03ー1 骨董品店 ル・プチ・プランス
目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。
何度も見てきた光景とは異なるそれは、僕が自宅で目を覚ましたわけではないということを、如実に表していた。
(ここは一体、何処だ?)
であれば、これはループした○月31日の朝ではないのか?
覚醒した意識は思考を鈍らせており、まだ上手く状況を把握出来ずにいる。
体はソファーに横たわっていた。
体の節々の軋む中、上半身を起き上がらせ、状況を確認するように辺りを見渡してみると、棚が沢山置かれた部屋には、それらを占領するように古めかしい品々がぎっしりと仕舞い込まれていた。それでも整理しきれなかった物や、壊れたガラクタのようなものが、部屋の片隅に積み重ねられている。
言い表わすならば、倉庫に使われている部屋のようであった。
そんな感想を抱いていると、足音がこちらに向かって近づいてくるのに気付いた。
(――誰かが来る)
得体の知れない何かの接近に、緊張感が肌をひりつかせた。
[どうやら、目を覚まされたようですね。ご加減は如何でしょうか?]
凛とした静かな声が、僕の身体に沈むようにストンと落ちてきた。
姿を現したのは、陶器のような美しい白い肌に、日本人形のような黒々と艶やかな髪をした、上品な印象を与える成人女性である。
「――あなたは、誰ですか? ここはいったい何処ですか?」
見知らぬ相手に警戒しつつ、状況を探るように尋ねてみた。
[私は、――卜部操というものであります。そしてここは、私の経営する骨董品店【ル・プチ・プランス】のバックヤードとなります]
「骨董品店。――どうしてそんなところに……」
[あなたが路地裏で倒れていたところを私が発見し、救護の為に店に運び入れ、介抱していました。見たところ、外傷らしきものは見受けられませんでしたが、どこか不具合はありませんでしょうか?]
「外傷らしきもの――」
その言葉に、喉を切り裂かれた経験が脳裏をよぎり、フラッシュバックする。
――瞬間、身体や手足は震え、冷や汗などの症状が現れると同時に、吐き気を催したが、吐き出すことは辛うじて堪えた。
首元を摩ってみても、傷口などは無く、痛みも全く感じない。
まるで、刺されたことなど始めから無かったかのようであった。
だがしかし、確かに覚えている。
あの喉を裂かれた強烈な感覚が、痛みが、無かったというだけで済まされるのか?
[顔色が優れないようにお見受けられますが、何か不具合でも? ご自身の名前は仰ることが出来ますか?]
こちらの唯ならぬ様相に、卜部さんは心配する素振りをこちらに向けてくる。
「僕は、――白河流星といいます。ちょっと、……嫌なことを思い出しただけなので大丈夫です。……問題はありません」
[そうでしたか。自身をきちんと認識出来ていますね。安心しました]
「ご心配をおかけしました。……それと、介抱していただきまして、ありがとうございます」
[いえ、私は当然のことをしたまでですので]
小さく微笑んで見せた卜部さんの表情に、ようやく緊張の糸がほぐれる。
とりあえず、この人からは先ほど路地裏で遭遇した相手から感じた、強い敵意のようなものは感じられない。安心していいだろう。
気持ちも落ち着いてくると、ようやく状況を確認する余裕も出てきた。
とりあえず、れもんさんと連絡を取ろうとしてポケットに手を入れたが、そこでスマートフォンが無くなっていることに気付いた。
それどころか、持ち合わせていた筈の赤い石や、地図、手紙といった、全ての持ち物が手元に残されてはいなかったのだ。
「あのー。つかぬことをお聞きしますが、スマホ等の所持品が無くなっていまして……。何か知りませんか?」
[存じませんね。私はあくまでも、あなたを店の中に運び入れただけです。とはいえ、見ての通りの雑然とした部屋であります。手頃な寝かせる場所がございませんでしたので、商品であるそちらのソファーに横たわっていただきました]
卜部さんは右腕を伸ばし、部屋の惨状を呈するように促してみせた。
「これ、商品だったんですか! すみません。使わせてしまいました……」
急いでソファーから体を退かすように立ち上がった。
[問題ありません。ソファーは身体をゆったりと寛がせる為のものです。他に代用となるものがございませんでしたので、このような処置を勝手に取ったまでのことです。こちらが判断されたことですので、どうかお気になさらないでください]
とはいえ、この状況を作り出したのは紛れもない事実である。
頭を下げて、卜部さんに感謝の意を示してみせた。
[所持品の件ですが、もしかしたら路地裏に落とされたということはないでしょうか? 私は現場の状況をきちんと把握してはおりませんでしたので、一度確認の為に足を運んでみてはいかがでしょう]
確かに、あれだけの出来事の後である。その際に所持品が外に放り出されていたりする、なんて場合も考えられない話ではないだろう。
「そうですね。一度、路地裏に戻って確認をしてきます」
[でしたら、そちらのドアから出ていただければ、すぐに現場に着くと思われます。この店は路地裏の入り口に面した場所に建てられておりまして、そこから出られますと、店の裏手である路地裏に着くことが出来るでしょう]
「そうなんですか。では、後ほど改めてお店には顔を出しに来ますので。今は一旦失礼させていただきます」
[分かりました。では、お待ちしております]
そう言い残すと、再度卜部さんに向かって頭を下げると、骨董品店【ル・プチ・プランス】を後にした。




