ヴァルゼン王城の戦い③
赤い空が、瓦礫に染みた血を照らしていた。
爆熱傭兵団の本拠地――ヴァルザード南区の防衛線は、今まさに崩壊の瀬戸際にあった。
「できるだけ殺すな!! 操られてる連中を足止めしろ!! 霊触者は精霊力で額の紋章を壊せ!! それで洗脳は解除される!!」
響くのは、ヴォルカン団長の声。
現在、ヴァルゼン帝国首都フレム・ヴァルザード南区では、紅蓮の獅子団が町を破壊していた。
それを、爆熱傭兵団が止めているという状況である。
「クソ、テスラの野郎ぉ!!」
ヴォルカンは大槌の柄を握りしめる。
通りは騒然としている。
火の粉が舞い、爆発の音が遠くで響く。建物の影から逃げ惑う市民たちの悲鳴が交錯し、首都フレム・ヴァルザード南区の象徴だった赤煉瓦の街並みは、すでに見る影もない。
その中心で、ヴォルカンは叫ぶ。
「……団員ども、抜かるなッ!! 霊触者はオレが相手をする!! 住人の避難を優先しろ!!」
轟くような声。そして、ヴォルカンを狙って紅蓮の獅子団員が襲ってくる。
ヴォルカンは地属性の霊触者。両手で握る大槌が振るわれるたび、地面が砕け、衝撃が空気を震わせた。
彼の前方で、紅蓮の獅子団の団員たちが叫びを上げながら突撃してくる。
瞳は濁り、表情は空虚。まるで生気を失った人形のようだった。
「団長ォ!! またあいつらが来やがります!!」
「構うな、押し返せ!! 操られてるってんなら、ぶっ叩いて気絶させりゃいいだけだ!!」
ヴォルカンの声が響くたび、周囲の傭兵たちの士気が上がる。
「どらっしゃあああい!!」
叫びと同時に、大地が牙をむいた。
ヴォルカンの大槌が叩きつけられると同時に、路面が盛り上がり、衝撃波が放たれる。
突撃してきた獅子団員たちは吹き飛び、壁や瓦礫に叩きつけられ、そのまま意識を失っていった。
しかし――それでも、止まらない。
次から次へと、同じ無表情の兵士たちが姿を現す。
まるで尽きることのない悪夢のようだった。
ヴォルカンは舌打ちする。
「チッ、どんだけ操られてやがる……こいつら、魂まで喰われてんのか? つーかテスラの野郎……団員を全てこの南区に集中させやがった。オレの介入を防ぐために、全ての獅子団員を投入しやがったのか」
紅蓮の獅子団。帝国最強の戦闘部隊。
その全員が、今や敵として南区を襲っている。
指揮系統も意思もない。ただ破壊のために動く人形の群れ。
その光景に、周囲の団員たちの表情から笑みが消えていく。
「団長、このままじゃまずい!! 北区、東区、西区に回ってる傭兵を呼んだ方が」
「わかってる!! でもダメだ。他の区画をカラッポにしたら、そっちが狙われるかもしれねえ!! 全ての区画を防衛しつつ、今ある戦力だけでここを守るぞ!!」
ヴォルカンが怒鳴ると同時に、地を蹴った。
その巨体がまるで弾丸のように飛ぶ。
重力すら振り切る一撃――両刃の大斧が振り下ろされると、地面が抉れ、吹き飛ばされた獅子団の兵士がまとめて気絶した。
「これ以上……俺たちの町は壊させねぇ!!」
怒号のような叫びと共に、彼の周囲の戦意が一気に燃え上がる。
爆熱傭兵団――その名に違わぬ戦いぶりだった。
◇◇◇◇◇◇
しかし、戦況は依然として膠着している。
操られた者たちは、倒してもすぐ立ち上がる。
まるで魂を縛る糸に引き戻されるように。
――んな中、瓦礫を蹴り飛ばして走ってくる二つの影があった。
「オヤジっ!! 遅れてごめん!!」
「おう、来やがったか!! そっちは終わったのか?」
「うん!! あとはユウトに任せてきた!!」
「あぁ? おい、一人でテスラの野郎と戦わせんのか!?」
「大丈夫です。ユウトの強さは、一人の時が一番強いんですから」
駆けつけたのは、フレイアとリアだった。
フレイアは戦闘の痕をそのままに、額に汗を滲ませながら斧槌を肩に担いでいる。
リアは弓を手に、息を整えつつ周囲を警戒していた。
「てか南区なにこれ!? めちゃくちゃ獅子団がいるんだけど!!」
「……まるで、獅子団が全て南区に集中しているような」
フレイアとリアの報告に、ヴォルカンの眉間に皺が寄る。
「テスラの野郎だ。あいつはオレを南区に釘付けさせるために、全兵力を投入してやがるんだ」
ヴォルカンは地面を叩き、歯噛みした。
紅蓮の獅子団が動きを止めたかと思えば、再び暴走を始める。
瞳から青い光が漏れ、口元から水が滴る。まるで生ける死者。
完全に、紅蓮の獅子団を使い捨てるつもりだった。
傭兵の一人が報告に来た。
「団長、これ以上はオレらが持ちません!! もう撤退しか……」
「ダメだ、守るんだ!! この町は――俺たちが守るんだよ!!」
ヴォルカンの叫びが、炎のように響く。
周囲の団員たちが声を上げ、立ち上がった。
その中で、フレイアが斧槌を構えた。
「当然、あたしもやるから!! ふふん、まだやり足りないのよね!!」
リアも頷く。
「ユウトがテスラを倒せば、洗脳も止まるはずです。それまで耐えれば……!!」
二人の姿に、ヴォルカンは豪快に笑った。
「ハッ、いい顔してやがる!! さあ、まだまだいくぜぇ!!」
三人の霊触者が戦い続ける。紅蓮の獅子団員たちが次々と倒れていく。
町を壊すためじゃない。操られた獅子団を元に戻すために。
戦いは、まだ終わらない。
◇◇◇◇◇◇
ユウト視点。
◇◇◇◇◇◇
王城の玉座の間。
崩れた柱はいくつも横倒しになり、砕けた壁から外の光景が覗いていた。
床には瓦礫と水が入り混じり、静寂の中に不気味な波紋が広がる。
僕は、その中心でテスラを見据えていた。
「……フフフ」
その姿は、王のそれに似ていた……けれど、テスラは王ではない。
テスラは、青白い光を放つ水球を掌に浮かべ、薄く笑っていた。
「素晴らしいですね、ユウト・カミシロ。あなたの力……『混沌』に相応しい」
その声は滑らかで、しかし底のない冷たさを孕んでいた。
「話はもういいよ。僕は、お前を倒す」
僕の言葉に、テスラはわずかに首を傾げた。
僕は大斧槌を肩に担ぐ。全身が精霊力の炎で燃えているが熱さはない。
むしろ、ぬるま湯に浸かっているようで心地よさすら感じていた。
テスラは言う。
「ならば、君は敵だ。『混沌』を理解できぬ愚か者だが……私は敵として、キミを許そう」
空気が震える。
水が、音もなく膨れ上がった。
「うわっ!?」
次の瞬間、謁見の間の扉が開き、大量の水が噴き出した。
穴の開いたには水の膜が貼られ、謁見の間は瞬く間に水牢と化す。
流れは螺旋を描き、渦となって僕を呑み込もうとした。
「術式展開、『水遁』……教えてあげましょう。この城の地下には貯水湖がありましてね……それを全て、私は操ることができるのですよ。キミの炎ごと、呑み込んであげましょう」
テスラの言葉とともに、水圧が一気に高まる。
もう、僕は完全に水中にいた。ただの水で精霊力の炎は消せないが、僕の周りは風呂みたいに水が熱されて温かい……が、呼吸ができないことに変わりない。
だが、テスラの周囲だけには空気があった。まるで空間を切り取ったとうに、水がない。
(──よぉし!!)
僕は足の裏から炎を噴き出す。
ジェット噴射のように水中を泳ぎ、大斧槌を真横に振るった。
(斧で、斬る!!)
「なっ!?」
テスラにも想定外だったのか。僕の大斧槌は、テスラのいる空間を両断、テスラのいるところに大量の水が入ってくる。
この斧、すごい……豆腐に包丁を入れるように、なんでもバターみたいに斬れそうだ。
「バカな、オリハルコン以上に密度を高めた水の壁を、容易く両断しただと!?」
「僕の精霊導器を舐めるなよ!! へへ、『属性変更』!!」
風属性へ変更。
僕は、水で満たされる前に全ての空気を風で集め、自分の顔周りに集める。
空気のヘルメットだ。首から下は水に浸かっているが、顔周りだけは空気で覆われている。
対してテスラは。
「っが、ぼ、ぐぼぼぼっ」
溺れかけていた。
だが、両手に鞭を持ち、振るうと……顔の周りの水がなくなった。
「っぶは!! 貴様、舐めた真似を……!!」
「なめてなんかないさ。さあ、ここで決める!!」
僕は全ての空気を吸い込み、火属性へチェンジ。
大斧槌を手に、精霊力を全開にした。
身体が燃え、僕の周囲の水がボコボコと沸騰していく。
僕の状態を見て、テスラは驚愕していた。
「馬鹿な……!? 水が……蒸発しているだと!?」
(気付くのが遅い!! 行くぞおおおおおおおおお!!)
城の壁に向かってジェット噴射。大斧槌を全力で振りまくった。
爆音が鳴り、壁や床が砕ける。
水の膜が斬られ、壁や床の穴から水が一気に噴き出した……かなり目立つ光景だろうなあ。城の、しかも謁見の間から大量の水が噴き出したんだから。
水が穴から一気に噴き出したことで、テスラは錐もみ回転して壁に叩きつけられた。
僕はジェット噴射で、テスラの距離を一気に詰めた。
使うのは大斧槌ではない。
「はあああああああッ!!」
拳が振り抜かれる。
炎を纏った打撃が、テスラを弾き飛ばす。
玉座の背後の壁に激突し、テスラの姿は見えなくなった。
そして、僕は肩で息をし、水浸しでボロボロの謁見の間に倒れていた王族を助け起こす。
「しっかりしてください!!」
「……………………ぅ」
国王は、僅かに動いた……生きている!!
水で満たされた時間は数分、窒息するまでじゃなかったんだ。
そして、瓦礫の影で倒れていた兵士たち。
護衛、従者、騎士――皆、テスラに操られていた者たち。
その瞳から、青白い光が消えていく。
代わりに、彼らは苦しげに息を吐き、床に崩れ落ちた。
……生きている。よかった、みんな生きている。
すると、玉座の裏からテスラが出てきた。僕が殴ったアザが顔にあり、ひどい火傷もしている。
「くそ、くそ……」
テスラの声が、震えていた。
「ここまでだ、テスラ。大人しく投降するなら、命は奪わない」
大斧槌を手に、ゆっくりと歩を進める。
全身を再び炎で包むと、熱で水たまりが蒸発した。
テスラは歯を食いしばり、両腕を広げる。
「ならばもう一度、全てを溺れさせようッ!! 魂絶技!!」
床が砕け、水が噴き上がる。
謁見の間の四隅から、巨大な水柱が立ち上がった。
それらが繋がり、巨大な水球となって頭上に浮かぶ。
その中心にテスラが立ち、腕を広げた。
「もう貴様は必要ない!! この私が、『混沌』のテスラが、新たな魂の道を歩む!! 全てを巻き込め、『渦葬』!!」
水球の中は、激しく渦巻いていた。
飲み込まれたら最後、ズタズタに引き裂かれ死んでしまうだろう。
だが、そんな大きな水球は――燃やすだけだ。
「無駄だ!!」
僕は両手で大槌斧を掲げる。
真っ赤な炎が大斧槌から噴射され、太く、長く伸びていく。
謁見の間の壁を突き破り、ヴァルゼン王城を囲うように炎の帯は伸びていく。
直径数キロ以上……あまりの長さに、テスラも仰天していた。
「魂絶技──来たれ、『陀炎竜イリヤ・アドライグゴッホ』!!」
大斧槌を振り下ろすと、王城の天井が一瞬で蒸発、巨大なドラゴンの顔が現れた。
空気が焼け、音が遅れるほどの熱風が発生する。
轟音と共に、半透明の赤いドラゴンが、が水球を貫く……水球が一瞬で蒸発した。
「ミぎゃあアああああああああああああああ──!!」
テスラが燃え、瓦礫に激突した。
殺すこともできた。でも、これだけの熱力だと、この場にいる人たちも燃え……いや、蒸発してしまう。それくらいの熱量だ。
僕は無意識に手加減。テスラが全身やけどを負い、玉座の間……いや、ヴァルゼン帝国の上層階を全て吹き飛ばす程度で炎を止めた。
大斧槌を床に刺し、肩で息をする。
「終わった……よな」
テスラは黒焦げに近いが、ピクピク動いていた……生きている。
そう思った瞬間、空気が――重く、変わった。
『終わったぁ?』
――終わった、はずだった。
黒焦げのテスラが、異様な脈動をした。
「……っ!? テスラ、お前――!!」
『フフフ、うふふふ』
奴の体から、黒い液体が滲み出していた。
それは血ではない。
水のように見えて、しかし闇のように濁っている。
「な、なんだ……」
全身火傷のテスラ。目も真っ白になっていたが、水色の光を帯びた。
まるで、そこに『別の何か』が宿ったような、そんな異様さを感じた。。
『こんにちはぁ~、ユウト・カミシロくぅん』
声がした。
それは、テスラのものではない。
甘ったるい猫なで声の、女の声だった。
『テスラくんを倒したんだぁ。まあ、この子に与えた程度の力に苦戦するようじゃあ、お姉さんも萎えちゃうわあ』
テスラの身体が痙攣し、黒い液体が彼を包み込んでいく。
黒い液体が女の形を取り、滴る髪のような水の糸が床に伸びた。瞳は、月光を閉じ込めたように淡く光っていた。もう、テスラではない。
黒い何かは言う。
『自己紹介しなきゃねぇ。私は虚環教団・八導司の一人、『混沌』の液獄導司ミシェルナ=ヴァルナ。よろしくねぇ~」
「サークルオブ、ヴォイド? ラス・オクタ……えきごくどうし、ミシェルナ?」
『ふふ。覚えておいて、あとで調べてごらん。ねえユウトくん……あなた、面白くて、素晴らしくて、ワクワクしちゃう、楽しい子ねぇ……今、ここで捕獲しちゃうの、すっごく惜しいわぁ』
「ッ!!」
いつの間にか、周囲を黒い水で覆われていた。
直感でわかる。この声、この女……テスラなんか問題ないくらい強い。
いつの間にか汗だくになり、大斧槌を手にしていた。
まずい。会話をしなければ。
「……お前が、テスラを操っていたのか」
『ま、そうねぇ。テスラくん、私のこと大好きだったらから。でも、もういらなぁい。『螺旋教団オロバス』の教主として、この子たちと遊ぶのも楽しかったけどねぇ』
ミシェルナの声は、空気を震わせるほど低く響く。
水が天井から滴り落ち、黒い湖のように広がっていった。
『ねえ、次は私が遊んであげるぅ。もっともっと強くなって、私を楽しませてねぇ?』
「……」
『ふふ。怖がっちゃって、かわいい……ばいばぁ~い』
黒い水が蒸発し、テスラだった黒い何かが完全に消えた。
僕は、滝のような汗を流し、大きく息を吐いた。
「っぶは……」
見逃された。
次元の違う何かが、僕を見逃したのだった。




