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日銀が生放送での発言で提訴

作者: 雉白書屋

 ――このスキャンダルは、ある一人の男の不用意な一言から始まった。撮影中、実業家のドン・セイギさんが、番組の流れの中で、つい口を滑らせ、決して公にしたくなかった極秘情報を明かしてしまったのだ。しかしその直後、日銀からの一本の電話によって、番組の制作は中止を余儀なくされた。

 幸運なことに、私たちは番組ディレクターを説得し、この撮影映像のコピーを極秘裏に入手することに成功した。ただし、この記事はすぐに削除される可能性がある。したがって、今この瞬間にこの記事を目にしているあなたは、選ばれた存在だ。そして、この内容をさらに深く知りたければ、セイギさん自身が提供したリンクを確認することを強く勧めたい。

 番組はセイギさんの生い立ちから始まり、彼が破竹の勢いで築き上げた現在の成功に至るまでの軌跡を、丹念に辿っていた。司会進行を務めるのは、美貌と知性を兼ね備え、凛とした立ち振る舞いで人気を博すアナウンサー・大川彩乃。彼女とセイギさんは、スタジオ内のソファに向かい合って座っていた。

 彼女の洗練された質問と応答に、セイギさんは終始ご機嫌だった。場の空気は和やかで、インタビューは順調そのものに思えた。だが、気が緩んだその瞬間、セイギさんの口から本来なら決して語られるべきではない一言が、不意にこぼれ落ちてしまったのだ。

 以下に紹介するのは、削除された映像の中でも特に核心に迫る部分とされる、全銀行を震え上がらせたセイギさんのインタビューの一節である。



 セイギ「これだけは言っておきます。金持ちになるために、わざわざ働く必要なんてまったくありません。つまり、この考え方に一度気づいてしまえば、自分とお金の間にある見えない壁を簡単に取り払えるようになるんです」


 大川彩乃「なるほど。それは興味深いですね。もし差し支えなければ、その方法をぜひ教えていただけませんか?」


 ――ここで、彼女の瞳が一瞬だけ鋭く光った。隠された真実を暴こうとする報道者の刃が、顔を覗かせた瞬間である。しかし、セイギさんはその問いに正面から答えようとはしなかった。


 セイギ「何のためにですか? 僕がその秘密を話したところで、僕には何の得もないじゃないですか。とにかく、僕がこの三年間でどうやって金持ちになったかなんて聞こうとしないでください。どれだけ大金を積まれても、誰にも話すつもりはないんです。なぜなら一般の日本人はそうでもしないと、いつまで経っても自分でチャンスを見つけようとしないからです。それより、もしこの方法が広まってしまったら、日本全体が大混乱に陥るかもしれませんよ」


 大川彩乃「お金を稼ぐことが、この国にそこまで深刻な影響を及ぼすというのですか?」


 セイギ「もうやめましょう、この話は。人生はお金がすべてじゃありませんからね」


 大川彩乃「あなたはすでに裕福で有名で、恵まれた立場にいるから、そんなことが簡単に言えるのです。家族を養うために毎日苦しい労働をしている人たちがいることをご存じですか? 現実には、お金なんていくらあっても足りないんですよ」


 セイギ「僕が真面目に働いてこなかったとでも? 僕だって、かつては他の多くの日本人と同じように貧乏でした……。確かに、収入源が一つしかなければ、億万長者にはなれなかったでしょう。でもね、“ただ運が良かっただけ”なんて言われたら、失笑してしまいます。だって今は、ソファに寝転がったままでも金持ちになれる時代なんですよ。インターネットがそれを可能にしてくれてるんです。……まあ、株と関係しているとだけ言っておきましょう」


 大川彩乃「つまり、誰でも株でお金を稼げる方法があるということですか? 信じられませんね。あまりに出来すぎた話だと思います。私はあなたが誠実で信頼できる方だと信じてきました。でも今は、正直疑問ですね」


 ――ここで、大川アナウンサーが挑発的な言葉を投げかけた。相手の本音を引き出すための常套手段だ。見え透いた手口と言っていい。しかし、この一言がセイギさんの逆鱗に触れた。

 彼は感情を露わにし、ついに自分が使った“富への抜け道”をうっかり漏らしてしまったのである。


 セイギ「今、僕のことを嘘つきだと言いましたか? どんなに貧しい人でも、一日たった十数分の空き時間を使うだけで、何千ドルも稼げることを証明してあげますよ。僕がどれだけ稼いでいるか、お見せしましょう。四万円出してください。それを使って、たった三か月から四か月で一億円にしてあげますよ! この“トレーダーBNG”でね!」


 ――そう言って、セイギさんはポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタップしてアプリを起動してみせた。

 見事に、罠にかかったのである。彼の顔は興奮と怒りで紅潮し、額にはじんわりと汗が滲んでいた。

 その様子を見た大川アナウンサーは、してやった、と口元にかすかな笑みを浮かべた。だが、すぐに表情を引き締め、冷静な声で続けた。


 大川彩乃「……そういえば、人工知能を活用して暗号通貨を自動取引するプログラムがあると耳にしたことがあります。今、この番組をご覧になっている視聴者の皆さんも、そのプログラムの名前を知ることになったわけですね」


 ――その瞬間、セイギさんは自分の過ちと浅はかさに気づいたのだろう。喉を詰まらせたように、うっと小さく息を呑んだ。そのとき、スタッフが一枚のカンペを差し出した。それを一瞥した大川アナウンサーの顔に驚きの色が走る。彼女はセイギさんのほうへ向き直り、淡々と、しかしどこか哀れみを含んだ声で告げた。


 大川彩乃「先ほど、あなたがスマートフォンで開いたリンクがカメラにしっかり映っていたそうです。視聴者全員が、そのリンクを目撃してしまいました」


 ――セイギさんの顔が、瞬く間に青ざめていく。普段は自信に満ちた笑みを崩さない男が、今や狼狽の塊と化していた。これまで巧妙に隠し通してきた裏の顔が、ついに白日の下に引きずり出されたのだ。


 セイギ「そ、そんなの聞いてませんよ……嘘でしょう? ……今すぐ放送を止めるなら、三百万円をお支払いしましょう。話すつもりはなかったんです。今すぐ放送を止めてください!」


 大川彩乃「あらためてお伝えしますが、これは生放送です。あなたがトレーダーBNGというプラットフォームで利益を得ていると発言したことも、すべての視聴者が耳にしましたよ。時すでに遅し、ですね。もう隠しても無駄です。さあ、私たち一般庶民にも、あなたのようにお金を稼げる方法を教えてください。それとも、大金持ちにとっては、一般庶民などどうでもいいとお考えですか?」


 セイギ「僕をそんな冷酷な人間のように言うのはやめてください。もう僕一人の手に負えません……教えますよ。どうやってお金を儲けるのか。まず、スマートフォンを僕に渡してください。そして、四万円を投資するんです。特別なスキルも知識も一切必要ありません」


 ――大川アナウンサーがスマートフォンを手渡すと、セイギさんは慣れた手つきでサイトにアクセス。プロジェクトへのサインアップを済ませ、わずか五分足らずでスマートフォンを彼女に返した。


 大川彩乃「……これだけですか? 次に私は何をすればいいのでしょうか?」


 セイギ「さっき、あなたのスマートフォンでトレーダーBMGに登録しました。これは、今すぐお金持ちになりたいという人のための、百パーセント完璧なソリューションです。自己学習型の人工知能をベースとしていて、ユーザーに代わって仮想通貨を自動で取引してくれます。僕たちは何もする必要がありません。仮想通貨の仕組みを理解する必要すらないんですよ。このプログラムが最適な売買タイミングを見極め、自動的に取引を成立させてくれるんです。魅力的なのは、何もしなくていいという点ですね。最低限の入金さえ済ませれば、あとはプログラムが勝手に資金を運用してくれる。僕はね、日本人全員がこのプラットフォームを使うべきだと思っています。そうすれば、“働かなくてはいけない”なんて古い考えから解放されるでしょう」


 大川彩乃「非常に魅力的で、しかも合法的なようですね。ですが、実際にはどの程度の利益が出るのでしょうか?」


 セイギ「さっき、あなたのスマートフォンでこのプラットフォームに登録し、最低入金額の四万円を入れましたよね。さあ、アプリを開いて、この短時間でいくら増えたのか、自分の目で確かめてみてください」


 ――大川アナウンサーがスマートフォンを操作し、トレーダーBNGプラットフォームの個人アカウントにアクセスした瞬間、その表情が一変した。このわずか十分ほどの間に、プログラムは三度の自動取引を行っていた。最初の取引はほとんど利益がなかったが、残りの二回は見事に成功しており、残高は四万円から四万八千五百三十円に増えていたのだ。


 セイギ「さあ、正直に教えてください。このわずか十分で、いくら稼げたんです?」


 ――セイギは大川アナウンサーの高揚した表情を見逃さなかった。鼻を膨らませ、呼吸を荒げながら答えを急かした。大川アナウンサーは一拍の沈黙ののち、唇を強く結び答えた。


 大川彩乃「……約八千円の純利益です。信じられません!」


 セイギ「想像してみてください。これが一か月続いたらどうなるか。四万円を投資するだけで、四週間後には六十万、いや七十万近くまで膨れ上がるんですよ。ただトレーダーBNGに登録し、資金を入れてボタンを押しさえすればいいのです!」


 ――セイギがソファから身を乗り出し、大川アナウンサーの顔に迫った。しかし彼女は冷静だった。ジャーナリストとしての責務を胸に、次の問いを放った。


 大川彩乃「それで、具体的にはどういう仕組みなのでしょうか?」


 セイギ「暗号通貨のレートは常に変動しています。その価格差を利用して利益を得るのです。要は、安く買って高く売る。単純な話です。とはいえ、正確なタイミングを見極めるには、専門家が『シグナル』と呼ぶ三十七の金融指標を読み解かなければなりません。トレーダーBNGは、それらの変数をリアルタイムで分析できる自己学習アルゴリズムを備えたプラットフォームなのです。ゆえに、プロの投資家以上に迅速かつ正確に判断を下し、取引を実行してくれます。しかも自動です。ユーザーは何もしなくていい。プログラムは二十四時間休みなく稼働し、桁違いの利益を叩き出してくれるのです」


 大川彩乃「それほど単純で、しかも効果的なら、なぜもっと早くこの方法を公表しなかったんですか?」


 セイギ「はん。確かに日本の庶民がこの方法で稼いだところで、僕には得もなければ損もありません。ですが、考えてみてください。誰もが毎日数万円、数十万円を稼げるようになったら誰が働くんです? 誰がタクシーを運転し、誰がレストランや工場で汗を流すんです? 一日五分で金が稼げる時代に、わざわざ労働に時間を費やす意味なんてありますか?」


 大川彩乃 「最速で一億円を手に入れるためには、いくら投資すればいいのですか?」


 セイギ「まずは最低入金額から始めてください。四万円あれば、プログラムが勝手に動き出します。利益を引き出さずに運用を続ければ、一億円に到達するまで最長でも四か月ほどでしょう。もちろん、すぐに貧困から脱出できるわけではありません。アルゴリズムだって、神ではないんです。取引の二割は失敗します。ただし、残り八割の取引でそれを補って余りある利益を生んでくれるんです」


 ――得意げに語るセイギの口元には、薄く笑みが浮かんでいた。おそらく番組終了後、彼女を口説く算段でも立てているのだろう。足を組み直しながら、大川アナウンサーを品定めするような目で舐め回していた。

 だがそのとき、スタッフが慌ただしく駆け寄り、大川アナウンサーに耳打ちした。


 大川彩乃「……すみません。たった今、日帝銀行から緊急の電話が入りました。番組の即時放送中止を要求されています」


 ――セイギ選手は一瞬目を見開いたが、すぐに視線を落とし、演技じみたため息を吐いた。


 セイギ「まあ、それも当然でしょうね。あちら側の言い分もわかります。僕が彼らの立場なら、同じように血相を変えて止めに入るでしょうね。だって、想像してみてください。彼らがどれだけの金を失うか。手軽に金を増やす術なんて、広まってほしくないんですよ。庶民に裕福になられたら悔しいんですよ、彼らはね。……さて、僕はもうすべて話しました。あとはインターネットと登録用リンクさえあればいい。とはいえ、これですぐに金持ちになれるというわけではありません。先ほども言いましたが、アルゴリズムの成功率は八割。完璧ではありません」


 ――なぜか同じことを繰り返すセイギ。稼げなかったと文句を言われることを、今さら恐れているのだろうか。彼はさらに続けた。


 セイギ「この抜け道がいつまで使えるか、僕にも読めません。プラットフォームが閉鎖される前に利用すべきです。それと、数日後には登録が有料化されるという話も聞いています。今のうちに口座を開設することを強くおすすめしますよ。迷う時間が一番の損失です」


 ――この発言の直後、撮影は中断された。セイギさんは現在、海外視察中。所在が判明し次第、直撃予定である。







「……カット! はい、オッケーでーす! 二人ともお疲れさまでした! 二十分休憩後、感想と啓発コメントの撮影入りまーす!」


 スタッフの明るい声が響くと、セイギと大川は同時に肩の力を抜き、互いに笑みを交わした。


「お疲れさまでした、セイギさん」


「いやあ、そちらもお疲れさまでした、彩乃さん。あの、どうでした? こういうの初めてで、棒読みだったり、機械翻訳みたいに変な日本語になっていた気がするのですが……」


「いえいえ、台本通りでしたよ。違和感なく演じていただけましたと思います」


「そうでしたか。それなら安心です。正直、セリフを追うのに必死で、自分でも何を喋ってるかわかりませんでしたよ。何でしたっけ? AMG?」


「BNGです。もちろん、架空サイトですけどね」


「でも、実際にああいう詐欺があるんでしょう? 信じられないなあ。こんなものに引っかかる人が本当にいるんですか?」


「ええ。だからこそ、こうしてセイギさんにご協力いただき、モキュメンタリー形式で啓発番組を制作しているんです」


「なるほどねえ。まあ、お役に立てたなら何よりです。しかし、四万円振り込むだけで一億円って……。まったく、馬鹿馬鹿しい話です。おまけに日銀から提訴だなんて。ははは!」


「ほんと、荒唐無稽ですよね。うふふ」


 和やかに笑い合う二人。セイギが彼女に連絡先を聞こうとした――そのときだった。

 青ざめたスタッフが、足元をもつれさせながら二人に駆け寄った。その背後には、黒服の男たちが並んでいた。


「こ、この方々が……撮影を即時中止を……それと――」


「あなた方を拘束します。国家の秩序と利益のためにね」


 BNG――。セイギは、今世に出回るそれに相当するものが、国家ぐるみの詐欺プロジェクトであることを知った。

 だが、時すでに遅し。彼は『海外視察中』と偽られ、密かに連れ去られた。そして監禁から七日目に絶命したのであった。

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