ヴァルゼン王城の戦い②
――王城の一角。
崩れかけたそこは、紅蓮と氷が交錯する戦場だった。
「こんのヤロ……っ!!」
瓦礫と化した床の上で、フレイアは巨大な斧槌を肩に担ぎ、前を睨みつけていた。
目の前に立つのは、紅蓮の獅子団、副団長。
本来なら帝国最強の守護者のひとり――だが今、その瞳は虚ろで、氷のように濁っている。
冷気が這い寄る。床が凍り、柱が白く凍結していく。
操られた副団長の全身から、氷の精霊力が滲み出していた。
「操られてるのってめんどくさい……っていうか、ちょっと残念かも」
フレイアは少しガッカリしていた。なぜなら、操られている者は『精霊術式』も『魂絶技』使ってこない。ただ精霊力を纏い、振り回すだけの『素人』と変わりない。
どうせなら、全力の副団長と戦ってみたかったと、フレイアは思っていた。
フレイアは、斧槌を担いで言う。
「仮想、オヤジ……って思ったけど、アンタ、操られているようじゃあたしの敵じゃないわ。いい加減、目ぇ覚ましたら?」
火の国の女傭兵らしい、豪放な笑み。
その背に背負う斧槌が、ぼうっと赤く光を放つ。
「でも、あたしの前に立つ以上、手加減はしない。あたしが戦って逃げたり負けたりすることは、爆熱傭兵団の名に傷がつくからね」
副団長が動いた。
靴底を凍らせ、滑るように移動する。初めて見る移動法にフレイアは面白そうな笑みを浮かべた。
大槌が振り下ろされる――その速度、まるで氷塊の隕石。
受けとめようとしたが……フレイアは回避。床が砕け、氷の衝撃波が直線状に走る。
なんと、叩きつけた床から氷柱が立った。
「っとぉ!!」
フレイアは床を蹴り、横へ転がる。
だが追撃が止まらない。副団長の腕が唸り、連続して大槌が叩きつけられる。
氷柱が何本も立ち、空気が凍りつく。
槌の衝撃だけで、謁見の間が揺らいでいた。
彼はまさに氷の暴君だった。
理性を失い、破壊と冷気で破壊を繰り返す怪物。
フレイアは斧槌をくるんと回転させ握り直し、不敵な笑みを浮かべた。
「力任せで理性のない怪物って、シンプルで面白いじゃん……じゃあ、あたしもいくぞー!!」
フレイアは斧槌を両手で構え、床を蹴った。
火花が散り、爆ぜる。
次の瞬間、彼女の足元に紅い魔法陣が浮かび上がる。
「術式展開!! 『爆焔衝破』!!」
斧槌の先端が床を叩きつける。
轟音。地面が赤く染まり、炎が走る。
地を伝う炎がマグマのように広がり、波打つ衝撃波が前方を薙ぎ払った。
床が、マグマと化した。
副団長の周囲を炎が飲み込み、氷柱が音を立てて弾け飛ぶ。
「どう? あたしの精霊術式『爆焔衝破』は、ブッ叩いた地面をマグマ化して、さらに周囲を衝撃波でぶっ飛ばす!! ド派手、最強!! なーっはっはっは!!」
ボコボコと、フレイアが叩いた床がマグマとなっていた。範囲は狭いが、そこに立つことはもうできない。ある意味ではトラップ化したともいえるだろう。
「っしゃあ!! 続きぃ!!」
『…………』
フレイアの斧槌、副団長の大槌。氷と炎がぶつかる。
蒸気が弾け、空気が爆ぜる。氷が解けて蒸発し、蒸気となる。
赤と青の光が交錯し、視界が一瞬真っ白に染まる。
「くっ……力押し、いいじゃん!!」
フレイアが舌打ちし、距離を取る。
両者の間に、蒸気が立ち込める。
そして、副団長がフレイアを見失ったのか、ほんの半秒ほど動きが止まった。
「――ちゃーんす」
フレイアは右足を大きく踏み込み、斧槌を地面に突き立てた。
そこから、赤々とした炎が一気に噴き上がる。
炎が彼女の足元を包み、周囲の氷を次々と溶かしていく。
「さっきのより……ド派手にいくよ!!」
フレイアの髪が、熱気で揺れる。
その瞳に迷いはない。彼女は戦士であり傭兵……そして、仲間を守るために立つ者だ。
「…………!!」
副団長がフレイアを見つけ、氷を纏わせた大槌を振るうと冷気が収束し、拳ほどの氷塊が空中に浮かび上がる。
それらが弾丸のように放たれ、フレイアへ襲いかかった。
斧槌を振るい、彼女はそれらを打ち砕く。
だが――。
「っぐ……!!」
氷塊が直撃した。
体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
背中に鈍い痛みが走る。
それでもフレイアは笑っていた。
「ははっ……効いたぁ!!」
立ち上がる。
炎が再び彼女の身体を包み込む。皮膚の下で、精霊力が熱を帯びて脈打つ。
その炎が、彼女の意志に呼応するように燃え上がった。
「……ユウトが戦ってる。リアだって命懸けで……あたしがここで倒れるわけにはいかないのよ!!」
息を吸い、叫ぶ。
その声が、王城を震わせた。
「――魂絶技!!」
紅の輝きが、斧槌を包み込む。
爆発的な熱量が走る。
周囲の瓦礫が溶け、空気が焼ける。
「『紅蓮轟爆陣』――!!」
魂絶技・紅蓮轟爆陣。
火の精霊力を限界まで斧槌に注ぎ込み、攻撃力を極限まで高めた超バフ。
その斧槌は、触れるモノ全てを溶解させ、マグマ化させる。
「っしゃあああああああああ!!」
フレイアが踏み込み、地を蹴った。
炎の尾を引きながら、彼女は一直線に突進。
副団長の大槌とフレイアの斧槌が正面衝突――轟音、爆炎、蒸気。凍りついた槌が、一瞬で蒸発した。
打ち合うたびに槌を凍らせるが、フレイアの熱量にまるで敵わず、押され始める。
両者がぶつかり合う度に、熱と冷気が弾け合い、衝撃波が城を軋ませた。
「ふんんがあああああああああ!!」
フレイアの足元からマグマが噴き出す。
それが副団長の脚を絡め取り焼き切った。だが、彼も止まらない。
片足を失ってなお、大槌を振るい上げた。
「根性あるじゃん!! でもねぇぇぇぇぇ!! あたしのがあああああああ!!」
フレイアの斧槌が唸る。炎が爆ぜ、軌跡が赤い残光を描く。
彼女はその勢いのまま、真正面から叩き込んだ。
「たたぁぁぁぁぁぁっく!!」
超高熱の槌が、副団長の鎧に直撃。氷の鎧が一瞬で溶ける。
副団長の体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
爆発が遅れて追いつき、壁ごと崩れ落ちる。
だが――終わらない。
副団長はまだ立ち上がった。
全身を焦がされながらも、目の光だけが消えていない。
「……ッッ、しつっこい!!」
フレイアは息を荒げながらも、再び斧槌を構える。
互いの精霊力がぶつかり合い、王城が震える。
火と氷が交錯するたび、床が割れ、空気が悲鳴を上げた。
『…………!!』
副団長が跳躍。
真上から大槌を振り下ろす。
その瞬間、フレイアは斧槌を構え、炎を一点に集中させた。
「あんた、強かったよ!! これで、おしまいっ!!」
斧槌を振るうと、炎が衝撃波となって飛んだ。
マグマの衝撃波が爆発が副団長を包み込む。
氷が溶け、蒸気となって消えていく。
ガシャン!! と、副団長が床に落下……片足を失い、両手を広げ、兜が半分溶解し、完全に動かなくなった。
フレイアは近づいて確認……呼吸はしていた。
爆風が収まり、静寂が訪れる。
フレイアは斧槌を支えに、肩で息をした。
「……あー、やりすぎちゃった。でもまあ、爆熱傭兵団らしいっちゃらしいかな」
フレイアが苦笑した。
だが、足元に倒れた副団長を見て、その表情がわずかに柔らぐ。
額に刻まれていた青い紋章――テスラの支配の印が、消えていた。
「これでアンタも自由……代償は片足だけど、勘弁してよね」
そう呟き、フレイアは腰を落とす。
戦いの熱が引いていく。フレイアも限界だった。
それでも――目は燃えていた。
「ユウト……こっちは終わったから」
斧槌を地面に突き立てると、フレイアは立ち上がる。
燃え残る炎が、まるで彼女の背を押すように揺らめいた。
戦いは終わった。
だが、戦場の中心――玉座の間では、まだ地獄が続いている。
フレイアは、赤熱した斧槌を肩に担ぎ直した。
そして、焦げついた床を踏みしめ、前を見据える。
「よし、作戦通り……!! ユウト、外で待ってるから!!」
フレイアは斧槌を振り、ユウトにエールを送って謁見の間を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
ユウト視点
◇◇◇◇◇◇
――轟音が、鳴り止んだ。
リア、そしてフレイアの気配が、静かに遠ざかっていく。
「ユウト!! 私、待ってますから!!」
「よし、作戦通り……!! ユウト、外で待ってるから!!」
二人の戦いが終わったようだ。
もちろん勝利……どちらも手強い相手だったようだけど、ちゃんと勝った。
僕は安堵、ハルバードを握る力を少し緩める。
「おやおや。お仲間はどこへ? ふふ、あなたを置いて行ってしまいましたねぇ」
僕は、崩れた玉座の間の中央で息を吐いた。
瓦礫と灰の中、空気が重い。
そして――その中心。
玉座に腰掛け、脚を組み、俺を見下ろす男がいる。
「ふふふ。防戦一方、とは……このことですかな? ユウト・カミシロ」
テスラ。
ヴァルゼン帝国を乗っ取り、『混沌』を自称する霊触者。
その身は、血のような青光を放っていた。
玉座の傍では、王と王妃、王子と王女が今も跪いている。そして玉座の前には、規則正しいく整列し剣を向ける騎士たちが二十名ほどいた……全員、操られている。
「正直なところ、この国は必要なかったんです」
テスラは、どこかつまらなそうに言う。
「ですが、あのお方からこれだけの力をいただいた。ならば、国を乗っ取り『混沌』の国として新生させることも可能……そうすれば、あのお方もお喜びになる!! ああ、素晴らしいことだ!!」
「……そこまでして、僕が……いや、僕を『混沌』に歩ませたいのか?」
「ええ。あなたには理解できませんか? 新たな『魂の道』が生まれると言うのは、それほど素晴らしいことなのです!!」
僕には、理解できなかった。
異世界人だからなのか……僕がこの世界で新たな『魂の道』を作ることが、どれほど素晴らしいことなのか、どれほど他の『魂の道』を歩む人たちに影響を与えるのか、そして『混沌』がどれほど僕を欲しているのかも、理解できない。
でも、理解できることは一つある。
「僕は、頼まれたからって『混沌』を歩むわけじゃない。僕はもう『孤独の道』を歩んでいる。心が決めた道を歩んでいるから、何を言われても道が逸れることはないよ」
「ですが……『導く』ことは可能。あなたを誘導し、道を外れさせることはできる。フフ」
テスラが肩を竦める。その動作一つで、空気が湿る。
足元から水が滲み出し、王城の床や壁を薄く覆っていく。冷たい、まるで血管を這うような感触。
「あなたを操りたいところですが、『魂の道』にどういう影響があるのかわかりませんので……とりあえず、眠らせ、拘束しましょうか」
僕は首を振る。
もうリアたちはいない。『一人でやるしかない』んだ。
「リアとフレイアは、外に出たか」
「ふむ? 逃げたのでは?」
「違うよ。僕が言ったんだ……タイミングを見て逃げて欲しいって、僕の視界から、そして僕に『ここにはいない』って思わせてくれ、って」
「…………」
テスラが立ち上がった。
その瞬間、城全体が軋みを上げた。
壁の隙間から水が溢れ、天井から冷たい雫が落ちてくる。
まるで、王城そのものがテスラの一部になったかのようだった。
「話はおしましです。では……おやすみなさい」
大量の水が僕を包囲し、包み込もうとする。
だが次の瞬間、僕を包んでいた水は全て蒸発し、蒸気すら出なかった。
「……一人、か」
「なっ」
ハルバードが燃え、形状が変わっていく。
「教えてやるよ。僕が歩む道は『孤独の道』……本来、一人で歩くべき道なんだ」
リアの斧槌を見て、強そうだと思った。
ハルバードは、大きさが三メートル以上、斧刃、そして大槌が一体化し、さらにドラゴンを模した形状へと変わった。
色は赤銅、ルビーのような輝きを持つ赤い刃が、一気に燃え上がる。
「僕は本来、一人で戦うべきなんだ。一人の時……僕は、本当に強くなれる」
精霊力が、桁違いに膨れ上がる。
僕は斧槌を担ぎ、右拳を強く握った。
「術式展開、『エクスプロージョン・フルスケイル』」
爆炎が収束され、僕の身体を覆い尽くす。
背中に爆炎の翼、炎の尾が形成された……まるで、炎の精霊神像で見たドラゴンだ。
「この精霊術式は、物理攻撃、精霊力を無効化する炎の鎧だ。お前の水はもう通じないぞ」
「……ほほう」
僕は、大斧槌をテスラに向ける。
「さあ、ここからが本当の勝負……いくぞ!!」
ヴァルゼン帝国の玉座の間は、再び戦場と化した。




