そこにあるかなた 前編
「おい!早くやれよー!」
「こいつ泣いてやがるぜ!」
「はっはっはー!」
複数の貨物列車が静かに留まる夜の停車場に、男達の捲し立てる声が稚拙に響く。
満月から伸びた月明かりと4つの車のライトによって、ふたりの傷ついた若い男女がその中心に白く浮かび上がっていた。
男は血だらけで跪き、女は血に染まった手で、その者の額に銃口を当てていた。
その銃はふたりの手により奇妙な形で握られていたが、その光景に気づくものはいなかった。
切なすぎる心達は今まさに別れを告げようとしていた、、。
そして取り囲む輪から、さらに離れたところに、ひっそりと佇む者は、ボロボロの外套のフードを目深に下ろし、その様子を見つめていた。
隙間から覗く瞳は悲しみをまとい、その外套の中で握った両手は本人も気づかぬまま強く握りしめられていた。
一なぜ運命は変えられないんだろう。小さく呟き悲しげな顔で月を仰いだー
話はおよそ3ヶ月前に遡る。
エルドレッド南東の街リモージュにある経年劣化で所々色が剥げた白の校舎の中で、いつもと同じ日常が始まろうとしていた。
ベルの音がなると、艶やかな黒髪を後ろでひとつに束ねた先生と呼ばれる者がいつものように、羨望と好意の目を一身に受けながら流れるように教壇に上がる。
いつもはここで点呼となるのだが今日は少し違った。全員がいるのを確認するように、教室を見回す、そして。
「みなさん!新しい仲間が加わることになりました。さあ、中にお入りなさい」
入り口の外に声を響かせた。
ガラガラガラ。
少し歪みがあるドアがゆっくり開くと、服の上からでもわかる痩せた体、そして目まで覆った金色の長い髪とその隙間から見える深い青の瞳が印象的な少女が下向き加減で入室する。
服から出ているいくつかの箇所にまだ癒えきっていない幾つかの傷と手の甲の古い火傷の後が痛々しく見える。
「さあ、もっとこっちに来てください」
少女は、彼女を吟味するような視線に体を強ばらせながら、促されるまま先生の横に立った。
「皆さん、今日から共に学業に励むことになったマリアさんです。宜しくお願いしますね。ではマリアさん、一言ご挨拶を」
軽く背を押される。
「、、マ、マリアです、、宜しくお願い、、します」
少し訛りのある声が室内に広がり数秒間の沈黙の後。
「やったー!女の子だ!」
「俺のとなり空いてるぜー」
「ちょっと男子達!怖がってるじゃない!静かにしなさい!」
ジャンの一言で、先程までの静寂とうってかわった明るい雰囲気に、マリアは少し驚きの表情を見せた。
「先生質問があります」
1番奥の席から声がした。
みんなが振り返るといつの間にか席から立ち上がって、まっすぐ先生を見つめる澄んだ青い瞳の生徒が立ち上がっていた。
「マリアさんはここに来るまで何をされていたのですか?」
はしゃいでいた者達もその言葉で冷静になり先生を見つめた。
「マリアさん、話していいよね」
その声に小さく頷き前で組んだ手に力が入る。
「プライベートな事なのですが、これからチームとなる皆さんにだけお話しします。
マリアさんは1週間前に国境付近で保護されました。
数週間前に敵の捕虜となり、収容所へ輸送される途中で、我が国の国境守備隊と戦闘となり、その混戦に乗じて何名かが逃げ出すことに成功したのです。
残念ながら、激しい戦闘の末、救えたのはマリアさんと、共にいた犬一頭だけだったようですが、、」
戦闘場所の詮索などがあちらこちらで始まる。
「わかりました。ですが先生!いきなりこのチームは難しいのではないでしょうか?」
先生はアレクからの期待していた質問にその通り!と思い、心ではやや喜びを感じたがその気持ちを抑えつつ答える。
「その通りです。が、今回の配属には2つ理由あります。
ひとつは数日前、皆さんも行った基本能力テストでの点数の高さ。ちなみにジャンさんより良かったのですよ」
周りからざわめきが聞こえる。
「そしてもうひとつは、ロベール中佐からの推薦です。このチームのバランスと統制力の高さ。慣れていない彼女が入ってもしっかりと作戦を実行できるでしょうとのことです」
「どうですか?アレク」
「、、わかりました」
そう言われた青年は何か言いたげではあったが静かに座った。
「では決まりですね!それでは、皆さんここの事優しく教えてあげてくださいね」
「サー!」
一斉に返事をしたあと、
アレクと呼ばれた少年は、そのまま後ろにある重ねて積まれた机と椅子の中から比較的綺麗な物を選ぶと数人の男子に合図をしアレクの席の横に設置した。
「この机を使ってください」
アレクは持っていたハンカチでさっと拭きあげると、マリアを呼んだ。
マリアは前髪越しに教官に会釈をすると、小走りに準備された机に向かい、アレクと言われる少年と手伝ってくれた少年達にも軽く会釈をし、音も立てず静かに座った。
まだ教本なども用意されていないのを見ると、アレクは自分の物をそっと渡し、横に座っているジャンと机を合わせた。
それを横目で見終えると、「では、85ページから」
先生は授業の再開を告げた。
一それから数週間一
教養から始まり、物理、化学、数学、語学、国語と一般的な講義から、社会情勢、暗号技術、武器修練、機械操術等、彼等の目的に必要なカリキュラムが、分単位で詰め込まれている。
ついていけない者が出ると、みんなで教えあって等しくレベルを上げ、同時にお互いの信頼感を高めていく。過酷であればあるほど一体感は上がる。これもいざというときに役に立つ勉強です、と先生からの教えである。
マリアは比較的近い年齢のレオたちの隊で護衛等の訓練を行うことになり、初めはリハビリもかねて、隊の後ろで自分の武器をもってついていくのがやっとだったが、数週間後には全ての任務をそつなくこなすほどに、回復し能力の高さを見せていた。
《カーン カーン》
終わりの鐘は、生徒達がなんとか今日のノルマをクリアしたことを称えるかのように多くのものには感じられた。
「ふーっ」
机に伏す者、天を仰ぐ者、深呼吸をする者、様々に安堵を表現する。
「う~ん、終わったー!」
「明日は久々の演習だって」
「2週間ぶりぐらいかな?」
「えー!私、まだ慣れないのよね」
「でも前回もしっかり任務達成できたじゃない」
「うん、でもアレクとジョンの2人のリードがあったからねー」
「そうだな~、俺の指示がいいからなー」
「でもジョンは、任務達成と同時にペイント弾で撃たれてたじゃない~(笑)」
「そうだったな!はっはっは」
「今回も大丈夫だって、予備隊の中でも私たちは一番なんだから」
「ほらほら言ってないで早く準備して行かないと、先生待ってるよ」
「そうだった!先生がみんなを夕食に招待してくれたんだった!」
「うわ~、オレ先生の横に座るからな」
「何いってんの、私たちが先生の横に座るんだから!ね、ルイーズ!」
「じゃ、早い者勝ちだ!」
そういうとほぼ全ての生徒が荷物をかき集め教室から出ていった。
あとには、アレクとマリアだけが残った。
「、、私の事は気にしないでみなさんと一緒に行ってくださいね」
新しくもらった教材や資料を、今では珍しい形の古い
リュックに丁寧に詰めながら、顔を合わせずに言葉を発した。
戸締まりを確認していたアレクは手を止め、ゆっくり呼吸をすると、マリアの方に向かって歩きだした。
「慣れない授業と仲間達に少し疲れたでしょう。本来ならマリアさんを宿舎に早く帰してあげたいのですが、今日はきっとあなたの歓迎会も兼ねての食事会となります。主賓には来ていただかないと、あとでみんなに怒られますから。これも勉強の一環と思ってください」
固い口調にも感じられたが、真顔の中にある優しい瞳にマリアは反論できず、代わって持ってくれたリュックを追いかける形で出席となった。
「おーい、こっちこっちー!」
アレク達が食堂に入ると、すぐに聞きなれた仲間達の声が聞こえた。
いつもは、バラバラに座って昼食をとっているそこには、3チーム60人の生徒達がチームでまとまり、楽しい食事会のスタートを待ちながら話を弾ませていた。
「お待たせしました。みんなもう揃ってるんだね」
そう言いながら空けてもらっていた席にマリアと座りながら見渡すと、先生の横にはルイーズとクロエが守るようにぴったりと座り、その横で少し膨れっ面のジョンが、最近いつくようになった猫を撫でていた。 些細な攻防を想像してアレクの頬が緩む。その時。
「さあ諸君!揃ったようだね」
正面入り口より数名の者を従え、足を引きずりながら入ってきた男の威圧感のある声が響き渡る。
ここでの最高階級であるロベール中佐の登場で、先程までの雑談がピタリと止み、敬意を表し一斉に立ち上がる。
「日々の学業と修練ご苦労」
そう言いながら片手で皆に座るよう手振りをする。
「我が校の特に優秀な3チームに集まってもらったのには理由があってな。
1つは、チーム同士の交流。いつも競いあってばかりだからな。
そしてもう1つは、頑張ってるいる諸君達へのご褒美。
そして最後に、初めての実戦任務のお祝いだ!」
修練生達はおのおの目を見合わせる。
「詳しいことは、各担当官より明日の出発前に話があるが、今回は3チーム合同での作戦となる。しっかり顔を覚えておくんだぞ!
そして今日のディナーを堪能してくれたまへ」
「サー!」
言い終えると中佐は右手で杖をつき、戦場で痛めた足をかばいながら数人の教官達とその場を去った。
一斉に質問が始まる。
「先生!さっきの言葉って本当ですか!明日は演習ではなくて実戦なのですか?」
各先生に注目が集まる。
「はい」
生徒達は、様々な表現で喜び、不安、悩みを表す。
「すみません。でも、すでに任務は始まっているのですよ。何度も教えたように、相手に気づかせないこと。それが最低限の任務です」
他の聞き耳を立てていた生徒も、その言葉でそれ以上の話が聞けないことを理解し口を塞いだ。
「でも、さっき中佐殿も言っていたように、今日は決起会でもあり、私たちにとっては歓迎会でもあります。明日の事は置いといて、楽しみましょう。
じゃ、アレク。みんなに始まりの言葉を」
みんなの注目が集まる中、アレクは手前に置かれた麦酒の入ったグラスを持つとその場に立ち上がった。
身長182cmの長身と何もしていなくても少し微笑んでいる様に見える美男子は、良く見知ったもの達を軽く見回す。
先程まで話しをしていた生徒達も一斉にアレクに注目し、同じようにグラスを目の高さまで上げた。
「みんな準備はできているな!蓄えてきた力を発揮する時がやってきた!目的は1つ!
エルドレッドに勝利を!!!」
みんなの大歓声が、アレクに。そしてその場にいたもの達に響き渡った。
「やっぱりアレクは、スゲーな」
ボソッと呟きながら、隣のセバスチャンが立ったままのアレクを肘で押す。
みんなを暫く眺めていたアレクは、大きく息を吐きながら着席し、セバスチャンに小さく、
「実はあまり注目されるのは得意ではないんですよ」
笑顔でいいながら、いつの間にかジョンから逃げてきた猫を軽く撫でた。
「アレクさ~ん!久しぶりに一緒に任務につけるのですね。楽しみです~」
そういいながら、セバスチャンとアレクの間に勢い良く座ったのは、丸い眼鏡をかけたショートカットの女の子だった。
「ほんとだね、半年前の任務以来だね。エリナも今はチームのリーダーだものね。広範囲の索敵とスナイパー能力は、3チームの中でもトップだってうちの先生が言ってましたよ」
「いえいえ~、私なんてまだまだです。みんなに助けてもらってばかりで。でも教えていただいた先見戦術と武器の秘密の調整方法っ。すっごく助かってます!」
それから暫くはアレクやジョン達の元に、他の2チームのもの達が共闘の喜びとお互いの激励の為にやってきた。もちろんアレク達も同様に。
やがて場も少し落ち着き、アレクが残った料理をとっていると。
「先生~、質問いいですか?」
アレク班でムードメーカーのアーチュウが声を上げた。
「どうぞ」
今まさに口のなかに入る予定だったポテトを少々残念ぎみに皿に戻しアーチュウに向き直る。
「こんな時に、と思うかも知れませんが、先生の戦場でおった傷ってどんな物なのかなーって思って」
その言葉を聞いて、みんなの手が一斉に止まる。
先生の名前は「コハク」
半年前の戦闘で傷をおい、現場から離脱した戦術と射撃のスペシャリストとしか、前任の教官から聞かされてなかった。コハクの存在は軍部でもやや秘密めいた所があった。
「皆さんも興味ありますかー?」
周りの反応に気付き少しいたずらげに問いかける。
すると、聞き耳をたてていたことが見すかれていたことに少し恐縮しつつも隣のチームの生徒や、先生達も一斉にコハクの方に体を向けた。
「ふふっ、分かりました。少しだけお話ししますね」
少し顔にかかっていた前髪を耳にかけ直す。
「半年前、ある州でノーザンとの小規模戦闘が行われました。私は別の任務でその地にいたのですが、味方の劣勢の為、独断で撤退行動の援護と住人の退路の確保を行うことにしました。
10メートル先も見えない豪雨の中、ノーザンによる無差別爆破が続けて行われた為、隊と住人達はちりじりになり。確保していた退路も食料もほとんど失ってしまいました。
ほんとにひどい爆撃だったのです。
索敵をかけながらの撤退。なんとか川づたいに下流にある廃墟となった小さな町にたどり着いたのですが、使える武器弾薬も残り少なく、傷ついた数十名の隊員たちと数十人の村人達。
作戦も何も無意味な条件下で、唯一と思われた作戦が囮を使った最後の作戦でした」
経験を積んできた者達には、絶望的な状況である事がすぐにわかり、無意識に力がこもる。
「町の外れの川岸に立った小さな教会にすべての者が立て込もっているように見せかけ、その間に村人達はできる限り遠くに逃げるという見え見えの作戦か、それとも全員で立てこもりそこで終わるか。
しかし相手もその作戦しか立てられないことを知ってるのも疑う余地もなかったのです」
「だから作戦はある意味あっさりと成功。私の放った照明弾によって、敵の全兵力が教会の包囲をしてきたのです。
囮となり立てこもった私達数人の命も、敵の号令ととも一瞬でなくなると思ったその時、地面を揺るがす大きな音が響きわたり、その直後川を下ってきた濁流が、一瞬で私達の立てこもった教会も、取り囲んでいたノーザン兵達も埋もれさせたのです。何もかも予定通りに」
「え!」
聞いていたみんなに、疑問符がつく。
「なんで濁流が予定通りなのですか?」
アーチュウが声をあげる。
「ふふっ、そこなんです」
コハクは、少し笑顔を押さえながら答える。
「隊の救出を決める前に、山中にある土砂崩れと大雨でできた大きなため池に赴き、そこで一つ仕掛けをしたのです。
私の合図で崩壊するように、、、。
この町は、磁器土の産出で生計を立てていたところだけあって、粘性の強い土が多く堆積されていて、私の計画に丁度良かったのです」
「ノーザン兵達を全滅させたのですか!」
ジョンが大きく声をあげる。
「いえいえ、足止めだけが狙いです。あまり激しい土石流だと私たちも生きて帰れませんから」
そう言うとジョンに向かってにこっと微笑む。
ジョンは照れと先走ったことに恥ずかしくなり下を向く。
「でもどうやってそんなに上手いタイミングで池を壊したのですか?」
エリナが机の上に手をつき食いいるように質問した。
「私は他の任務中だったといいましたよね。今回の救出作戦の任務は私は1人ですが、私の仲間は他にもいたのですよ。私の照明弾それが合図です」
生徒達はコハクの言葉を読み損ねたことで、アレクとあと1人を除いて各々悔しい表情を浮かべた。
「そう。そのあとは、あわてふためくノーザン兵を横目にしながら簡単に脱出する予定だったのです、、、。ですが、私たちが脱出しようとしたその時、同行していた君たちより少し若い村の少女が銃を手にとって、泥に浸かって動きのとれなくなった兵に向かって、外に出ていってしまったんです、パパの復讐を遂げるために、、」
コハクは、目をつぶり口を結ぶ。
「気の緩みでした。急いであとを追っていき追いついたところで、泥の中どうにか動ける兵士に見つかり数発の発砲を受けました。彼女への被弾は防げましたが、そのうち一発が私の体を貫通しました」
「なんとか二人支え合いながら教会に戻っていたところに、また地鳴りが響き、今度は大量の水が私たちもろとも押し流していったのです」
沈黙が広がる。
「みんな助かったのですか?」
もう1人の教官が聞く。
「はい、なんとか、、、
ですが、一緒に流された少女は記憶障害が残ってしまって、、、」
「ですが、こうやって皆さんと一緒にいれるってことは、よしとしないと、ですね」
重苦しい雰囲気を変えようと、笑みを浮かべるコハクの顔が普段の何倍も美しく見え、みんな一瞬で虜になる。
「あ!そういえばどこに怪我をしたのかでしたよね」
そういうと、コハクはネクタイを外しシャツのボタンを上から外し初め、シャツをはだける。胸の谷間が露になったその時。
「先生!私たちの戒めになるお話し、ありがとうございました」
立ち上がり大きな声でおじきをするアレクの声は、コハクの手を止め、みんなの視線を引き付けた。
「そうですね。明日はこんな話よりもっと素敵な成功を納めて来てくださいね」
そういうと、コハクはみんなを見て笑顔で微笑み拍手を送った。
楽しくも少し残念な決起会はこうして終わりを迎えた。
ただ何人かの生徒は、最後まで残念な表情を浮かべていたが、、、、。
「ルィーズさん、、、アレクさんってすごい人なんですね」
決起会も終わり、暗がりの中マリアは宿舎までの道をルイーズと歩いていた。
「あーアレクね。そうなんだよねー、結構切れるでしょう。私はあいつと幼馴染みでよく知ってるんだけど、昔はあんなしっかりしてなかったんだよ、、、あいつもいろいろあったから、、」
「何かあったのですか?」
「うーん、そうだね。仲良くなったら、いつかあいつから聞いてみて」
軽く笑顔で流す。
「それはそうと、あなたも先生の話、他にも仲間がいたってわかってたんでしょう。多分気づいてたのは、あなたとアレクだけだったよ。すごいねー」
そういいながらマリアを肘で軽く押す。
「、、、いえ、全然わかりませんでした。それよりもこの辺りって猫が多いのですね」
後ろを振り返り、何か欲しそうについてくる猫を指差した。
「うん、そうだね。ここ最近たくさん居着くようになったんだよね。猫もこの辺りなら何かもらえるってわかってるのかもね」
ポケットから彼女の夜食用のビスケットを少し割ってあげながら答える。
「そういえば食事の時言ってた、連れてきたワンコって今どこにいるの?」
「多分近くの山で餌をとってるのだと思います」
「え!山!」
「はい、、変ですか」
「、、そ、そうね、少し変わってるかも」
「お互い付かず離れずです」
「そ、そう、、」
二人の間に微妙な距離があく。
「明日、530時にモヌール駅、、、どんな任務なのでしょう」
マリアは独り言なのか、問うているのかわからないほど小さな声で呟いた。
その言葉は聞こえていたが、ルイーズはあえて聞こえていない振りをして、宿舎までの道を微妙な距離を保ちながら歩いた。
その事を考えると自分自身、心配と不安で押し潰されそうだった。
次の日は、まだ一番鶏も鳴かない日も上がらないうちから始まった。
駅とはいえ、この時間薄明かりのみの無人のホームは何か異質な空気を感じる。
定刻通りどこからともなく現れた人影達は、3個の隊列を取りつつ静かに闇に潜んだ。
『聞こえますか、聞こえたら親指を立てて』
音もなく一斉に親指が上がる。耳に着けた小型無線機からは、よく知った澄んだ声が聞こえる。
『では早速任務をお話しします。目的は貨物車庫
に停車中の貨物列車の極秘運行の護衛と、その1号客車の荷物を無事届けることです。
アレク斑は先頭機動車と1号客車を。
ロイ斑は私達と一緒に中央機動車の後ろ、2号客車へ。
エレナ斑は、最後尾の3号客車と貨物に。
みなさんの任務達成と無事帰還を祈っています』
声が切れるとアレクの合図ですべての者が薄暗闇のなか目的を悟られないように別れて貨物車庫に向かう。
みんなが移動したのを確認するとアレクはその場に残っていたルイーズと共に、周りとみんなの動きを見つつ、最後尾を進み始めた。
やがてやや離れた貨物車庫に停車中の貨物に警戒しながら乗り込んでいく。
その姿を見守っていたルイーズの目に、車庫から少し離れた草むらで小さく動く影を発見した。
『、、マリア何してるの?!』
アレクとルイーズが静かに近付いていくと、スカーフだけが首に巻かれた中型の野犬を抱き締めるマリアがいた。
『このこ私の犬なの。最後になるかもしれないから挨拶してたの』
マリアは言いながら軽く犬の肩をたたく、するとアレクとルイーズの前で犬は振り返ることもなく林に向かって走り去った。
『あの子が言っていた、ワンちゃん?』
『そ』
マリアは二人の顔を見ることもなく、そっけなく言うと貨物に向かってそのまま腰を屈めて歩き始めた。
人見知りで味気なく、どこか不思議なところがあるのはいつものことだが、これから始まるいつもと違う実戦を思うと、ルイーズは肩を落とさずにいられなかった。
「アレク、どうしたの?」
アレクは林の方に走っていく犬を暫く見ていたが、ルイーズの声に顔を戻す。
「いや、なんでもない、、」
余計なことは考えない!と自分に言い聞かせ、ひとつ頭を降るとルイーズの背を目標に向かって軽く押す。
数メートル進んだ辺りで振り返ると、すでに犬は見えなくなっていた。
音をたてないよう、体を上下させないようゆっくりほふく前進で目的の貨物に近づくと、アレクは息を潜めてみんなの気配を感じとる。
そして姿の見えないアレク斑の仲間達を指先だけで5人ずつに分け、持ち場を指示していく。
配置につくとアレクの出す虫の鳴き声に合わせて1人ずつ素早く貨物車両に乗り込む。
皆が無事乗り込むのを確認した後、アレク達5人は先頭動力車と第1客車の連結部の下に集まると、まず2名の仲間が手際よく登り、安全を確認すると次にマリアが登る。
そしてルイーズが登る番になったとき、真剣な表情でアレクに振り返り小声で話しかける。
「ちょっといい?」
「彼女大丈夫なの?訓練も少ないのにいきなり実戦なんて、確かに能力が高いのはわかるけど。それにチームワークが必要なのにあんな感じじゃ」
ルイーズの顔は不安に満ちていた。
「授業や訓練でもなんとかついてきていたし、作戦の理解と先読みは秀でていたから中佐が言われたように、俺たちがサポートすれば充分戦力になると思うよ。それと、もしかりに彼女が足手まといや、他に何かあったとしても目が届かないところに置くよりも俺たちのそばに置いておく方が安心だろう」
ルイーズは肩でため息をつく。
「それも考えてのことかぁ。だから先生はあなたに彼女を任せたのね」
「ああ、ルイもそのつもりで、以外にマリアが一番懐いているのは君だしね」
そういうと表情変えず、再度ルイーズを促した。
5人は無事連結部に登ると、身を屈めながら周りの音や様子を確認する。
人の気配が無いことを確認すると1人の男があらかじめ持って来ていた大きな布で全員の体を覆った。外から見ると布で覆われた燃料にしか見えなかったが、中からは外が見えるように細工されていた。
5人はそのまま息を潜め、動き出すのを待った。
【シュシューッ】
圧縮された蒸気の抜ける音と共に、隣同士体が触れる。
しばらく加速と車体の揺れに負けないよう体を寄せあい全身に力を入れていたが、やがて安定した走行へと移行したので、腕をほどき銃に手をかけ周りを確認する。
『みなさん無事作戦の第一歩が切れました。索敵を行いながら警備体制に移行してください、お疲れ様です』
先生からの連絡に少し緊張感が解れ、アレク達は深呼吸し外の景色を見た。
やや白んできた街のはずれをリズムよく枕木を踏みつける音と蒸気を吐き出す音のみが聞こえる。
やがて列車は林の中を進み始め、辺りは寝起きの太陽を遮る木々に覆われた。
アレクはみんなを隠していた布を巻き取ると友人でもある男性2名を左右に配置し、ルイーズとマリアに後ろの客車に入るよう指示した。
ルイーズは軽く頷くとドアを少し開け、マリアを先に客車にいざなった。
【どんっ】
【痛っ】
客車の中はドアを閉めるとまるで夜の闇のように暗く、外から来た直後のルイーズは前で止まったマリアにおぶさる形になった。
「大丈夫、すぐ目が慣れるから」
隣からマリアではない声がルイーズにかけられた。声のとおり隙間からかすかに入ってくる光で、少しずつではあるが目が慣れ車内が見えてくる。
「今どの辺りを走ってるの?」
「そうねぇ、進行方向と速度から考えるとおそらく北西ね」
「じゃ今はマーガレットが咲き誇るイラティーの森の中ってとこかな」
声の正体はルイーズの親友のクロエだった。二人はくすりと小さく笑うと軽く手を合わせた。
二人はよく行きたい場所の写真等を見て、旅をする妄想遊びで暇な時間を有意義に過ごしていた。
「アレクは?」
「外で見張り中」
「そう、、、相変わらず危険なところにすすんでいくわね。ま、それがアレクだけど、あなたも大変ね」
ほんとにねぇ、と言わんばかりに少し困った表情を見せるルイーズ。
ふと車内を見渡すと中央の席で、正規兵に囲まれるように座っている女性がぼんやり見えた。
「あの人は?」
「今回の積み荷よ」
「え、人なの?」
「そう。それもただの人じゃないわよ」
そう言われさらに目を凝らして見つめる。
そこには5名の正規兵とその真ん中に、ルイーズ達と同じ位の背丈のショートカットの女性が座っていた。
「第一将軍の1人娘エトワール様よ」
「!!!」
ルイーズは暗闇の中もあってか、一瞬体がよろめいた。
「嘘、、、」
「驚くでしょ。だからあえて正規兵ではなくカモフラージュもかねて、私たちが護衛をすることになったみたいなの」
「それ誰からきいたの、、、」
「本人から」
「えっ!!」
さらに驚く。
高貴な者が最下層の者と話すなんて考えられなかったからだ。
「ん?マリア?」
ふとマリアがそばからいなくなっているのに気づき辺りを見回すと、いつの間にかエトワールの近くまで近づき、兵越しに顔を覗き込もうとしていた。
二人は発見と同時にマリアに飛びかかり、「懲罰的失礼」を起こす前に引き戻すことに成功した。
「あんた何してるの!」
「え、なんで。本物なのかなーって思って」
そう言われると確かに二人とも疑わないこともなかったが、こんなズバリと言われるとなんと返事をしたらいいのかわからず顔を見合わせる。
「いいのですよ。その疑問は当たり前です」
その声は中央で守られている女性から発せられたものだった。
「もう少し近くまで来ていただけますか?この距離では大きな声で話さなくてはいけないので」
気高さと優しさが声からも伝わる。
三人は時折激しく揺れる車内で頭を下げつつ、エトワールの近くまで進んだ。
するとそばの兵は勢いよく立ち上がり席から離れ、3人をそばに寄りやすくした。
「皆様には危険な任務をさせてしまい、誠に申し訳ございません。私はフォルダンの娘エトワールと申します」
明朗に答えた女性は席から立ちあがると、3人の前まで進み
、頭を下げる2人と2人の女性により頭を押さえられる者の顔を上げさせた。澄んだブルーの瞳が微かな光の中では深海のように深い色となり印象深い。
「も、勿体無いお言葉!私達があなた様をお守りするのは太陽が登るのと同じように当たり前の事です」
ルイーズ達は先程まで一瞬でも疑った自分を恥じてさらに小さくなり、使い慣れない尊敬語と共に頭を下げなおし、顔もあげることもなく答えた。
「エトワール様はどちらに向かわれているのですか?」
隣にいたマリアは動じず聞いた。
「こらマリア!」
慌ててマリアの口を塞ごうとするルイーズ達。
「ふふっ、いいのですよ」
2人がマリアを押さえつけようとするのを笑顔でとめる。
「私達は第2都市のマルセルに向かってるのです。父からそこに向かうように命令があったのです」
(マルセル:周りを軍基地と山河に囲まれた軍事都市。
そこに移動する、それだけエトワールが大切な存在と言うことが伺える)
「皆様にも多くの仕事がある中、護衛をしていただいて誠に申し訳ございません。先程もお話したとおり、目立つことを少しでも減らす為、正規軍ではなく皆さんにお願いしたと聞いています。そして正規軍にも劣らない精鋭揃いだとも。
ご迷惑をお掛けしますが宜しくお願いします」
ルイーズも任務の特異性を感じていたのだが、積み荷を理解し謎が解けた。そして目の前の驚くほど丁寧な対応に戸惑いながらも二人は感動した。
「も、もちろんです!全力でお守りします!」
二人は恭しく頭を下げ、さらに近づこうとしていたマリアの服を引っ張りながら、エトワールからやや距離をとった後ろの座席へと移った。
「ねぇ、あの子本物のエトワール様?」
「何いってるの!そうでもなきゃこんな極秘任務あるはずないわ」
ルイーズは小声だが強い口調でマリアに答えた。
「ふーん、ルイーズは、会ったことあるの?」
「それはないけど、、、。ねぇマリア。
私たちの任務はエトワール様を無事にお運びする事だけ。無駄な詮索は無しよ」
自分自身をも諭すよう出来る限り落ち着いて答えると、それを理解したのか、マリアは塞がれた窓に体を預け静かになった。
ルイーズとクロエは、それを確認してから小さく息を吐くと、より不安を募らせながら、薄暗い中漏れてくる光を頼りに装備の点検をし始めた。
それから日が落ちる時間になるまでの半日は、何事も起こらない平和な時間が続いた。
残り半日。無事にマルセルまで行き着けるのではないかと多くの者が思ったその時、先頭車両の方で激しい銃声が響いた。
先頭車のドアを開けようとルイーズが手を伸ばすと、それより早くドアが開き。
「中にいて外に出るな!頭を下げて積み荷を守れ!」
そういうとアレクは再びドアをピシャリと閉めた。
自分も共に応戦したかったが、積み荷を守るためにもアレクの言う通りその場に留まることに決め、慌ててエトワールに振り返ると、すでに従者達に覆い被されるように守られているエトワールが見えた。
その場にいた訓練生達はルイーズの指示のもと、エトワールを守るよう四方に別れて次の状況に備えた。
やがて数十発の着弾と轟音を伴う何かの激しい体当たりにより、左後方の壁が砕け、沈む間際の夕陽が差し込んだ。
砕けた壁の付近にいた仲間が数名傷をおい、床にうずくまっているのが見えた。
さらにエトワールに目を向けると、守っていたはずの従者達に押さえつけられているのが見えた。
「エトワール様!!」
ルイーズ達は急いでエトワールの元に向かおうとしたが、そばにいた訓練生たち数名が、一瞬のうちにエトワールの周りを囲む従者のナイフにより、現状を理解する間もなく命を失っていくのを垣間見た。
ルイーズ達はエトワールに当たらないよう銃からナイフに持ち変え近くの座席に隠れる。
ナイフの腕では白兵戦ナンバーワンと言われるジョンにも引けを取らないルイーズだったが、逆光のため突進してきた1人の相手に防戦一方となった。
クロエは左右の壁にいた仲間ふたりに左右から飛びかかるよう合図を送ると、自身も椅子を飛び越えエトワールを押さえつけている者に向かって飛びかかった。
左から向かったものは、そばで構える従者の胸にナイフを突き立てることに成功した。
だが自分の首にも致命的な傷を受け共に座席に崩れ落ちる。
反対方向から向かったクロエ達は、従者の1人に対して二人で挟み込んでナイフを突きいれた。不安定な場所ではあったが行動不能にさせるには充分な傷を与えた。
「おいおい君達!それくらいにしないか!」
地の底から聞こえるような低い声が響き渡る。
聞き覚えのある声に一瞬クロエ達は硬直してしまった。
その1秒にも満たない間に、声の主の黒づくめの男はエトワールを押さえつけることをもう1人に任せ、驚くほどのスピードでクロエの元に歩み寄り、ナイフを持ったクロエの手を蛇が絡み付くように捻りあげ、空いた片方の手で胸のフォルスターから銃を抜くとクロエ越しに短い発泡音を響かせた。
クロエと共に黒づくめの男に向かった者は、盾にされたクロエを避けるために、振り下ろすのを中断した。その一瞬に無防備に空いた胸に一発の銃弾が打ち込まれたのだった。
瞬く間に血が広がっていくのを感じながら、その場に手を上げたまま崩れ落ちた。
あまりにも一瞬だった。
敵と交戦中のルイーズも。
捕まったクロエに至っては、気がつくと背中を取られ、自分を助けるために手を止めてくれた仲間が、サイレンサーで胸を撃たれ、崩れ落ちるのをただ見ているしかなかった。
「いやはや、思った以上に優秀だね」
その者は深々と被っていた帽子とマスクを銃を持つ手で外した。
「ロ、ロベール中佐!?」
ルイーズの呟く言葉と表情で、クロエの顔から瞬く間に血の気が引いていく。
「どうして!なぜ中佐がこんなことを!?」
「なぜ、、、か。決まっているだろう。これからの私の人生をノーザンは高く買ってくれたんだよ。
訓練校の校長なんていう落ちた未来ではなく。作戦が成功したら俺は領地をもらい毎日楽しい生活が待っているんだよ。どこに迷う余地がある!」
杖無しでしっかり立ち、クロエの腕を笑いながら締め上げる姿を見て、これまでの事が全て中佐によって仕組まれ、敵に情報も筒抜けだったのだと理解した。
「さぁっ、手に持っている武器を置いて手を頭の上に置きたまえ!さもなくば、次に君の親友のこの娘が死ぬことになるぞ!」
締め上げられるクロエの顔が苦痛に歪む。
ルイーズは椅子の影に隠れているマリアに軽く目を合わせると、手にしたナイフをゆっくり床に置き、いわれる通り頭の上にゆっくり手を置いた。
破壊された壁から吹き込む風と外の銃撃戦の音が車内にこだまする。
ルイーズの前にも先程まで切りあっていた敵兵が銃に持ちかえ銃口を向けていた。
クロエはルイーズに何か言葉を叫ぼうとした。
だが発するより早くロベールにより頭部を撃ち抜かれ、目と口を開いたまま紐の切れた操り人形のように床に倒れこむ。
「クロエー!!!」
不敵に笑う兵士の銃口が、ルイーズの絶望で崩れた顔に向けられ、引き金を引く手に力が入る。
バンッ!
ルイーズに銃を向けた兵士の肩から血が吹き出し、銃口から弾丸が発射される前に阻止された。
「アレク!」
ロベールが壊れた屋根の穴から、発射された方向を見ると気動車の屋根の上に寝そべって銃を構えるアレクが見えた。
列車を囲む部隊との銃撃戦を行いながら、しかも振動で揺れる中、一瞬のタイミングで撃ち抜いたのであった。
そしてさらに構え直す。
注意がアレクにそれた瞬間、ルイーズは床のナイフを拾い上げ、目の前の敵の喉に向かって投げつけた。
のどを狙ったナイフは、残念ながら敵の左腕に阻まれ、代わりに自らの血にまみれた銃口がまた向けらようとした。
【バシュッ】
銃を持った手首が腕から大きく飛び上がり、空中を数回転し座席に転がり落ちる。
そして次に首から大量の血を吹き上げ、短い戦闘を終えた。
ルイーズに銃口が再度向けられるのと同時に、マリアの下から振り上げる流れるようなナイフさばきによって手首が切り落とされ、そのままの勢いでがら空きになった喉元にナイフを突き立てたのだった。
マリアは続けてロベールに狙いを定めて飛び出したが、激しいカーブに入ったことで体勢を保てなくなりそばの座席に飛び込むように身を隠した。
隣を見るとルイーズも銃を握りしめながら座席に隠れ、ロベールの動きを見ていた。
ロベールの銃口がエトワールに向けられていたからだった。
「アレクめやってくれたな。まぁ私の任務はエトワールを連れていく事だけ。君達にこれ以上付き合う必要はない。
お嬢さん方!なかなかに手練れた動き驚いたよ。
だがここらで最後にさせてもらうよ」
そう言うと腰から外した小さな爆弾を車両の壁に投げた。
爆発音と共に大きな穴が開き、外を並走するノーザンの軍用車両が数台見えた。
外では激しい銃声が止むことなく続いている。
ロベールは気絶しているエトワールに銃を突きつけたまま持ち上げると、盾にしながら大きく空いた壁に向かって慎重に歩く。
開口部は突風が吹き荒れており、落ちないよう崩れた柱を支えに身を乗り出し、並走して走る装甲車に合図を送った。
装甲車がスピードを上げ前に移動し場所を開けると、代わりに天井の空いたトラックが後から近づいてくる。
すると一層ノーザンの銃撃が激しくなりアレク達の攻撃もままならなくなった。
「中佐!考え直して
!そんなことしたらより激しい戦争になるわ!」
「そんなこと知ったことか!これが戦争だよ!将軍の娘にどれだけの価値があるか。見物だな!」
生き残っているロベールの仲間が崩れた瓦礫の陰から発砲している間にロベールは、トラックの荷台で手を上げているノーザン兵に向かって、エトワールを投げようと床の縁に足をかける。
エトワールを後ろに下げ、投げる動作に入った瞬間に右膝から下が砕けちり、左目が飛び散る。
たまらずロベールはそのままエトワールと共に車内に激しく倒れ込んだ。
ロベールの残った目に、遥か後ろの3号客車の窓から身を乗り出しながら狙撃銃を構えるエレナが見えた。もちろんどちらかの傷はアレクが撃ち抜いた物だ。
それを見た列車内の黒ずくめの者は血だらけのロベールとエトワールを放置し、トラックに慌てて飛び乗ろうとした。
が、ルイーズとマリアを含む、合わせて4つの弾丸を受け、飛び出した直後にトラックの下に落ちていった。
ノーザンのトラックは作戦の失敗がわかると、すぐさまその場から距離をとり、それと同時にルイーズ達はエトワールの元に駆け寄った。
「エトワール様!大丈夫ですか!?」
「、、う、うんっ、、私、、、痛っ!」
倒れこんだ瞬間、床に肩をぶつけたようだが他は大丈夫そうだ。
ルイーズは少しだけ顔を外に出し、後ろと前の友人を確認すると親指を突き立て、すぐにエトワールを窓から遠ざけた。
「くそーっ!あと少しだったのに。お前達も道ずれにしてやる!」
ロベールは壁を利用して引きずるように立ち上がると、先程使ったのと同じ爆弾を腰から取り出し、ルイーズ達に投げつけようと振り上げた。
一瞬早く気づいたマリアは死角の位置から爆弾を持ったロベールの腕を掴み、外に向かって勢いよく背負い投げた。
列車の加速スピードもあってか、ロベールの体は思ったより長く飛び、後ろから接近していたノーザンの軍用車両に接触し爆発した。
爆発の勢いで車両は右タイヤを失い、敵戦力をもひとつ削いだ。
「マリアありがとう!」
エトワールを中央部に引き戻したルイーズは、マリアに礼を言い、次に左右の小さく空いた穴から状況を確認する。
右に4.台、左に3台の軍車両が並走しながら、アレク達と銃撃戦を繰り広げていた。
弾薬でも数でも勝るノーザン軍の攻撃時間がやがてアレク達より多くなってきて、ついには撃つために顔を出すことも少なくなっていた。
隙間から発砲していたルイーズたちの車両の前部に、ノーザンの軍車両が激しく体当たりをしてくると兵士が2名発砲しながら乗り込んできた。
圧倒的な弾薬の差で顔を出すことも出来ないでいると、ついには4名の兵士が車両前部を占拠した。
ルイーズはマリアにエトワールを任せると、銃とナイフを構え、前方へと飛び出すタイミングを見計らった。
その時進行方向の入り口が激しく爆発し、煙の中からアレクがナイフと銃を片手に現れた。
突然の爆発でドア付近の二人は巻き込まれ戦闘不能になり、残りの2人も反撃することもなくアレクのナイフにより命を失った。
「大丈夫か?!」
アレクはルイーズ達の元に向かいながら、新しく侵入しようとした敵の額にナイフを放ち致命傷を追わせた。
「どうにか助かったわ、ありがとう!」
「ルイこの人は?」
「エトワール様よ。今回の任務の積み荷だったの」
「この人が、、、。マリアも無事で良かった」
マリアの労をねぎらうと、視線をエトワールに戻し、何やら考えながら息を整える。
「ルイ、状況は良くない。すでに仲間の半分程殺られたかもしれない。しかも奴らはまだ6台の装甲車両と1台のトラック、兵も俺たちの3倍はいる。弾薬はあとどれくらいある?」
「あと1分も撃てばなくなるわ」
「そうか、、、」
状況の不利さにアレクも言葉が続かない。
「マリア、なんかいい方法ある?」
下を向きながらルイーズが尋ねる。
「今死ぬか、降伏してあとから死ぬかだけね」
言いながらも顔色ひとつ変えない。
「そうね、、。アレク、、あなたに任せるわ。あなたの言葉なら他の車両のみんなも納得するから」
ルイーズは顔を上げ笑顔を見せたが、死を覚悟した表情のため哀しくも見えた。
「わかった、、、」
アレクは心を決めて立ち上がろうとしたが、それより早くエトワールが立ち上がり、アレクが吹き飛ばして外から全てが見えるほどむき出しになった先頭部に走りだした。
3人は完全に虚をつかれ止めることが出来なかった。
「私はエトワール!第一将軍フォルダンの娘です!これ以上、年若き者達との戦闘はやめて下さい。あなた達の目的は私なのでしょう!なら私だけを狙いなさい!」
大きな声で体を外に乗りだし叫ぶとすぐに前の車両に移り、瓦礫の下を探し始めた。
それを見たアレクも何かに気付いたのか、急いでエトワールの元に駆けつけると、同じく瓦礫をのけ始める。
エトワールはアレクに戻るよう叫んだが、アレクは一心不乱に瓦礫をのけ続けると、何かを見つけ奥に手を伸ばす。
横の手すりを支えに力一杯引き上げた。
「アレク待って!」
ルイーズは叫びながら走りだした。
【ゴゴゴッ】
激しい振動と共に、エトワールとアレクによって連結器を外された気動車部は、ルイーズ達のいる客車と離れ、距離をみるみるあけていく。
軽くなった気動車はノーザンの車両達もついていくのがやっとのスピードで進み始めた。
銃弾が飛び交うなか、ルイーズは先頭まで走っていき戻ってくるよう叫ぼうとしたが、砂と埃のためうまく声が出せない。
「ルイッ!みんなに伝えてくれ!次の補給ポイントで会おう!」
アレクはルイーズを狙うノーザンの車輌に向け、発砲しながら笑顔で叫ぶと、戦闘によりほとんどの石炭がこぼれ落ちた炭水車の横にかろうじてついている手すりを介してエトワールを運転室までの移動を補助する。
強風とカーブで揺れる中、エトワールは手際よく進んでいく。
無事運転席に辿り着いたのを見届けると、アレクも続いて進んでいく。
運転室につくと、すでにいきたえている機関士の代わりに、一心不乱に火室に石炭をくべ、操縦している見知った者がいた。
エトワールの無事を再度確認するとアレクは割れた窓から後ろを見る。
射程からは外れた距離となっているが、ノーザンの全車輌が予定通り追ってきていた。
「セバスチャンありがとう。お陰で何とかなりそうだ」
アレクの言葉を聞いたとたん、男は軽く目を細めると口から血を流し床に崩れ落ちた。
見ると煤で汚れて真っ黒な彼の一帳羅の背中と胸にさらに黒い大きなシミが出来ていた。
「セバスッ!」
すでに息をしていなかった。
アレクは肩の震えをなんとか落ち着かせると、胸の前で十字を切り、彼を後ろにそっと寝かしてレギュレーターを彼の代わりに握る。
そして大きく息を吐くと隣で佇むエトワールに顔を向けた。
「エトワール様、あなたの勇気と決断感謝します。この作戦しかなかった。あなたのお陰で残ったものは救われました。ただ、、」
「わかっていますわ、若きリーダー殿」
言葉を遮る。
「このままこの距離を保って、敵を引き付けたまま走り続けるのですね、、でも残念ながら目的地まで燃料がもたない、、」
「、、その通りです」
「で、どうなるのですか?」
少しいいずらそうなアレクを見てエトワールが話を続ける。
「ほんとにお優しいお方ですね。隠さなくてもよいのですよ。こうしようとした時から決めていました」
顔にかかる金色の髪を後ろにかき揚げながら笑顔で答えると、空いた窓から顔を出し、後ろから追ってくるノーザン車輌に向かって大きく手を振って見せ、それが済むとアレクに向き直った。
「アレクさん、、、でしたね、、私、、隠している事があるのです、、、、私、、実は、、なのです。、、記憶、、」
汽笛の音が響く。
アレクは鳴り響く汽笛の中、涙を流すエトワールに手を差しのべた、、、。
アレク達に置いていかれる形になったルイーズ達は遠ざかっていく気動車と、それを追っていくノーザンの車輌をなす術もなく見つめていた。
気動車を失った残りの車輌は、下り坂を惰性でなんとか動き続けていた。
「ルイーズ!何がどうなってるの?!」
半ば壊れたドアをこじ開けて慌てて入ってきた声の主はエレナだった。
最後尾の客車を任されていて、少し前にロベールを超遠距離で撃ち抜く神業を見せたものが、異変に気づき動ける者を集めてやってきた。
「ごめんなさい、、私、何もできなかった、、」
泣き崩れ座り込んでしまったルイーズの代わりに、現状をマリアが話す。
「ルイーズ!あんた何やってるの!まだ終わってないじゃない!」
そう言うと周りの仲間に残った爆弾を車輌の中央に集めるよう指示する。
「ルイーズ!マリアも手伝って!この車輌を爆破して線路から排除するわよ!そしてアレク達を追いかけよう!私たちにはまだ中央機動車があるわ!まだ動き続けている今しかないの!」
「ルイーズ!あなたが信じないでどうするのっ!」
軋む車輌音と、穴が空いた車輌を吹き込む風切り音に負けないよう、ルイーズの側で叫ぶ。
「でも今から気動車のボイラーに火を入れるって時間がかかりすぎないですか」
この状況下でも冷静な口調でマリアが質問した。
「その通りよマリア!でもアレクに言われていてボイラーは銃撃が始まった時から火入れはしてたんだ。
たぶんアレクの選択肢のうちの1つだったんだろうね」
「へぇ~っ」
目を見開き感心するマリア。
「ルイーズ!いーい。後の気動車の上から、同時にこの車両の破壊ポイントを撃ち抜く必要があるの。しかも真っ二つにするために3ヶ所同時によ。
この中では私とあなた達2人が一番成功率が高いわ。あなたも彼を助けたいんでしょ!だったらしっかりしなさい!」
その言葉でルイーズは強く袖で顔ふき大きく2度頭を振ると、立ち上がり後ろの車輌に向かって歩き始めた。
「ありがとう、お陰で落ち着いたわ。あなたに慰められるなんてね」
すれ違いざまエレナに声をかけ、そのまま中央気動車の上の射撃ポイントまで無言で登っていく。
先程までとは違い、しっかりと前を見据えていた。
そのあとを無表情でマリアが、そして少し笑みを浮かべたエレナが急いで登っていく。
登りきるとエレナは射撃ポイントで立ち上がり弾薬の配置を細かく指示し、終わると3人は狙うポイントを決め夕暮れの中、最大加速を待った。
やがて大きな汽笛の合図がなり、車輌は軋みながらさらに加速始める。
至るところに破損箇所があるため、引きずる音や、きしむ音等が響く。車内の残った明かりを頼りに3人は自分の目標を再確認する。
やがて列車上に留まるのがやっとのところまでスピードが上がり、鼓膜を破りそうなほどの異音が鳴り続く。
「みんなは衝撃に備えて!」
心配げに顔を出していた仲間達は車内に戻り、近くの柱や座席を握りしめた。
「2人とも準備はいい!エルドレッドとアレクの為に!」
「3.2.1.バンッ!」
3人の放った銃弾は狂いなく設置した爆弾に当たり、爆発を起こした。
車体の損傷もあって想定以上に客車は破壊され、真ん中から折れたと思うと次に弾けて左右、上下へと砕け散る。
気動車の上の障害物避けに隠れた3人だったが、飛んできた大小様々な破片が3人に激しく当たる。
その中でもひときわ大きな破片が障害物避けを破壊しエレナの頭に直撃した。
その衝撃でエレナは気動車からはじき飛ばされた。
「エレナッ!」
ルイーズは飛びつきなんとかエレナの手首を片手で掴んだ。
だがそのまま2人とも気動車の上を滑り落ちる。それを間一髪マリアがルイーズの足首を掴んで落下を食い止めた。
たが2人分の重さはマリアの力だけではどうすることも出来なくなんとか維持することが精一杯だった。
「エレナ!待っててね!今引き上げるから!」
そう言うルイーズの腕からも血が流れる。
「、、ばかね、、あなたも怪我してるじゃない、、」
エレナは血で朱に染まる視界と薄れ行く意識の中、残った手をルイーズの手に乗せる。
「ありがとう、、ライバルでいてくれて、、アレクの事、、、あんたに任せるよ」
重ねた手でルイーズの指をゆっくり外す。
「エレナー!」
砕けて散っていく破片と共に、エレナはあっという間に薄闇の後方に消えて行った。
「放してマリア!」
飛び降りようとするルイーズをマリアは離さなかった。
「エレナ、、エレ、、ナ」
ルイーズの声は、機関車の嘆きのような軋む音にかき消された。
それからすぐ仲間達に助け上げられ、後ろの客車にうつされた2人だったが、ルイーズはうずくまったまま顔を伏せ、誰の声にも反応しなかった。
いつも無感情のマリアも、ずっと窓の外を見続け、顔にかかる金色の長い髪を払うことさえしなかった。
それから沈黙の中、2時間程走ると、辺りは照明無しでは5メートル先も見えなくなっていた。
「前方で炎が見えるぞ!」
気動車で見張りをしていた者が静かに声を上げる。
緊張が走り機関車は速度をゆっくり落とす。
やがて木材や鉄等の燃える臭いが立ち込め、現場に近づいたのを感じさせた。
「あれ、脱線したあとじゃない」
マリアが声を発した。
先程まで顔を伏せていたルイーズも立ち上がり脱線箇所を見つめる。
そして急いで機関士のいる気動車に向けて走り出す。
「ねぇ停めて!アレク達よ!助けに行かなくちゃ!」
ルイーズの鬼気迫る声に、男は慌ててブレーキに手をかける。
「止まってはいけません!」
声は客車の後ろから聞こえた。
ルイーズ達が振り返ると麻で出来た荷物カバーを頭から纏った2人の人物が歩いてくる。
「周りをよく見なさい。脱線の跡を追いかけるような轍の数々と、おおよそ事故の経過時間、さらに崖の下に落ちた可能性がある位置と煙、
そしてこの闇夜。
これだけの悪条件で捜索はさせられません」
「だからなに?!あなたいったいだれ!?」
ルイーズは反論のためさらに口を開きかけたが、布を取って現れた顔に言葉を呑み込んだ。
「コハク先生!」
普段と変わらない美しい顔は少し怒っているようにも見えた。
「でも先生!きっとアレクもエトワール様も無事です。助けに行かないと!」
頭を横に振るコハク。
「無事なら、、。アレクさんなら何とかするでしょう。彼は何と言いました」
「、、次の補給ポイントであおうと、、」
小さく答えるルイーズ。
「そうでしょう」
下を向き手を握りしめ黙るルイーズ。
「私たちの目的は何?」
みんなを見回す。
すると隣にいたもうひとりの布を被った者が沈黙の中、ゆつくり顔を覆う布を取る。
そこには先程まで一緒にいたエトワールと同じ青い瞳、肩までの金色に輝く髪を持つ女性が現れる。
悲しみを湛えた結んだ唇がゆっくり開く。
「私は将軍フォルダンの娘、エトワールです。
こんなことになってしまいなんとお詫びをしたら良いかわかりません。
ただ、、私をなんとしてもマルセルに送り届けていただきたいのです。
犠牲を出してでも?と思われるのも承知しております。ですが私が敵の手に落ちれば、私を使って多くの身代金や不当な要望そしてさらに多くの血が流れるでしょう。これ以上無駄に多くの者の命と、生活を失いたくないのです」
何が起こっているのかわからず、みんな先生に目線を向ける。
「こちらの方は本物のエトワール様です」
「え!じゃあアレクと一緒に行った人は?」
「偽物です」
その場にいたすべての者がざわつき、感情を吐き出す。
「時間がないので簡単に話します。
今回の作戦を立てたのはご存じの通りロベールでしたが、気になるところがいくつかありまして、結果皆さんをだます形になりましたが、今回は私とアレクさんの2人で念のため、偽物さんをロベールに同行させる作戦をたてました」
みんな驚きで声がでない。
「アレクも知ってたの?」
ルイーズの質問にうなずくコハク。
「申し訳ないのですが時間がありません。アレクさん達の行動を無駄にしないためにもみなさん決断を!」
視線がルイーズに集まる。
ルイーズは目をつむり天を仰ぎ、お腹に手を添えると深呼吸をひとつする。
「アレクは生きてるわ!もちろん、あのエトワールも、そしてエレナ達も!補給地点に急ぎましょう」
みんな黙って大きく頷き、急ぎ持ち場に着く。
「まだ敵兵がいるかも知れない。ライトも最下限に。
走行音も出来る限り少なくして、みんな全方位に索敵を広げて!
そして特に人影に注意を!」
ルイーズが声を殺しながら発する声に、各所に散った仲間は気持ちを押さえ親指を立て答えた。
静かにみているしかなかったエトワールは、各所に散って行くみんなに深く頭を下げ、コハクに腰を支えられながら、後方の座席へと戻った。
ルイーズは注意深く機関士をこなしている仲間の横の壊れた窓から、遠ざかる崖下の煙と時折燃え上がる炎を見つめながら小さく呟いた。
【ごめんなさい、、。
私、ほんとは戦争のことも作戦もどうでもいい。
あなたといれれば、それだけで良かった。
私、、なんで残ってしまったの。私が行けばよかった、、。
何も感じないよ、、。
傷だらけの腕の痛みも、鉄の冷たさも、、何も感じない。
この世界に私の場所はもうないよ、、】
マリアは窓に力無くもたれかかって腹部をさするルイーズを離れた客席の隙間からそっと見ていた。
そして月夜に照らされ、より一層金色に輝く長い髪を一つにくくり直すと、愛銃を取り出し磨き始めた。
出始めの虫の声や猫達の縄張り争いの声が微かに聞こえる。
「作戦続行ね」
マリアはいつからいたのか、足にまとわりつく猫の頭を無造作に撫でた。
列車はスピードを取り戻し暗闇の中、目的地に向け静かに運行を続けた。疲弊し尽くしたもの達にとっては永遠に闇夜が続くように思われた。
つづく