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03. ミーちゃんが嫌がること

ミーちゃんが我が家へやって来てから、

数週間が経った。


まだ小さく、

ひょこひょこと歩く姿はとても愛嬌があって、

本当に可愛いらしかった。


ミーちゃんは、目を合わせると、

みゃあ、みゃあ、とよく鳴いた。


紐のようなものを、

ミーちゃんの目の前で動かせば、

必ずじゃれついてくれた。


猫を釣るのは簡単やなー。

琵琶湖や疎水のフナよりも、

猫の方が、バカかもしれない。


そんなことも考えたりしたが、

何よりも、その可愛さに勝るものはなく、

白い子猫は魅力たっぷりだった。


よく見ると、

ミーちゃんの眼は、

片方が水色、片方が金色だった。


これを、『オッド・アイ』と呼ぶことを知るのは、

図書館で、とある書籍に出会うまで、数年掛かった。


全身真っ白な姿に、

宝石のような水色と金色の眼。


なんだか、ミーちゃんの美しさは、

とても神々しい存在のようにも思えた。


そんな、完璧な容姿を持つミーちゃんだが、

一点だけ、不格好なところがあった。


しっぽが、普通の猫の半分くらいの長さしかなくて、

しかも、その先端が少しだけ二股に分かれていた。


もう僕は、恐れずにミーちゃんに触ることができたし、

ミーちゃんも抱かれたり撫でられることには慣れていたけれども、

しっぽだけは別だった。


しっぽに触れると、

途端に、フーッ、フーッ、と怒り出した。

そして、爪でひっかいたり、

歯を剥き出しにして、

しっぽを触る人の手に噛み付くのだった。


余程、しっぽを触られるのが嫌なんだな。

猫って、そういうもんなんだな。

と僕は思っていた。


でも、年齢を重ねて、

他の猫にも触れる機会が増えても、

ミーちゃん以上に、

しっぽに触られて激怒する猫に、

僕は、ついぞ出会うことはなかった。


ミーちゃんの、

二股に分かれた短いしっぽの先を見て、

幼い僕は、

きっと、兄弟姉妹か親猫に、

しっぽを嚙み千切られたから、

ミーちゃんはしっぽに触られたくないんだろうな、

と勝手に解釈して納得していた。



昭和の終わり頃でも、

飼い猫は、自由に家の外へ出る飼い方が普通だった。

猫は外で遊んで、お腹が減ったり、寝る時は、

家へ帰る。


さらに、トイレも外で済ませてこい!

的な、放し飼い習慣が当たり前の時代だった。


猫は、鎖に繋がれた犬と違って、

管理しにくい自由気ままな生き物という認識だった。


母は、よくミーちゃんに付いたノミを潰していた。

真っ白な身体なので、黒いノミは簡単に見つかった。

見つけたノミを、母は器用に、

左右の親指の爪を合わせて潰していた。


家の周りには、

たくさんの空き地や草むらがあったので、

自由気ままに遊び回っていたミーちゃんは、

そんな所でノミをもらってしまったのだろう。


あまり長時間同じ姿勢でいることができない、

幼くて元気なミーちゃんでも、

何故か、母がノミ取りをする時だけは、

大人しく動かずに、ノミ取りに協力していた。


ミーちゃんは本能的に、

ノミが自分の身体に害をもたらし、

その害虫を、母が駆除してくれていることに、

気付いていたのかも知れない。


幼い僕には、

ミーちゃんの真っ白な毛の中から、

ノミを見つけることも、

見つけたノミを潰すことも、

まだ難しくて出来なかった。


とっても可愛いミーちゃんに取り憑いて、

その血を吸って、痒くする。

憎っくきノミの駆除は大切な作業だ。

それくらいのことは、僕にも分かった。


そうだ、それなら、

ミーちゃんをお風呂に入れてあげよう!


ノミもお湯で溺れるし、

ミーちゃんの身体も綺麗になる!

これなら、僕にも出来そうだ!


僕は母に、

ミーちゃんをお風呂に入れてもいいかと尋ねた。

それを聞いた姉も、

私もミーちゃんをお風呂に入れる!

と言い出した。


母は、

「猫は水が嫌いやし、

 お風呂には入れんでもええんやけどなー」

と言ったが、

「まあ、めちゃめちゃ嫌がらへんかったら、

 ミーちゃんをお風呂に入れてもええよ」

と許してくれた。


やったぁー!!


僕と姉は、すぐに裸になり、

ミーちゃんを姉が抱きかかえて、

既にお湯が湧いていた湯船に向かった。


湯気がもうもうと籠った浴室の様子や、

なみなみとお湯を湛えた湯船を見て、

ミーちゃんは怯え出した。

姉の手からすり抜けようと必死にもがいている。


ふにゃぁー、ふにゃぁー!


なんだか変な鳴き声になってきた。


でも、

「お風呂って気持ちいいんやでー」

とミーちゃんに語り掛けながら、

僕と姉は湯船に浸かり、

姉はミーちゃんを湯船に浸けた。


ふぎゃぁーっ、ふぎゃぁーっ!


あれ、ミーちゃん、

めちゃめちゃ嫌がってるやん。


お湯に浸かって、

普段のふわふわな毛並みが、

ぴったりと身体に密着して、

なんだか、ミーちゃんは、

見た目からして気持ち悪そうだ。


ミーちゃんは怯えた表情から、

カッと眼を見開いて、

逃げ出すことしか考えていない、

怒りの表情に変わっていた。


ミーちゃんは、姉の手の中で、

バタバタと手足をもがいている。


「ミーちゃんをお風呂から上げてあげよ」

と僕は言い出した。

「なんか嫌がっているし、

 それに、耳にお湯が入ったら大変やん」


姉は、明らかに、

僕には賛同したくない感を出していたが、

流石にミーちゃんの嫌がる様子を見て、

そやなー、と言いながら、

ミーちゃんを僕に渡してくれた。


僕はミーちゃんを浴室から出して、

バスタオルでミーちゃんを拭き始めた。


僕は、

ミーちゃんにとんでもないことをしてしまった、

と後悔した。


ミーちゃんを可愛がりたいから、

ミーちゃんが喜ぶことをしてあげたかったのに、

彼女がめちゃめちゃ嫌がることをしてしまった。


僕はいたたまれない気持ちになった。


ミーちゃんは、

怒っているのか、

拗ねているのか、

放心状態なのか、

分からなかったが、静かになっていた。


僕は、ミーちゃんごめんな、

と言いながら、

ミーちゃんを居間のコタツの中へ入れた。


せめて、

お湯に濡れて、びっちょり湿った毛並みを、

早く乾かして、いつものフワフワした、

サラサラの状態にしてあげたかったのだ。


ミーちゃんは、

コタツの赤い光を見て落ち着いてから、

僕に振り返り、

澄ました表情を見せてくれた。


分かればええんや。

もう二度と、私を風呂には入れるなよ。


ミーちゃんの眼は、

僕にそう伝えたような気がした。


僕は、その後、二度と、

ミーちゃんの真っ白なその身体を、

水やお湯で濡らすことはなかった。


ミーちゃん、

あの時は、ごめんね。

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