02. 白いねこちゃんがほしい
ミーちゃんが、我が家へやって来た。
クルマで5分程度の距離にある伯母の家に、
父が運転する車で、母、姉、僕の家族総出で、
白い子猫を受け取りに行った。
伯母は、閉じたダンボール箱を指さして、
「早よ、こんな猫、持って帰って!」
と、あからさまに不機嫌な様子で、
そのダンボール箱を、実妹である母へ引き渡した。
ダンボール箱からは、
小さくて、不安そうに、
「みゃあ、みゃあ」
という泣き声が聞こえてきた。
「おばちゃん、ねこちゃんに、
お別れ言わんでも、ええの?」
僕が尋ねても、伯母は不機嫌そうに、
「猫は言うことも聞かへんし、
私にはいらんねん!」
「さっさと持って帰り!」
ときつい口調で突き放すように言い切った。
一体、伯母と猫の間に、
何があったのだろう。
もう、そのことについては聞いてくれるな!
とでも言うような、伯母の不機嫌さもあって、
僕も家族も、それ以上伯母には何も聞けなかった。
僕には、全く記憶がないのだけれど、
僕が3歳になるか、ならないかくらいの頃に、
「白いねこちゃんがほしい、
白いねこちゃんがほしい」
と、僕がうわ言のように、
言い続けていた時期があったらしい。
そもそも、女系が多い親族の中で生まれた、
待望の男子ということもあり、
僕は小さい頃、一族郎党から、
とても可愛がられていた。
そんな過保護筆頭な僕の母は、
この子がこんなにしつこく白い猫を欲しがるなんて、
きっと、何か意味があるに違いない!
と、まるでお告げを聞いたかのように、
白い猫を探し始めたようである。
すると、たまたま伯母の知人の飼い猫が、
子猫をたくさん産んだらしく、
その中に、真っ白な子猫がいたらしい。
社交的で、気前の良い伯母は、
すぐにその産まれたての白い子猫を引き取って、
丸一日預かったのち、情が移る間もなく、
ポイっと捨てるかのように、
あっさりとダンボール箱を母へ引き渡してくれた。
帰宅の際の車中でも、
ダンボール箱からは、
か細い「みゃあ、みゃあ」という声が、
止むことなく聞こえ続けていた。
ダンボール箱を開けると猫が逃げ出すからと、
伯母も母も、白い子猫を見せてはくれなかった。
車内では、絶対にダンボール箱を開けるな!
と母が厳命していたので、
僕と姉は、ダンボールの隙間から、
興味津々、そっと覗いてみたけれど、
ダンボール箱の中はとても暗くて、
何か生き物がいるなぁ、くらいにしか見えなかった。
その生き物が、真っ白かどうかも、分からなかった。
僕たちは、帰宅した。
父は、家から離れた貸駐車場に車を置くため、
母がダンボール箱を居間まで運んだ。
いよいよ、『白いねこちゃん』とのご対面だ。
僕と姉は、待ちきれなくて、
居間に置かれたダンボール箱を、そっと開けて見た。
ダンボール箱の片隅に、
小さな白い子猫が、
こちらを仰ぎ見ながら、
「みゃあ、みゃあ」
と不安そうに、鳴き続けていた。
ダンボール箱を開けると、猫が逃げ出す、
と聞いていたのに、
その子猫は鳴き続けるだけで、
ダンボールの角に、その小さな身体を密着させて、
腰でも抜けたかのように、
細くて短い前足を踏ん張って、
小さな身体を辛うじて支えていた。
僕より2つ年長で、幼稚園にも通い出した姉が、
ダンボール箱から、白い子猫を抱き上げた。
「かわいいなー!真っ白や!」
姉は、白い子猫に頬ずりをして、
とても喜んでいた。
僕は、猫の実物を間近で見ることが初めてで、
姉に抱かれた白い子猫を、目線で追うだけだった。
まだ、猫に触るのが、少しだけ怖かった。
でも、この小さな生き物が、
とても愛おしく思えた。
小皿に牛乳を入れて、母が居間に入って来た。
「あれー、まだこんなに小さいんや。
この子、牛乳、飲むかなー?」
姉に抱かれた子猫のうなじを、ひょいっとつまんで、
母は、子猫を姉の腕の中からこたつの上へ置いた。
子猫はお腹が空いていたのか、
それまで怯え固まっていたのがウソのように、
ペロペロと、小さな舌を出し入れして、
小皿の牛乳を美味しそうに飲み始めた。
子猫は緊張も解けたのか、
父が居間に入って来ても、牛乳を飲み続けて、
小皿が空になってしまった。
「なんや、こんなに小さいんか!
ちゃんと育つかなー?」
牛乳を飲み干した子猫を、父が抱き上げた。
「あれぇー、この子、メスやでー」
父が気付いた。
ええー、嘘やろ!
と叫んで、母が渋い顔をした。
子供の頃に猫を飼っていた母は、
猫の多産を知っていたので、
伯母には、白い猫でもメスならば、
引き取りを断わるようにお願いしていたのだ。
困った顔を隠せない母の横で、
父の手のひらの上、小さな白い子猫は、
もぞもぞと動いて、丸くなって寝てしまった。
牛乳でお腹が膨れて、少し安心もできたせいか、
人の手のひらの体温が心地よかったのだろう。
伯母は産まれたての子猫に、
エサも与えず、
抱いてやることもしなかったのだろうか。。。
僕の中で伯母への疑惑が生まれたが、
僕は子猫の可愛さに魅了されていた。
「わー、お父さんの手のひらで、
丸くなって寝た!かわいい!」
丸まって、身体の凹凸が目立たなくなり、
より一層に白く見えた小さな子猫を見て、
幼い僕と姉は、瞳をキラキラさせながら、
とても可愛い家族が増えたことを、
屈託のない笑顔で喜んでいた。
母も、夫の手のひらに収まる小さな命と、
その愛嬌にほだされながら、
さらに、自分の子どもたちの喜ぶ姿を見て、
「今更もう、メスやからって言うて、返せへんなあ」
と、ため息を混ぜつつも、あっさりと腹を決めた。
「ねえ、ねえ、名前は何にするん?
シロちゃん、はどうやろ?」
僕は、ひそかに考えていた渾身の命名を、
恐る恐る、母に聞いてみた。
「そんなんあかん。ミーちゃんや。
みゃあ、みゃあ、って鳴いてたやろ。
そやから、この子はミーちゃんや」
母はきっぱりと言い切った。
真っ白な子猫は、ミーちゃんという名前に決定した。
問答無用だった。
後日、母は伯母に小言を伝えた。
「あんた、あれだけメスやったら飼われへんから、
断わっといて、って言うてたやないの」
伯母は、しれっと、
「なんや、あの猫、オスやなかったんかいな」
と悪びれることもなく答えた。
幼いながらも、その会話を聞いていた僕は、
丸一日は預かってたはずやのに、
ミーちゃんがメスって気付かない訳がないやろー!
と、伯母が確信犯であることを感じていた。
更に、話好きな伯母は、
「あの子猫の両親は、黒猫と白猫なんやって。
ブチも斑も一緒に産まれてたのに、
あの子猫は真っ白でよかったやんか」
と、今更文句を言うな、
と実妹である母を押さえつけた。
「しかも、あの猫の両親と兄弟姉妹は、
みーんな、京都御所に捨てられたんやって」
伯母は屈託なく話を続けた。
「あんたんとこの白猫はラッキーやで」
なんてことはない。
真っ白な子猫だけ引き取り手がいるということで、
伯母の知人から、テイよく、
メスだと分かっていながら、
ミーちゃんを押し付けられたのだった。
昭和とは、そういうざっくばらんなことが、
まだ多少は許される時代だった。
「捨て猫も、鴨川に流されるよりも、
御所に捨てられた方がましやけどな」
伯母は自分の知人を、ほんのちょっぴり弁護した。