ヴァルゼン王城の戦い①
――王城の天井に亀裂が入った。
遠雷が響き、重厚な扉を震わせる。
崩れかけた玉座の間には、焦げた金属の匂いが混じっていた。
その中央。雷と風がぶつかり合い、紫電と暴風が吹き荒れる。
雷を纏う巨体……リアと対峙するのは、王族護衛騎士団の、騎士団長。
名前はわからない。だが、雷属性の霊触者であり、『破壊の道』を歩む騎士ということだけ。
リアは、軽やかに攻撃を回避しながら弓を射る。だが、全て叩き落とされた。
「──強いっ!!」
両手に握られた二本のハンドアックスは、まるで竜の牙のように鋭く、青白い閃光をまき散らしていた。
かつてヴァルゼン帝国を支えた誇り高き将……だが今、その瞳は虚ろで、血走り、理性の欠片もなかった。
テスラの呪縛に囚われた操り人形。それが、目の前の敵だ。
「さて、どうしたものか……」
翠色の髪がふわりと舞うたび、風の流れが変わる。
リア・アルヴィーネ。『知恵の道』を歩む霊触者。
弓を構えたまま、一歩も退かずにその巨躯を見据えていた。
「なるほど。幸か不幸か……操られている人が霊触者の場合、『精霊術式』や『魂絶技』は使えない。ただ精霊力を放つくらいしかできないということね」
リアの呟きは、風に紛れて消える。
瞬間、雷が地を穿つ。
副団長の足元から放たれた稲光が、蛇のようにうねりながら一直線にリアへ迫る。
リアは横っ飛びで回避し床を転がり、矢を連続で放つ。
「術式展開、『ウインド・シード』!!」
矢じりが四方の壁、床に突き刺さり、淡い緑光が弾けた。
撒かれた『風の種』から小規模の竜巻が発生し、雷撃を逸らす。
地面が爆ぜ白煙が上がる。風がそれを払い、リアはその一瞬の隙に距離を取った。
「額を刺激して、青い紋章を破壊すれば勝機に──……えっ!?」
しかし――雷鳴とともに、騎士団長の姿が消える。
次の瞬間、リアの目の前に騎士団長が現れた。
「ッ!?」
雷走。電光のごとき速度で踏み込み、斧が十字に閃いた。
「くっ――……っぁぁぁ!?」
リアは風を纏って後方へ跳ぶ。
頬を掠めた衝撃が、刃ではなく雷そのものだと気づいたのは、その後だった。
雷斧の余波だけで、壁石が吹き飛ぶ。
力の桁が違う……だが、怯んでいる暇などない。
「手加減、できない……殺してしまう、かも。でも……!!」
リアは、呼吸を整えながら弓を引く。
空気が研ぎ澄まされ、風が彼女の意志を感じ取った。
「――風は、流れを読むもの」
矢が放たれ、四方に『ウインド・シード』を設置する。
風のタネは、成長し様々な効果を発揮する。
リアの戦い方は、力ではなく『知恵』だ。敵の動きを観測し、次の瞬間を予測する。
「術式展開、『エア・スラスト』!!」
種が弾け、風が咲いた。
床を這うように流れる風が、騎士団長の足元を切り裂く。
雷光が散り、姿勢がわずかに崩れる。
「……そこっ!」
リアの矢が唸りを上げる。
風を纏った一矢が、稲妻を裂くように飛んだ。
だが、雷の壁が瞬時に形成され、弾かれる。
副団長の瞳が光る。彼の身体が硬直した瞬間――次の一撃が来た。
両手のハンドアックスを交差させ、雷を纏った一撃を地に叩きつけようとする。
「それは、悪手です!!」
だがリアは、パチンと指を鳴らした。
「『ウインド・シード』連鎖起動!!」
矢が炸裂し、三つの風陣が展開。
左右から放たれた竜巻が両腕の絡めとり、両足の裏から竜巻が発生しバランスを奪う。
だが、押し返すには力が足りない。
「……っ!!」
リアは膝をつきながらも、再び弓を構えた。
呼吸が荒い。だが、その瞳はまだ揺らがない。
「あなたの雷――確かに強い。けれど……風は、止まりません!!」
リアは静かに、矢を番えた。
空気が流れ、周囲の瓦礫がふわりと浮き上がった。
まるで風そのものが、リアの背中を押しているかのようだった。
「あなた相手に、手加減は必要ないですね」
団長が再び踏み込む。竜巻を振り切り、ハンドアックスを両手に、リアに向かって走り出した
雷光が床を焦がし、瞬間移動のような速さで迫る。
リアは矢を放たず、わずかに動きを止めた。
目を閉じ、風の流れを感じる。
(――来る。右上から)
風が教えてくれた。
リアはわずかに体を傾け、左手で弓を支えながら矢を放つ。
「術式解放――『ブリーズ・リレー』!!」
設置した『ウインド・シード』が炸裂。リアに迫っていた騎士団長を押しのけるように竜巻が発生し、騎士団長はなんと転倒し転がった。
騎士団長の動きが止まる。
リアは地を蹴り、最も適した位置に移動。
風が足元を包み、滑るように距離を詰める。
空中で弓を反転させ、矢を引き絞る。
「これで、終わりです……!!」
風が渦巻く。空気が歪む。
玉座の間に、一瞬の静寂が訪れた。
「魂絶技──『風鏃一閃』!!」
放たれた矢は、音を置き去りにして飛んだ。
真空の矢。世界から風を奪う一閃。
矢が通った軌道が、遅れて爆ぜた。
雷光を引き裂き、空気を裂き、地を断つ。
騎士団長が浮き上がり、吹き飛ばされ、王城の壁を破壊し、爆風が吹き荒れる。
「──計算通り、です」
パチンと指を鳴らすと、最後に設置した『ウインド・シード』が発動……外に吹き飛ばされた騎士団長を竜巻が包み込み、ゆっくりと地上に落ちた。
その額にある水の紋章は、すでに破壊されていた。
リアは膝をつき、息を整える。
「ふう……なんとか」
リアはゆっくりと弓を下ろした。
膝の震えを感じながらも、まっすぐに前を向く。
玉座では、まだ雷鳴が響いている。
ユウトとテスラ――二人の戦いが、続いているのだ。
「……ユウト、あなたの願い通りに」
彼女はそう呟き、静かに立ち上がった。
風が吹いた。
その風は優しく、彼女の背を押す。
そして、リアは叫んだ。
「ユウト!! 私、待ってますから!!」
風は彼女とともにあった。
戦いの嵐の中でも、その心だけは、決して揺らぐことはなかった。
リアは叫んだあと、外に向かって走り出した。




