首都フレム・ヴァルザード
翌朝。
目を覚ますと、日がすでに上っていた。
宿の窓を開けると、朝焼けの中で煙突の群れが一斉に白煙を上げている。聞こえてくるのは工場の稼働音だろうか……その音は、まるで街全体が息をしているみたいだった。
「おっはよー、ユウト!」
元気すぎる声が廊下から響く。
寝ぼけた僕の部屋の扉を勢いよく開けたのは、案の定フレイアだ。
「今日の案内コース、ばっちり考えてきたから!! まずは鍛冶街ね!!」
「……おはよう。リアは?」
「もう準備してる。ほらほら、朝ごはん朝ごはん」
フレイアは笑いながら僕の手を取りベッドから引きずり出す。昨日、あんなに酒を飲んだとは思えないほど元気いっぱいだ。
どうやら、今日一日がっつり観光案内してくれるつもりらしい。
着替えて宿の一階にある食堂に行くと、すでにリアがきちっと座って待っていた。
「おはようございます。ユウト」
「おはよう……ふぁぁ」
「ふふ、まだ半分寝ているみたいですね」
酔いつぶれていたリアとは別人みたいにキリッとした笑顔だ。
席に座ると、朝食が運ばれてくる。
パン、スープ、ベーコンに目玉焼き、サラダ、デザート。ドリンクは水で、ピッチャーも用意された。
パンは食パン。バターにジャムもある……異世界とは思えないほど、ビジネスホテルで食べる朝食みたいだ。しかも食後にコーヒーも出てきたし。
食後のコーヒーを飲む僕とリアを見て、フレイアが言う。
「うっわ、コーヒーって大人の飲み物じゃん……アンタらアタシと同じ十六歳でしょ? 研究者って大人なんだね~」
「あなたも飲めば大人になれますよ。さ、フレイア」
「い、いらないし。アタシは水でじゅうぶん!! よし、ご飯食べたし出発するよ。まずは鍛冶街に案内するね!!」
フレイアは立ち上がると、そのまま宿の外へ。
僕とリアは顔を見合わせ、フレイアに追いつくためにコーヒーを一気に飲み干すのだった。
◇◇◇◇◇◇
ヴァルゼン帝国の中心街――通称『鉄火の大通り』。
両脇には鍛冶屋がずらりと並び、炎と金属の匂いが渦巻いていた。
槌の音、溶鉄のうねり。ここでは『破壊』すらも、創造のための音楽に聞こえる。
フレイアは、大きな煉瓦造りの建物に入るなり言う。
「見て見て、この工房。ここの親方、世界でも三本指に入る職人なの!」
フレイアが駆け足で案内していく。
作業場では、炉が赤く輝き、鉄を柔らかく包み込んでいた。
高齢の、だが筋骨隆々の男性が槌を振るい、鉄を打ちのめしている。
リアはすぐに気付いた。
「この感じ……火属性の精霊力ですか?」
「うん。帝国の技術。親方は火属性の霊触者で、精霊力を燃料に変換して炉の火力を上げてるんだよ。親方の戦場はここで、相手は魔獣じゃなくて金属。これぞ破壊の芸術!!」
フレイアは誇らしげに言うと、親方と呼ばれた男性の手が止まる。
「……たく、静かにしねえか娘っ子。手元が狂っちまう」
「ごめんごめん。親方、今日もいい男っぷりだね!!」
「やかましい。んで、お客さんかい?」
「んん、観光者。観光案内で、親方の鍛冶場来ただけ」
「……あー、他に見るとこなんざいくらでもあんだろ。ワリィな坊主に嬢ちゃん、おい娘っ子、仕事の邪魔ぁしねぇでまともなところ案内しな」
「えー、ここ面白いのに。ねえ、ユウトにリア」
フレイアが言う。うん……正直なところ、鍛冶作業なんて初めて見るから面白さしかない。
リアも、興味津々と仕事を見ていた。
「親方、二人とも見たいってさ」
「……ったく」
フレイアがニヤニヤすると、親方は「デカい声出すんじゃねぇぞ」と仕事を再開した。
鍛冶……霊触者である僕らは精霊導器があるから必要ないけど、やっぱり武器はあるとカッコいいな。
◇◇◇◇◇◇
次に訪れたのは、金属製品の市場。
武器だけでなく、装飾具や義肢、僕が見てもわからない専門的なパーツが並んでいる。
金属が人の生活に溶け込んでいるこの国では、『熱』と『鉄』そのものが文化なのだ。
リア、フレイアは露店の前に立ち、アクセサリーを眺めている。
「ここのアクセ、かわいくない? リアに似合いそう!!」
「そ、そんな……その、可愛いのは、あまりに合わないというか」
照れるリアを見て、フレイアが満足そうに笑う。
その無邪気さに、僕はふと心が和む。
「ね、ユウトも見てよ!! リアってイヤリング似合うと思わない? ネックレスとかもいいけどさ、これとか、これとかさ」
「ふ、フレイア……」
「うーん、僕に審美眼はないから、何とも言えないけど……」
アクセサリーを見ると、エメラルドグリーンの宝石が埋め込まれたシンプルなイヤリングがあった。
僕はそれを手に取り、リアに渡す。
「これとかどう? リアの髪色に合うと思うんだけど」
「え、あ……」
「ほほーう。ユウト、やるじゃん」
「あと……フレイアにはこれ。フレイアは活動的だしさ、ネックレスやイヤリングより、腕輪とかのが似合うんじゃないかな」
「……へ? あ、アタシも? うー、なんか照れるね」
僕は支払いをする。
二人は「あ」と声を揃えた。
「ちょ、か、買ったの?」
「え……ダメだったかな」
「い、いえ……あ、ありがとう、ございます」
「あ、アタシもその、ありがと……あはは、男の子からプレゼントもらうの初めてかも」
……しまった。普通に買ったけど、これってプレゼントだよな。
男女交際の経験とかないからわからないけど、同世代の女の子にプレゼントを買うってどうなのかな。なんか恥ずかしくなってきたかも……うう。
するとフレイアは腕輪を付けて言う。
「よ、よし。じゃあ次行こうか!!」
照れ隠しのように歩き出すフレイアを、僕とリアは追いかけるのだった。
◇◇◇◇◇◇
夕刻。
最後に案内されたのは、街の中央にある巨大な祭壇だった。
炎を象った柱が八本、円形に並び、中央には『炎の精霊神像』があった。
フレイアはその前で足を止め、振り返った。
「これが、最初に発見された『炎の精霊神像』だよ。ヴァルゼン帝国領内には精霊神像がいくつかあるけど、これが最初に発見されて、そこにヴァルゼン帝国ができたんだって」
「すごい、興味深いですね……装飾も普通とは違います。風の精霊神像にも最初の一体目がありますけど、炎の精霊神像とは装飾が違う。製作者は別? ふむふむ」
リアは興味深そうにスケッチを開始。
フレイアは僕に言う。
「ここが『破壊の道』の始まりなんだ。なんか、すごいよね」
フレイアの言葉は、炎よりも真っ直ぐだった。
すると……僕の首筋がチリッとした。
(……ん?)
誰かに見られていたような……?
気のせいだろうか?
◇◇◇◇◇◇
??????
◇◇◇◇◇◇
ヴァルゼン帝国、首都フレム・ヴァルザード。
とある地下空間にある玉座に、一人の女性が座っていた。
その女性の前に、深紅のローブを着た男が跪いている。
「『漂魂者』ユウト・カミシロが、この首都フレム・ヴァルザードに入ったようです」
「ふぅん」
女性は、ウェーブがかった水色の髪を軽く払い、人差し指でクルクル巻く。
スリットの入ったドレスを纏い、組んだ足を組み換えると、染み一つない生足が地下の炎に照らされる。跪いた男はつい凝視してしまうが、すぐに顔を伏せた。
女性は立ち上がる。肩が剥き出しのドレスなので、胸元もよく見えてしまう……まるで、男を誘うような恰好だった。
女性は指を鳴らすと、水の玉に包まれた白いコートが浮かび、ゆっくりと女性の元へ。
水玉が爆ぜると、女性の肩にコートが掛かった。
「学術都市国家じゃ、ヴィルくんにシェルくん、イリアちゃんがヤられちゃったのよねぇ……テスラくん、アナタにユウト・カミシロくんの捕縛、任せていいかな?」
「はっ、お任せください」
「どうやって捕まえる? ふふ、わたし、聞いてみたいなぁ~」
女性は前屈みになり、わざと胸元を見せつける。
女性の部下であり、『螺旋教団オロバス』最後の使徒であるテスラは、試されていると理解した。
「……『紅蓮の獅子団』を使います」
「へえ? 面白そうじゃない」
「はい。個人ではなく、組織として『漂魂者』を手に入れる。それが私の策です」
「ふぅぅん。じゃあ、好きにやってごらん。もしできたら……ご褒美、あげちゃうね~」
女性は投げキッス。テスラの目が欲望に染まり、女性の身体を舐めるように見た。
そして、敬礼をして出て行った。
女性は、コートを肩にかけたまま玉座に座り直し、欠伸をする。
「ふあ……『螺旋教団オロバス』も、ここまでかなぁ」
かつて、エレメンティア精霊研究所を襲った三人の霊触者。それが属している『螺旋教団オロバス』の教主である女性。
今、残っているのはテスラだけ。それ以外の三人は捕縛された。
女性は軽く伸びをすると……玉座に置いてあった通信機が鳴った。
耳に当てると、『仲間』の声が響いた。
『会合を開く。導司たちは全員、集合せよ』
「りょうか~い。あのさあ、少し遅れるかも……ふふ、理由聞きたい?」
『……手短に言え』
「『漂魂者』が、わたしのいる町に来てるから。ふふふ、ちょっと遊んじゃうかもね~」
それだけ言い、女性は通信を切り、通信機を水玉に投げ捨てた。
「ふふ。テスラくん、頑張ってねぇ。わたし、ちゃ~んと見てるから」
女性にとって『螺旋教団オロバス』は、ただの遊び道具の一つ。
他にも様々な組織を作り、少数精鋭で遊んでいるが……女性が本来所属している組織は違う。
虚環教団。
八人で構成される、それぞれが『魂の道』を歩む最低最悪の霊触者集団。
全員が『道越者』であり、圧倒的な力を持つ組織。
「『漂魂者』……ふふ、どんな子かしらねぇ」
虚環教団・八導司の一人、『混沌の道』を歩む液獄導司ミシェルナ=ヴァルナは、今後ユウトがどうなるのか、ワクワクしながら待つことにするのだった。




