第1話 とりあえず結婚しとく?
こんにちは。作者のヒカリです。ゆっくりしてって下さい!始まり始まりー!
やあ。これは、魔王のお話だ。
タイトルから分かるって? いやいや、そう言わずに、読み進めてくれよ。
物語は、勇者が魔王城を攻めるところから始まる。もちろん、魔王城は陥ちる。勇者は平和を勝ち取った。
……でもな、魔王は、落ち延びたんだ。
ほら見てくれ。
魔王、頑張って逃げてるだろ?
それにしても、魔王――絶世の美女だな。夜空に映える銀髪、そして深紅の瞳。肌は透き通るように白い。
背後には勇者軍の鬨の声。あと数分もすれば、追っ手が森を埋め尽くすだろう。勇者、勇ましいね。……勇ましい者って書いて勇者だから当たり前か。
お、魔王、泣いてんじゃん。
悔しいよなー。配下も城も見捨てて逃げてんだから。袖で乱暴に涙を拭ってる。
「……くそ、情けない」
魔王が剣を握り、魔力を指先に集め、夜空を睨む。
そろそろ俺の出番かな――。
「よお、魔王。おれが助けてやろうか」
俺は颯爽と藪の中から飛び出した。
「……勇者の仲間か?」
魔王が警戒している。まあ、そりゃそうだ。俺、人間だし。
先に自己紹介しておくとな、俺の名前は工藤真喜斗。
しがないアラフォーのサラリーマンだった。給料も生活も“それなり”。妻と子供が二人いた。
人生の転機は、40歳を越えてからだ。
仕事に全てを捧げ、家族のことは後回し。妻とはずいぶん前から言葉を交わさなくなり、気づけば離婚。
親権もマイホームも取られ、ワンルーム生活の始まり。
子供たちとは会えない日々……といっても子供たちにとって、俺はお母さんを苦しませた”悪魔”だ。会おうともしてくれない。
俺としては、必死に仕事に打ち込んでることが、家族のためだと信じてた。でも、現実はそうじゃなかったらしい。
……いや、そうじゃない。
俺は、家族から逃げてたのかも知れない。
失ってようやく気付いた家族の大切さ。そしてもう会えない。
……そりゃ荒れる。
夜、呑んだくれて駅のホームをふらついていたら――ぶっつり記憶が途切れた。
気づけば、この森に立っていた。
スーツ姿のまま、40歳の冴えない顔で。
鏡もないのに分かる。肩は重く、足腰は痛い。若返りなんて都合のいい話はなかったらしい。
線路にでも落ちて、轢かれて死んじまったのかもしれない。
これが罰か、それとも新しい始まりなのか……。
……怖かった。
けど、恐怖を真正面から認めるのは余計つらい。
……だから今もこうして、調子のいいナレーションを続けてるわけだ。
まあ、いいこともあった。
それが、この横にいるリスだ。そう、このリス、喋るんだよ。
そして、リスといると不思議と落ち着くんだ。
何だか、離婚のこと、子供達のこと、こちらに来る前は、生きることそのものが地獄のように感じていたのに、リスに会ってから、解き放たれたような気持ちなんだ。
それに、リスが肩に乗ってると肩こりが解消し、心も身体も何だか若返った気がする!
都合がいいかも知れないけど、異世界に来て、人生もう一回やり直すぞーって気持ちになってる!
ありがとうな、リス!
「やっと紹介してくれましたか、マキトさん。早く回想から戻らないと、一話離脱率が爆上がりしますよ!
それに……大丈夫ですよ、マキトさん。物語は予定通り進行してますから!」
このリス、俺の思考を読んで返事をしてくるし、この世界の解説もしてくれる。便利だろ?
で、このリスが言うんだ――そこにいる魔王を助けろ、って。意味わかんないだろ? 勇者じゃなくて魔王だぜ?
……っと、魔王のこと忘れるところだった。
魔力はほとんど残っていないのか、体も満足に動かなそうだ。剣を構えたまま、こちらをじっと伺っている。
「くっ殺せ」
クッコロきたーー!
「いやいや、殺さないから。あと、その台詞、この場面で出すと物語の投稿可否ギリギリだからな。この話の対象は、全年齢だからね。終わるぞ、色んな意味で」
「いいか。俺は人間だけど、お前を助ける。理由? 俺も分からん。このリスが言ってんだ、『助けてやってくれ』って」
「……はあ?」
「私は人間の国を滅ぼそうとした魔王だぞ。それを人間が助けてどうする? 私と添い遂げでもするのか?」
…添い遂げる?
頭の奥で、「そうしろ」と誰かが囁いてる気がする。
うん。そうだな!それがいい!
「それいいね」
「は?」
「結婚しよ、俺たち」
「は?」
「初対面だけどさ。まあ、おいおいお互いのこと知っていけばいいだろ」
「はあ?」
「あ、あと俺、一回結婚してたから。子供も二人いた。バツイチ!それでもいい?」
「はあああああ?」
魔王がトップレベルに混乱している。そりゃそうだ。
……お、複数の足音が近づく。松明の光が木々の間で揺れ、金属のぶつかる音も混じってきた。
「追手か……!」
魔王が剣を握り直す。だが、その手は微かに震えている。
「俺、戦闘力あるかなー。どうなの、リスちゃん?」
「今ですか!? このタイミングで!? しかも相手、多分勇者パーティの前衛ですよ!」
「おいおい、そんなネタバレ大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです! 死にますよ、マキトさん!」
魔王が横目で俺を見る。
「……やっぱり殺しておいた方がいい気がしてきた」
「やめろ、くっ殺の続きは結婚式まで取っとこうぜ」
森の向こうで怒声が上がった。
松明の群れが一気にこちらへ雪崩れ込んでくる――。
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それでは、第2話でお会いしましょう。