝国の上層階を全て吹き飛ばす程度で炎を止めた。

 大斧槌を床に刺し、肩で息をする。


「終わった……よな」


 テスラは黒焦げに近いが、ピクピク動いていた……生きている。

 そう思った瞬間、空気が――重く、変わった。


『終わったぁ?』


 ――終わった、はずだった。

 黒焦げのテスラが、異様な脈動をした。


「……っ!? テスラ、お前――!!」

『フフフ、うふふふ』


 奴の体から、黒い液体が滲み出していた。

 それは血ではない。

 水のように見えて、しかし闇のように濁っている。


「な、なんだ……」


 全身火傷のテスラ。目も真っ白になっていたが、水色の光を帯びた。

 まるで、そこに『別の何か』が宿ったような、そんな異様さを感じた。。


『こんにちはぁ~、ユウト・カミシロくぅん』


 声がした。

 それは、テスラのものではない。

 甘ったるい猫なで声の、女の声だった。


『テスラくんを倒したんだぁ。まあ、この子に与えた程度の力に苦戦するようじゃあ、お姉さんも萎えちゃうわあ』


 テスラの身体が痙攣し、黒い液体が彼を包み込んでいく。

 黒い液体が女の形を取り、滴る髪のような水の糸が床に伸びた。瞳は、月光を閉じ込めたように淡く光っていた。もう、テスラではない。

 黒い何かは言う。


『自己紹介しなきゃねぇ。私は虚環教団(サークルオブヴォイド)八導司(ラス・オクタ)の一人、『混沌』の液獄導司(えきごくどうし)ミシェルナ=ヴァルナ。よろしくねぇ~」

「サークルオブ、ヴォイド? ラス・オクタ……えきごくどうし、ミシェルナ?」

『ふふ。覚えておいて、あとで調べてごらん。ねえユウトくん……あなた、面白くて、素晴らしくて、ワクワクしちゃう、楽しい子ねぇ……今、ここで捕獲しちゃうの、すっごく惜しいわぁ』

「ッ!!」


 いつの間にか、周囲を黒い水で覆われていた。

 直感でわかる。この声、この女……テスラなんか問題ないくらい強い。

 いつの間にか汗だくになり、大斧槌を手にしていた。

 まずい。会話をしなければ。


「……お前が、テスラを操っていたのか」

『ま、そうねぇ。テスラくん、私のこと大好きだったらから。でも、もういらなぁい。『螺旋教団オロバス』の教主として、この子たちと遊ぶのも楽しかったけどねぇ』


 ミシェルナの声は、空気を震わせるほど低く響く。

 水が天井から滴り落ち、黒い湖のように広がっていった。


『ねえ、次は私が遊んであげるぅ。もっともっと強くなって、私を楽しませてねぇ?』

「……」

『ふふ。怖がっちゃって、かわいい……ばいばぁ~い』


 黒い水が蒸発し、テスラだった黒い何かが完全に消えた。

 僕は、滝のような汗を流し、大きく息を吐いた。


「っぶは……」


 見逃された。

 次元の違う何かが、僕を見逃したのだった。

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