共鳴者との戦い③
シェル、水の霊触者、『混沌の道』、武器は鞭。
アルトリウスとの交戦を見て、僕はシェルがどんな技を使ったのかを見た。
まず、『鞭を液状化させて自在に操る』技だ。これは精霊術式だろう。
そしてもう一つ……厄介なのはこっちだ。『水で相手の精霊力を取り込み、水の精霊力を上乗せしてそのまま返す』技……カウンター技だ。
僕は深呼吸し、人差し指で頭をコンコン叩く。
「おや、何を?」
「ああ、クセでね……考え事すると、ついやってしまうんだ。まあ、気にしないでくれ」
「そうですか。では……」
シェルは微笑むと、水の鞭を僕に向けて放つ。
僕は横っ飛びで鞭を回避。人差し指で頭をコンコン叩きつつ考える。
冷や汗を流し、シェルから目を離さず、水の特性を分析する。
「ふむ……意味が分かりませんな。ユウト様、思考の先に何があるのです? 未熟なアナタでは、私に勝つことなど不可能も不可能……大人しくすれば、危害は加えません。お約束しましょう」
水。流動体。液体の動きは速度、密度、圧力の三次元構造……流体力学、圧力分布の計算。
さあ、思考しろ。僕がこれまで得た知識で、精霊力を観察しろ。
そして……僕は人差し指を止め、指をパチンと鳴らす。
「さあ、論理の証明を開始しよう」
考えはまとまった。
あとは、僕の考えたばかりの『精霊術式』で、この水を解明する。
◇◇◇◇◇◇
シェルは、下半身を水で包むと、滑るように僕に向かってきた──正直、身体が震える。
だが、僕は弓を構える。
「術式展開、『風蝶陣』」
矢を放つと、放たれるのは矢ではない。
放たれた矢が爆ぜ……破片が『蝶』となり、羽ばたいた。
透き通る、エメラルドグリーンに輝くアゲハ蝶。
なぜ、アゲハ蝶なのか? 簡単だ……僕がこの世界に来た時に初めて見た神像。
蝶のような翅を持つ少女。まるで、アゲハ蝶の妖精に見えたからだ。
「これは……むっ!?」
シェルが一匹の蝶に触れた瞬間、蝶は爆ぜた。
圧縮空気。リアの設置型の技を見て思いついた。
僕の『風蝶陣』も設置型……アゲハ蝶の形をした、圧縮空気の塊。触れたら空気が解放され、一気に爆ぜる。
シェルは止まり、周囲を飛ぶ無数のアゲハ蝶をうっとおしそうに見た。
「ふむ……破裂する蝶ですか。これはこれで美しいですな。しかし……」
シェルは、手から水球を作り出し、一羽の蝶を包み込む。
そして、シェルは言う。
「私の魂絶技、『蒼蛇の永渦』は、他者の精霊力を包み込み、反射することが可能です。このように──!!」
「っ!!」
すると、水球から水を帯びた蝶が発射され、近くを飛んでいた風陣蝶に衝突、連鎖的に爆発を引き起こし、一気に半分以上の風陣蝶が消滅してしまった。
「今のは、警告です。ユウト様……あなたはまだ若い。精霊力を使えるようになったのも、この未熟な『精霊術式』も、全てが発展途上。私には絶対勝てませんし、『知恵の道』と共にいる限り成長もしません。どうか、進む道を間違えないよう……」
「間違えてなんかいないさ」
僕は断言した。
シェルは眉をピクリと動かし、僕を見つめる。
「僕の歩む道は僕が決める。未熟なのも理解しているし、自分がどんな道を歩むかまだ先は見えていない。でも……あの精霊たちは言った。『孤独の道』を歩めと……孤独ってのは一人って意味だけじゃない。僕は、この世界を観測する。一人の側から、この世界を見極める。それが、僕の道だ」
迷いはもうない。
『孤独の道』……これこそが、僕の歩む道だ。
「お見事です。しかし……その決意も無駄に終わる。では、終わりにしましょう」
シェルは、水の鞭を地面に叩きつける。
僕は弓を構え、もう一度『風蝶陣』を放った。
「無駄ですがねぇ!! 魂絶技、『蒼蛇の永渦』!!」
今度は、水球だけじゃない。
シェルが全身から水を作り出し、自分の身体ごと風蝶陣を取り込んだ。
全てを取り込み、無力化し、カウンターの応用で僕に向けて放つのだろう。死にはしないよう調整し、動けない程度のダメージを与える。
「では、おやすみなさい!!」
「──『操作開始』」
僕は、この瞬間を待っていた。
「……ぬ!? な、なんだ……私の、『蒼蛇の永渦』が……!?」
シェルを包んでいた水の膜が、グニャグニャと脈動する。
水の中には、風蝶陣も取り込んでいる。
シェルは、人差し指で側頭部を叩く僕を見て叫んだ。
「貴様、何をしている!!」
「簡単さ。水は圧力、温度、密度によって流れが変わる……風は運動量と流速を持つ。相互作用を計算すれば、水の流れを制御することは不可能じゃない!!」
僕は、取り込まれた風蝶陣を操作する。
一度、わざと『蒼蛇の永渦』に風蝶陣を取り込ませて確認できた……取り込まれた精霊力は、解放される瞬間まで自分の精霊力として操作できる!!
「精霊力、やっぱり面白い!! 研究テーマとしてこれ以上のものはない!!」
水の性質、圧力勾配、流速を精密に読み取り、風蝶陣で局所的に渦を形成。
「液体は移動するけど、風は力と情報を持つ。風のベクトルを局所的に集中させれば……!!」
「な、何を……!!」
「さあ、一気に爆ぜろ!!」
風蝶陣を一か所に集め、形成した渦に集中させ一気に破裂させた。
「っぐあああああ!!」
シェルは破裂の勢いで弾き飛ばされた。
そして僕は肩で息をする……マラソンしたような疲労が、一気に襲って来た。
「っは、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ。すごくだるい、緻密な精霊力の操作って、かなり疲れるな」
シェルを見ると、完全にのびているようだった。
なんとか勝利……はああ、勝った気がしない。そもそも、シェルが本気で僕を倒そうと思ったなら、早い段階で僕は負けている。
間違いなく、僕はシェルより格下だ。今回がたまたま、シェルの技と僕の技の相性が悪かったから勝てたようなものだ。
「よし、アルトリウスを──」
アルトリウスを、助け起こそう。
そう思い、背を向けた瞬間だった。
「があああああああ!! この、ガキぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「えっ──……っぁ」
背中に激痛が走った。
気付いたら地面を転がっていた。そして、真っ赤な血が地面を濡らした。
ああ、どうやら……水の鞭が、僕の背中を抉ったようだ。
「う、っぐあああああ!!」
涙が出そうになった。
背中を押さえたいが手が届かない。背中が熱い。シャツに血が染み、地面が赤く染まる。
「舐めた真似しやがって!! このオレを、こんな、ガキがあああああああ!!」
「う、っぐ……」
なんとか身体を起こし、シェルに向き直る。
シェルは青筋を浮かべ、歯茎を剝き出しにし、目をギョロつかせて僕を睨んでいた。手には水の鞭があり、ヒュンヒュンと風を切って振り回される。
「死なねぇ程度に拷問してやる。オラ──」
鞭が振るわれる。
距離は、五メートルほど。
僕はしゃがんだまま……殺される。
『──前を見て』
不思議だった。
世界がモノクロになったような気がした。
手にはいつの間にか、オリンピック選手が使うような弓がある……そして、今気づいた。
「……だ、誰?」
僕の隣に、エメラルドグリーンの光が浮かんでいた。
光の形が変わっていく。
十六歳くらいの、綺麗な女の子……背中に、蝶のような翅が生えていた。
僕を見て優しく微笑み、弓を握る手にそっと触れる。
『覚えておいて。孤独の道はあなたを強くするけど……とても孤独。孤独じゃない時は、その力を発揮できない。ユウト……あなたの道は、これから』
「……ぁ」
少女は微笑むと、そのまま消えてしまった。
僕の中に、何かが灯る。
気が付くと、モノクロの世界でゆっくり立ち上がり、弓を構えていた。
背中の痛みはない。むしろ、清らかな力で満ちている。
世界が色づいた。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
鞭が、振るわれた。
僕は、自然と声が出ていた。
「……風は、孤独を恐れない。我が心、ただ一陣の空に――」
鏃に風が集まり、シェルの水の鞭が風で散った。
シェル自身も吹き飛ばされた。
僕は弓を空に掲げ、矢を放つ。
「魂絶技──来たれ、『蒼風竜アリア・シルフィード』!!」
放たれた矢が上空で爆ぜ、巨大な紋章が展開。
その紋章から、エメラルドグリーンに輝く精霊力の結晶……直系五十メートル以上ある、半透明に輝くドラゴンが召喚された。
背中に十二枚の翼を持つ、二足歩行、首長のドラゴン。
『グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォンンンン!!』
「は、はへ、へへ……」
シェルは腰を抜かしていた。
アリア・シルフィード……自然と口から名前が出た。
僕は確信した。
「か、風の精霊が……力を、くれた?」
あの少女は……僕が、この世界に来る前にいた、白い世界で見たピンポン玉の一つだ。
アリア・シルフィードがシェルを睨むと、シェルは竜巻に包まれ一気に上昇する。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
アリア・シルフィードの目の前まで飛んだシェルは。
『ガァァァァァァァァァァァァ!!』
風のブレスが直撃し、消滅した。
そして、役目を終えたアリア・シルフィードは僕を見て……そのまま、消滅した。
「…………」
「ゆ、ユウト!!」
「今のは、一体……」
「すんげえの見ちまった……おいセラ、やべえぞ」
リアが心配そうに、セラが唖然と、アルトリウスが驚愕していた。
「……ぅ」
いろいろ考えたいことはある。後始末とかもあるけど……僕は、意識が消えていくのを抗えなかった。
「ゆ、ユウト!?」
リアが支えてくれたような気がしたけど、もうわからなかった。




