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「お呼びいただき光栄ですわ、フェンシドゥール様」
「……い、いえ。こちらこそお越しくださいましてありがとうございます。」
にこり、と年相応に微笑んだ彼女から発せられる、余計な人間を排除しろというオーラ。侍女たちは気づいていないようだけれど、彼女が何者か知っている身としてはそれ相応の圧だ。
侍女たちに声をかけて下がらせると、彼女はスッと目を細めた。よくやったといわんばかりである。
「それで? お前はわたくしのこと少しはわかったのかしら」
「……いえ。シリオ殿下がお慕いされていらっしゃったことくらいしか、文献からは読み取れませんでした」
「シリオ? あのおバカがわたくしのことを好きでいるのは当然でしょう」
ティーカップを優雅に持ち上げて、紅茶を飲む彼女の所作はやはり男爵令嬢のそれではない。夢ではないのだ。あの日の茶会で聞いた話は。
「あれはわたくしのことが大好きでたまらないのよ。何せ唯一肩を並べられる魔力量だったのだから」
「あれ、って……」
「シリオのことよ。まあわたくしには到底及ばないけれど」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くアルニラム様。つっけんどんな態度をしているけれど、その横顔にはどうしようもない悲しみが浮かんでいるように見える。
そりゃそうだ。彼女とてあんなふうに死ぬなんて思ってもなかっただろう。それに、まだ十二歳。十二歳で死ぬなんて思わなかっただろうし、彼女は自分が死んだことが道理ではないと思っている。一番気がかりなのはそこだ。彼女は何故事故死ではないと思っているのだろう。
「……シリオの話はいいわ。お前、わたくしに何か聞きたいことがあるのでしょう?」
「え、あ……」
「侯爵令嬢とは言えまだ子供ね。いいわ、わたくしが許す。どんなことでも聞いて」
と、いわれても。彼女が本当に公爵令嬢なのか、生前……といっても今も生きているが、どんな生活を送っていたのか、死ぬ直前はどんな状態だったのか、シリオ殿下は心配していたのか、知りたいことはたくさんある。
「えっと……まず、本当にアルニラム様……なんでですか?」
「悪魔の証明ね。難しいことを言うじゃない。……何を証拠にすればいいのかしら。父と母は仲が良すぎて四六時中一緒にいることかしら。それとも、お兄様は幼いころに婚約破棄されたことがあること? それとも……お姉様はお胸が大きくていつも困っていたこと?」
「すべて個人情報では」
「お前が知りたいと言ったのでしょう? わたくしのせいじゃないわ」
ツンとした態度でそんなことを言うアルニラム様。身内じゃないと知らないことまで知っているあたり、彼女は本当にアルニラム様の生まれ変わりなのだろう。……と、思いたい。
「シリオは昔は泣き虫だったわ。わたくしと比べられるのが嫌だと言っていたけれど、お前にはお前にしかできないことがあるのに、何故泣くのか会うたびに聞いていたら、笑うことのほうが多くなったのをよく覚えているわ。……まあ、それも昔の話なのだけれど」
「今のシリオ殿下は、冷たく感じますからね」
「そうね。上に立つものとしてはそれが正解なのかもしれないけれど、あれの本心が消えているようでわたくしは……何よその顔」
この方は、シリオ殿下を今でも大切に思っているのだと思っていたら、顔を指摘されてしまった。何よと言われても、と思う。実際アルニラム様から発せられる言葉は慈愛に満ちている。
「ご存じですか? シリオ殿下が成人されるまで喪に服していたことを」
「知ってるわ。有名だもの。……馬鹿な人よね」
はあ、とため息を吐いたアルニラム様の顔は物憂げだ。ああなるほど、彼女が何故齢十二にして文献に載せられるほど話題になったのかよくわかる。この人は、人を惹き付ける。
同い年とは思えないほどの色香がただよっ……同い年?
「あ、アルニラム様。今何歳ですか……?」
「ソレイユと呼んで頂戴。お前と同じ十二歳よ」
「同い年……?」
「それがどうしたっていうのよ」
アルニラム様が亡くなったのが十二年前。そして今、私は十二歳で、ソレイユ様も十二歳。と、いうことは、だ。
「死んですぐ、生まれ変わりを……?」
「そうなるわね」
窓の外で、ちゅんちゅんと鳥が鳴く。何も気にしていないように、彼女はそのまま紅茶に口をつけた。
「──ところでお前」
「は、え、なん……でしょう」
「町娘になる気はある?」
「…………はい?」