フレイア・ヴァレリア
焦げた岩原を抜ける風は、まだ熱を帯びていた。
夕方になり、空には薄紫の月が浮かんでいた。
「……ん~、この辺りでいいかなあ」
フレイアは肩に担いだ巨大な斧槌を軽く回しながら、鼻歌を歌っている。
その足取りはまるで傭兵というより、『踊る兵器』といったところだ。
夕方になってもまだ暑い。フレイアは、岩石地帯でも比較的涼しい場所を探し、そこで一夜を明けることを提案。暑さと疲労もあって、僕らはその提案を受け入れた。
フレイアとの契約は『道中の護衛』と『国の案内』だ。食事などはこっちが用意する
暑いのであまり食欲は湧かないが、フレイアが狩った魔獣の肉をリアが解体し、スープに入れる。
食事中、僕はフレイアに聞いてみた。
「ところでフレイア。きみ、本当に帝国の人間なのかい? ヴァルゼン帝国の軍人、ってことでいいのかな……傭兵団のこと、よくわからないから教えてほしい」
「おー、けっこう護衛依頼受けて来たけど、そういう質問初めてかも……んー、アタシが帝国の人間っていうのは、半分だけね」
フレイアは笑った。ツインテールが炎のように揺れる。
「アタシも『爆熱傭兵団』の連中も、帝国の軍人ってわけじゃないよ。『爆熱傭兵団』は国に雇われる形だけど、実際は独立組織。契約で動くだけ。気に入らない戦は、やらない主義。まあ出身もここじゃないしね」
「……自由だなあ。それも『破壊の道』なのか?」
「でしょ? 『破壊の道』ってのは、そういうこと。形を壊して、そこから何かを作る。戦いも、命も、街も。ぜーんぶ壊してこそ意味があるってオヤジ……団長が言ってた」
フレイアは「にしし」と笑った。
すると、スープを掬っていたスプーンを止めてリアが言う。
「破壊の中に創造がある……けれど、それは秩序を壊すことにも繋がります」
「うん。だから世界は回る。誰かが作って、誰かが壊す。風もそうでしょ? 吹いて、散らして、また集める。壊して、形を変えるの」
リアは言葉を詰まらせる。
その比喩が、あまりに的確だったから、何も言い返すことができなかったんだろう。
◇◇◇◇◇◇
それから数日、岩石地帯を通った。
フレイアのおかげで、比較的楽なルートを通って進めた。道中、魔獣も出たがすべてフレイアが粉砕した……戦いが本職なだけあって強い。
僕とリアも援護しようと思ったがフレイアが止める。
「大丈夫だいじょーぶ、研究者さんは身の安全だけ守ってて。戦いはアタシの仕事だからね!!」
「む……」
なぜかリアが少しムスッとしていた。
ちなみに、フレイアを雇う金は、アルトリウスがくれたお金で出した。
僕は、フレイアが持つ精霊導器を見てリアに聞く。
「『破壊の道』の精霊導器は、斧……いや、槌?」
「精霊導器の形状は霊触者によって異なります。私たちの弓だって、同じ形のものは存在しません。一説によると、霊触者の『心の形』と言われています」
「心の形……それは面白い仮説だな」
話していると、フレイアが来た。
「面白い話してるね~、ちなみにアタシの精霊導器、斧でぶった切れるし、槌で叩き潰せるし、お得なのよね~!! オヤジ……じゃなくて団長も『うやましい』って言ってたし!!」
「属性も炎だし、フレイアは超攻撃型って感じだな。性格的に……『精霊術式』や『魂絶技』も超攻撃型とみた」
「お? やっぱわかっちゃう? んふふ、ユウトって頭いいねぇ~」
フレイアが肘でぐりぐり突いてくる。距離も近いし、胸が当たりそうになるんだが……すると、リアが間に割り込んでフレイアに言う。
「こほん!! ところでフレイアさん。岩石地帯はいつ抜けれますか?」
「ん~? もうちょい。たぶん夕方前には出れるよ。国境砦の町はけっこう大きいからさ、今日はお風呂も入れるし、ベッドでぐっすり眠れるよ!!」
それは朗報だ。
正直、暑い岩場で寝るのはかなりきつかった……ベッドが恋しいよ。
◇◇◇◇◇◇
やがて、岩原が途切れた。
遠く、地平の向こうに赤い光が見える。それは炎ではなく──文明の光だった。
「見えた見えた。あれが国境の町。あの先にあるでっかい砦見える? あの先がヴァルゼン帝国の本領地。いちおう、この岩石地帯も領内なんだけど、場所が場所だからねー……まあ、あそこから先がヴァルゼン帝国ってことで」
「わかった。いやー……ようやく岩石地帯とおさらばだ」
「……お風呂、入りたいです。髪もベタベタですし、服も着替えたい」
僕らはフレイアの案内で町へ向かう。
その途中、分かれ道があり、小さな林に囲まれた道があった。
「こっちの道は?」
「ああ、そっちには『炎の精霊神像』があるのよ」
「……興味ありますね。私、他属性の精霊神像は見たことがありません」
「見る? 一年に一回、町の人が掃除してるのよ。最近、掃除したばかりだから綺麗だと思うよ」
僕らは町へ入る前に寄り道し、炎の精霊神像の元へ。
整備された道を通り、僅かな林道を進んでいくと……見えた。
「これが、炎の精霊神像ですか……大精霊の形状は人ではないのですね」
「そ。アタシはカッコいいと思うけど~」
炎の精霊神像は、ヘビ……いや、ドラゴンか。
東洋の龍といえばいいのか。長い身体は蜷局を巻き、ドラゴンの顔、そして口には赤い宝石のような石を咥えている。
リアは神像をスケッチし、フレイアは見飽きているのか欠伸。
そして、僕は。
「…………」
「ん、ユウト、どしたの?」
「……ユウト?」
導かれるように、精霊神像の前に立った。
そして……精霊神像に触れる。
「──っ!!」
精霊神像が咥える赤い石が輝いた。
そして、僕の中に燃えるような赤い力が沸き上がって来る。
「やっぱり、そうか……!!」
僕は右手に精霊力を込めると、深紅の炎が燃え上がった。
「はぁ!? ちょ……ユウト、火属性!? うそ、風属性じゃないの!?」
「……これは、驚きですね」
フレイアは仰天、リアも眼鏡を押さえ僕を凝視する。
僕は右手を突き出すと、『精霊導器』が現れた。
イメージは、フレイアの『斧槌』だ。だが……手に現れたのは、やけに貧相な『斧槌』だ。
これはあれだ、歴史の授業で学んだ……『ハルバード』だ。ヨーロッパで使われた騎兵や重装歩兵に対抗するための武具。
なるほど。フレイアの巨大な斧槌が貧相になると、ハルバードみたいになるのか……正直、これはこれで悪くない。
「せ、精霊導器まで変わる……『破壊の道』に影響しているのですか?」
「ど、どういうこと? てかユウト、アンタってなんの『魂の道』歩んでんの?」
僕は精霊導器を消し、リアとフレイアの元へ。
「どうやら僕、精霊神像に触れると、その土地に関する属性、精霊導器を使えるようになるらしい……なるほど、これはいいな」
まだまだ検証は必要だが、使える属性が増えることはマイナスではない。『孤独の道』は仲間がいると戦闘力ダウンになると思っていたが……この万能さを使いこなせば問題ないかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
町に入り、宿を三部屋取り、リアとフレイアは僕の部屋に来た。
僕は、フレイアに『孤独の道』を歩むために、世界を回っていることを説明する。
「はぁぁ~……『漂魂者』なんて伝説の存在かと思ってた。でも、あんなの見せられたらねぇ……世界を旅かあ」
「伝説……ヴァルゼン帝国では『漂魂者』のことは伝わってるのか?」
「おとぎ話だよ。学術都市国家みたいに研究なんてしてないからね。『漂魂者』が歩む道は、新たな魂の道となる』くらいしかわかんない」
フレイアが肩をすくめると、リアが言う。
「ユウトの『孤独の道』は、恐らく全ての属性、精霊導器を使うことができる……ということでしょうか」
「たぶんね。検証は必要だけど……でもこれで、『孤独の道』の厄介な制約をある程度カバーできる」
僕は手に風を纏わせ、右手で弓を手にした。
「『風』の属性も、精霊導器も使える。属性を切り替えれば……うん、使える」
風を止め、手に火を灯す。
だが、精霊導器はハルバードに変わってしまった。
「どうやら、弓のまま火属性はできないみたいだ。属性を変えると、精霊導器も変わる。火属性の弓とか、風属性のハルバードとかはムリかあ」
「それでも、ユウトの戦術の幅は広がりましたね。火属性の状態での『精霊術式』や『魂絶技』も考えないといけませんね。それに、私との訓練では弓だけでしたので、長物を扱う訓練も必要になりますね」
「だよなあ……でもこれで、リアとの旅は確実に続けられるね」
「……そ、そうですね」
リアは照れたのか、そっぽ向く。
するとフレイアが言う。
「なになに。長物使いたいならアタシ教えよっか? アタシ、武器は大物だけど、槍とか剣とかもフツーに使えるよ」
「そりゃありがたい。依頼の内容に訓練も追加しておくよ」
「うんうん。ところでさ……ユウトにリア、『孤独の道』を歩むために、世界中を見て回るんだっけ。それって具体的にどうすんの?」
「どうすんの? って……そうだな、その国の文化とか組織形態、国家運営のこととか、『魂の道』の信念とか見て学ぶ……うん、観測するのが目的だよ」
「なるほど。つまり、『観光しながら世界を回る』ってことね!!」
…………あ、あれ? なんか否定できないぞ。
僕は思わず考え込んでしまう。
「とりあえず、ヴァルゼン帝国の首都フレム・ヴァルザードだね。そこなら、ユウトとリアの観光も捗ると思うよっ!!」
「いや、観光……うーん」
こうして、この日はフレイアの案内で、美味しい食事処や酒場巡りをした。
リアが意外に酒豪だとか、フレイアと盛り上がったとかあるけど……僕は久しぶりに、楽しい時間を過ごすのだった。




