03ー2 赤きティンクトゥラ
路地裏に出た僕は、警戒をしつつ、道端を隈なく見て周る。
それこそ、河川敷に群生しているクローバーの中から、四つ葉のクローバーを探すように、眼光鋭く見ていった。
探している最中、色んなことが脳裏を過っていった。
まだ、先ほどの相手が陰に潜んでいてこちらの様子を伺っているんではないかとか。やはり、物品はとうに持ち去られてしまっていて、この辺りにはもう無いのかもしれないなどと。
とはいえ、憶測だけで物を言うのは良くないと、辛抱強く探していると。どうにか、僕の持っていたスマートフォンを見つけ出すことができた。
ホッと胸を撫で下ろし、落ちているスマートフォンに手を伸ばす。と、そのすぐ側に、パスポートサイズ程の手帳があるのに気付いた。
気になったので、とりあえず、スマートフォン共々拾い上げてみる。
スマートフォンを調べると、電源は切れており、ボタンを押しても画面に反応らしきものはなかった。
「あれっ? 画面がつかない」
どうやら、電池切れか、故障で使えなくなっているらしい。これは困った……。
れもんさんとの連絡の手段が途絶えてしまい、途端に不安が募ってくる。
「はあー。これからどうするかな」
とはいえ、今はやれることをしようと、手帳の中身を確認してみた。
何者かの手記だろうか、メモのように書かれた文章が幾つかあった。
【ポラロイドカメラ、茶封筒、便箋、ペン、地図、パーカー】
「何のことだか、さっぱり分からん」
どれも断片過ぎて、ここから何かを読み取れるものは無さそうだ。
更にページを巡っていくと、最後に気になる文章を見つける。
【この手記を見つけたということは、つまりはそういう事だ。お前にはやらなければいけない事がある。赤きティンクトゥラ。それは、お前になくてはいけない物だ。手段は問わない、どんな手を使ってでも手に入れるんだ! 拠点としてホテルの312号室を使ってほしい。最後に一言。諦めなければチャンスはある。為すべきことを、為してくれ!】
そして、その文章を締めるように最後に【霧崎朱】と書かれていた。
「霧崎朱! ってことは、これはヤツの手掛かりか!」
『(で、あろうな。霧崎朱とやらが残した手記とみて、間違いあるまい)』
「――えっ!? れもんさんの声!? いや、だってスマホが使えなくなって――てか、何処から声が聞こえてきてるんです!?」
『(聞こえているな..……相棒の頭に直接呼びかけているのだ)』
「頭に――直接!? そんなまさか! ありえないでしょ! そんなこと!」
『(ありえない、なんて事はありえない。何を今更言っているんだ。今までにまともなことなどあったのか?)』
「まあ……、確かにそうなんですが。どうしていきなりそんな真似が出来るんですか? もしかして――はじめから出来たんですか!?」
『(出来たのかと聞かれたら、その時が来たからだ。と、いうまでのことよ。私は、定められたルールに順じたまでである。最近はうるさいだろそういうの。辻褄がーとか、ご都合主義だーとか。まあーアレだ、【その時、不思議なことが起こった】的なことにしておけば良いんだよ。みんな好きだろ? 奇跡ってやつがさあ)』
「言っている場合ですか!! ――ということは、まさか。今までに起こった出来事だって、知っていたんですか!?」
『(ああ、知っていたとも。相棒の苦労をずっと聞いていたぞ。言っただろ【こうして相棒と巡り会ったのは、はたして偶然だったのか?】とな)』
「確かに言ってましたね、そんなことも。なら、はじめから教えてくれればよかったじゃないですか!?」
『(なんでも聞けば教えてくれると思うなよ、ゆとりボーイ!! 他の誰でもない、これは相棒の物語だ! お前が消えて喜ぶ者に、生殺与奪の権利など、他人に握らせるでないわ!!)』
れもんさんは僕を突き放すような、語勢を強めた言葉を投げかけた。
『(相棒、私ははここで声をかけることしか出来ない。だが相棒には、相棒にしか出来ない、相棒になら出来る事がきっとあるはずだ。私は相棒に強要などはしない、大事なのは、相棒が考えて、相棒が決めることなのだ……相棒が今、何をすべきなのか)』
「僕が今、すべきことは……」
そうだ。こうしてれもんさんと口論している場合ではない。
僕の目的は、この終わらない一日を、どうにかして打破することである。
であれば、どんな状況であろうと関係などない。使える手段を用いて最大の結果を手繰り寄せるだけだ。
「為すべきことを、為します。それが僕のすべきことです」
『(それでいい。私も慈善家ではないのでな、相棒にはなんとしてでも結果を出してもらいたいと思っているよ。で、これからどうする、相棒?)』
「この霧崎朱の手記に書かれている【赤きティンクトゥラ】を探します。これが大元の原因になっているはずです」
『(よし。そうと決まれば、早速その為の情報を探すとしよう。時間は有限だ、例え無限にあったとしても無駄にしてはいけないからな)』
「そうですね、今出来ることをやりましょう。それがきっと次に繋がると信じて――」




