紅蓮の獅子団
昼下がりの首都フレム・ヴァルザードは、いつもよりざわついていた。
通りのあちこちで、紅い外套を羽織った兵士たちが巡回している。
紅蓮の獅子団――帝国直属の魔導師団。
昨日から噂になっていたが、どうやら本格的に動き出したらしい。
「ねえ、ユウト……ここ数日、『紅蓮の獅子団』がかなり町を歩いてる。これって絶対、探してるのはユウトのことだよね」
隣でフレイアが串焼きを頬張りながら、ちらりと僕を見る。
僕はコートについていたフードを被り、リアとフレイアに隠れるように果実水を飲む……この果実水、甘酸っぱくて美味しいな。
「もう、町を歩くのも危険かな……この国を早めに出た方がいいのかも」
「ユウト。その考えには賛同できません」
リアが、もう七本目となる串肉をモグモグ食べながら言う。
「ユウトが『漂魂者』という事実は変えることができません。そして、『魂の道』を歩む大きな組織がユウトを狙うことも。その度に、ユウトは逃げるのですか?」
「……それは」
「ユウト。私は、逃げることに賛成しません。ユウトの歩む道は、逃げることじゃありません。だからこそユウトは、戦う力を得ようとしているのでしょう?」
「リア……」
「私も戦います。ユウトの歩む道は、私が守りますから」
リア……すごくいいことを言ってるんだけど、手に肉串を持ったまま言うのは……うーん。
でも、間違ったことは言っていない。フレイアも肉串を食べながら言う。
「紅蓮の獅子団は『国家の牙』よ。この捜索っぷりから見て、まるで罪人の捜索ね……ったく」
フレイアの言葉に、僕は小さく息を吐いた。
そんな空気を振り払うように、フレイアが明るく言う。
「ま、傭兵団本部にいれば安全でしょ。あいつらが来ても、アタシやオヤジがぶっ飛ばすから!!」
「フレイアさん、国家の牙と自分で言ったでしょう……そんなことしたら、国を敵に回すことになりますよ」
フレイアが笑い、リアが苦笑する。
彼女たちの笑顔に、少しだけ心が軽くなった。
◇◇◇◇◇◇
夕方。
爆熱傭兵団の本部に戻ると、いつもより空気が重かった。
正門前には、紅蓮の獅子団の紋章をつけた男たちが立っている。
「……ユウト、リア、こっち」
フレイアに案内され、本部の裏口へ回り、こっそり正門前を伺うことにした。
「……大丈夫。オヤジいるし、十人ぽっちじゃ掠り傷一つ付けられないよ」
団長、そこまで強いのか……確かにタダ者じゃない気はしてたけど。
彼らの前で、ヴォルカン団長が腕を組んで睨みつけていた。
「――ここに、『漂魂者』がいると聞いた」
先頭の男がそう言った。
声は冷たいが、目はどこか虚ろだ。
まるで人形みたいに感情が抜け落ちている。
「知らねぇな」
ヴォルカンの声が低く響く。
その一言で、周囲の空気が一気に張り詰めた。
「……ならば、力ずくで確認する」
男が一歩踏み出す。
次の瞬間、背後の団員たちが一斉に武器を構えた。
だが、どの動きもどこか不自然だ。
ぎこちなく、同じタイミングで、同じ呼吸で……まるで。
「おいおい……まるで操り人形だな」
ヴォルカンが呟いた直後、男の額に青白い紋様が浮かび上がった。
それは、水面の波紋のように脈打ち、ゆらめいている。
男の額に浮かぶ青い紋様――その光が、一瞬、波のように広がった。
ぞわり、と肌が粟立つ。あれは……精霊の反応? いや、違う。もっと、冷たくて、濁ってる。
「――来るぞッ!!」
ヴォルカンの声と同時に、紅蓮の獅子団の団員たちが一斉に動いた。
ここにいる紅蓮の獅子団に、霊触者はいない。全員が鉄製の武器を手に襲い掛かってくる。
団長には三人ほど、残りは傭兵団たちに向かって行く。
けれど、どれも生気がない。全員の目が有り得ないくらい虚ろだった。
……まるで、命令を聞くだけの機械みたいに、僕には見えた。
「オヤジっ!!」
僕の隣にいたフレイアが、精霊導器を手に飛び出す。
僕とリアも迷ったが、互いに頷いて飛び出そうとした……が。
「下がってろ!!」
恫喝とも言える叫びに身体が止まる。
団長の背中が、一瞬、膨れ上がるように見えた。
その両手には、精霊導器である黄土色の大槌が握られていた。
柄を持ち上げた瞬間、地面が低く唸った。
「お前ら……操られてるのか。だったら、正気に戻してやるよ」
団長の瞳がギロリと輝いたように見え、次の瞬間――轟音が走った。
大槌が地を打ち、土が爆ぜる。
その衝撃だけで、紅蓮の団員が三人、まとめて吹き飛んだ。
地面が裂け、土砂が弾け飛び、砂煙が視界を覆う。
僕は思わず腕で顔を庇い言う。
「な、なんて威力だ……っ!!」
「オヤジの腕力、精霊力で強化しなくてもアレだからね……すごいっしょ?」
「……恐ろしいですね」
フレイアはどこか誇らし気に、リアは恐れたように言う。
ヴォルカン団長は大槌を肩に担ぎ、ふっと息を吐いた。
「ほう、まだやるか」
砂煙の中から、再び団員たちが立ち上がる。
足元がぐらついているのに、倒れない。
血が流れても、呻き声一つ上げない。
それどころか、さっきよりも速い動きで突っ込んできた。
リアが言う。
「あれだけの負傷でまだ動ける? それに、あの表情……どう見てもおかしいです!!」
リアの声が震えている。
僕もわかる。あの目――完全に意識がないように見える。
理屈は不明だが、肉体だけが動いてる。
ヴォルカン団長が舌打ちした。
「……ったく、厄介だ。どういう『精霊術式』か知らねえ。だが――」
彼が大槌をくるりと回すと、槌部分に精霊力が込められる。
地属性の精霊力……薄ぼんやりと、黄色い輝きが槌を包み込んだ。
「墳ッ!!」
咆哮のような声とともに、ヴォルカン団長が地を叩く。
その衝撃だけで地面が揺れ、割れた。その全てが、紅蓮の団員たちを吹き飛ばした。
地面に叩きつけられ、兵士の一人がぐったりと倒れる……次の瞬間、額の青い紋様がぱちんと弾けた。
別の紅蓮の獅子団を相手していた傭兵が言う。
「団長っ!! 額の、あの光が消えました!!」
「やっぱりな……あれが精霊術式のキモだ」
ヴォルカン団長が眉をひそめ、再び大槌を構える。
「つまり、気ぃ失わせればいい。全員、意識なくなるまでブッ叩け!!」
「「「「「応!!」」」」」
豪快に笑い、地面を蹴った。他の傭兵たちも同じように笑う。
ヴォルカン団長は巨体とは思えない速さで跳び上がり、空中で大槌を振りかぶり、地面を叩く。
轟音。衝撃波が走り、残っていた団員たちがまとめて倒れる。
そのたびに、額の紋様が弾け飛んでいく。
そして……やがて全員が沈黙した。
ヴォルカン団長は、大槌を地面に突き立て、肩で息をした。
「ふう……ったく。手加減するのも骨が折れるぜ」
フレイアが駆け寄る。
僕とリアも遅れて団長の元へ。
「オヤジ、さすが!! 全員一発で!!」
「こいつら、命までは取ってねぇ。気絶だ」
僕は倒れた兵士たちを見下ろす。
全員、まだ息はある。
けれど、目を閉じたまま、微かに口が動いていた。
リアと目が合い、倒れた兵士に近づいた。
「――なにか、呟いていますね」
「……リア、気を付けて」
リアは弓を、僕はハルバードを手に兵士へ近付く。
すると、兵士は口をパクパク動かしていた。
「……水は、還る……主の、もとへ……」
その声に、ゾクリとした。
次の瞬間、倒れた兵士の額から、透明な液体がにじみ出る。
鏡のような『水の目玉』が、そこに現れた。
「……クソが、てめえかよ……テスラぁ!!」
ヴォルカンの声が低くなる。
水面がゆらぎ、その中に顔が浮かんだ。
氷のような微笑。狂気を孕んだ瞳。
『やぁ、ヴォルカン団長。お久しぶりですね』
「テスラ、てめぇ……!!」
水鏡から響く声は、どこか楽しげで、どこか壊れていた。
『おやおや、暴れましたね。可哀想に……彼らはただ、私の命令で漂魂者を捜索していただけなんですがねぇ』
「ふざけんな、命令だと……? こいつらは全員、精霊術で操られてるじゃねぇか。テメェの仕業だろうがよ!!」
『おやおや。荒くれの馬鹿傭兵の頭にしては、馬鹿じゃない……操っている? 違いますよヴォルカン。私は『流れ』を整えているだけです。彼らの魂を、より美しく――ね。フフフ……』
その声が、背筋を冷たく撫でた……僕はゾクリとした。
水で作られた眼球が、ぐにゃりと歪んでいく。まるで笑っているようだ。
『さあ、漂魂者を渡して下さい。彼は――私たち『混沌』に、還るべきでしょう』
「『混沌』だと? てめえ、ヴァルゼン帝国最強、『紅蓮の獅子団』の団長ともあろう奴が、『混沌』だと……!? テスラ、てめえ、どこまで堕ちやがる!!」
『堕ちるもなにも、私は最初から『混沌』ですよ。おわかりですよね、ユウト・カミシロ』
組織に潜入している『混沌』……思い当たることは一つしかない。
リアも、ギリッと歯を食いしばっていた。
「……まさかあなたは、『螺旋教団オロバス』の」
『その通り。組織のモノが、お世話になりました。フフフ……さてユウト・カミシロ。今、あなた方を襲った『紅蓮の獅子団』は、私の精霊術式で操った者です。この意味がおわかりですね? ではユウト・カミシロ……ヴァルゼン帝国、王城までいらしてください。ああ……ヴォルカン、あなたは来ないように。では』
水鏡が弾け、霧のように消えた。
その場に、誰も声を出せなかった。
ヴォルカンが低く呟く。
「……クソが。テスラの野郎……何を考えてやがる」
「狙いは僕だ。くそ、そういうことか……」
「え、え? ちょ、ユウト、どーいうこと?」
僕は、操られた『紅蓮の獅子団』の団員を見て言う。
「テスラとかいうやつの『精霊術式』は、他人を操る術式で間違いない」
「……あ」
リアも気付いた。フレイアはまだ気づいていない。
そして、ヴォルカン団長はハッとなる。
「……おいおいユウト、まさか」
「ええ。恐らく……テスラは、『紅蓮の獅子団』を全員、操ることができる。いや……もうすでに傀儡と化してると思います。それに、王城に来るように言った。この国の王様、重役も全て、操作されている可能性が高いです」
「あの、野郎……!! クソが、おい!! 爆熱傭兵団の団員を全員集めろ!! 王城に殴り込みだ!!」
「待ってください!! ヴォルカン団長、テスラはあなたに来ないよう言いました。恐らく……あなたを嵌める罠か何かあるはず。それに、もし団長が城に乗り込んでいる間に、『紅蓮の獅子団』が城下町で無差別に暴れ出したら……」
「……チッ、そういうことか」
「はい。団長は、城下町の防衛を」
「……行くんだな?」
「はい。やるしかない……」
僕が、テスラを倒すしかない。
するとリアが言う。
「ユウト。私も行きます」
「駄目だ。わかるだろ? 僕の『孤独の道』は、一人じゃないと」
「一人にはしません。それに、『孤独の道』を歩むユウト一人より、弱くなったユウトが私と一緒に戦った方が強いと思います」
「……リア」
「単純な『力』じゃありません。私と、あなたの頭脳を組み合わせて、戦いましょう」
「……わかった。じゃあ、一緒に行こう」
リアと頷き合う……すると、僕とリアの間に、赤い斧槌が割り込んだ。
「ちょっとちょっと……誰か忘れてない?」
「フレイア……きみは爆熱傭兵団の人間だし、団長たちと」
「冗談!! まだ、契約は続いてる。依頼完了するまでは、アンタの護衛。オヤジ、いいよね!!」
「あ~……好きにしな!! さぁて、野郎ども!! 装備を整えて町へ行くぞ!! 『紅蓮の獅子団』が来るぞ!!」
ヴォルカン団長は、傭兵たちを連れて行ってしまった。
残されたのは、僕、リア、フレイアの三人。
「僕らで、テスラと戦うことになると思う……みんな、覚悟を決めよう」
「はい。私は、大丈夫です」
「フン!! アタシが焼いて叩いてブッた斬ってやるわ!!」
僕は拳を握りしめた。
『混沌』が、また動き始めてる。そして、僕は――その標的だ。
でも、僕は逃げない。 たとえ『混沌』が世界を呑み込もうとしても―― 僕は、僕の魂の道を歩む。孤独でも、決して止まらない。




