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02ー1 霧崎朱

『まるでゲームだな』


 スピーカーから発せられた声は、ケタケタと弾むように揺れて聞こえてきた。

 

 今までの事の経緯を、れもんさんに説明したところ、疑うどころか、すんなりと受け入れてくれたのだ。

 それこそ、説明していた自分の方が、まさかと信じられずに驚いてしまった始末である。

 

「もうっ! 笑いごとじゃないんですよ! 僕が今までどれだけ苦労したか――」


『――まあまあ、そう怒りなさんな。人生なんて、元々筋書きのないゲームみたいなものだろ? ちょっとばかり、相棒の台本がバグっているってだけの話だ』


「これが、ちょっと……ですか?」


『いいか相棒。今からやらなきゃいけないのは、デバッグ作業だ。日々が正常に進まない、あるいは予期せぬ事象が発生するなどといったバグを洗い出して 、来たる○ 月32日の未来を目指す為のな』


「○ 月32日はバグの中ですよね!? 1ヶ月の壁をすり抜けてますけど!?」


『まあ、ある意味、壁をすり抜けるぐらいのバグでも見つかれば、事は案外すんなり解決するだろうさ』


「そんなこと、出来れば苦労はしませんよ……」


 溜め息混じりの僕の声は、落胆の色を隠せないでいた。


『――全てがそうとも限らないだろ』


 れもんさんの一陣の声が、僕の言葉を一蹴する。


『こうして相棒と巡り会ったのは、はたして偶然だったのか?』


「――それは……」


 偶然じゃない。これは僕がつぶやいったーに投稿した事がきっかけで生まれたんだ。


『相棒がフラグを立てたからこそ、これは起こり得た事柄だろ。それと同じ事をすればいい。他にも探せば解決の糸口とやらが見つかるかもしれん』


「――そうだ! 確かに、その通りです!」


 半ば諦めていたのだ。

 

 どうしようもないのだと。何をしても無駄なのだと。勝手に活路を閉ざしてしまっていたのは、僕の方だったのだ。


『あの投稿。諦めたような文言が書かれていたが、どうしても諦めきれなかったから投稿したんだろ? ――さぁ、足掻いて見せろ! 未来を変えてやるとな!』


「はい! 運命と未来を変えてみせます!」


『よーし、その意気だ。――これよりオペレーション虱プレスを開始する!』


──────


 話はこうである。


『何がフラグになるか分からないなら、まずは一から生活を見直してみろ。そうすれば必要なものがあらわになるだろうさ』


 という事で、きっかけを探す為に、目覚めてから僕が行う普段のルーティンから見直す事にしてみた。


 朝8時に起床。今は少しズレて8時30分ぐらいだろうか。

 キッチンでコップ一杯の水を飲み、朝食の食パンをトースターにセットし、電子ケトルに水を注ぎスイッチを入れる。コップにはインスタントコーヒーの粉末を、適量よりも1杯多い、濃い目に入れて置いておく。顔を洗い、寝巻きを着替える為に、クローゼットから衣類を取り出し、手を通す。

 ズボンを穿く時、ポケットになにやら硬いものが入っていることに気がついた。

 取り出してみると、中には5cm程度の暗赤色の石が入っていた。


「なんだコレは?」


 こんなモノを買った覚えも、貰った記憶も無かった。いくら頭を巡らせてみても、やはり何も思い当たる節はない。


『どうした? 何か見つけたのかね?』


「ポケットに、赤い石が入ってました」


『赤い石ねー。もしやソイツが盗品じゃああるまいなあ?』


「まさか。こんなモノを盗む理由が無いですよ」


 とりあえず、取り出した石をポケットに入れ直すと、こんがりと焼き上がっていた食パンに、バターを塗りたくり、沸騰した水をコップに注ぎ込むと、それらをリビングのテーブルに運び込んだ。

 テレビのリモコンで電源を入れると、朝の報道番組が流れてくる。それらを横目に香ばしい食パンにかぶりついた。

 

 その最中、気になるニュースに目を留める事になった。


【〇月29日午後18時頃、市内の美術館にて警備員が展示品が盗まれているのを発見しました。現在捜索を行っています。何か情報をお持ちの方は、警察署までご連絡下さい】


 ニュースキャスターの読み上げる声と一緒に目に付いたのは、盗品であろう展示品の写真である。

 

 5cm程度の暗赤色の石。

 

 それは、まごう事なきポケットの中の石に瓜二つなのであった。


「――ウッソだろ……」


 思わず、手に持っていたトーストをテーブルに落としてしまっていた。


『おっ? 遂に証拠が出てきやがったか? こりゃあ年貢の納め時ってやつですかね?』


「違うっ! 違うんだ! ――知らない、僕はこんな事していない!!」


 自分の事なのに、まるで意味が分からない。

 

 誰かに操られているみたいで、途端に恐怖が湧き上がってくる。


『落ち着けよ相棒、証拠が揃った今さらだ、何を言おうと説得力に欠けるのは間違いないだろうさ。なんならもう一人の僕が勝手にやったとでもいうつもりか? 二重人格なんて、キャラ付けにしては今更過ぎるぐらいベタで安易すぎるザウルス』


「――いえ。まさか、そんなつもりは……」


 きっぱりと否定が出来ないでいる自分に焦りを感じていた。

 確かに身に覚えが無くとも、これが現実であり、受け入れ難いが、受け入れなくては前には進めないのだ。


 どうしてこんな事になったのか?


 問題となる、こうなるに至った過程に、いったいどんな真実があるというのだろうか?


『まー、ともかくだ。これで警察に追われる理由は判明したわけだ。結果的には泥舟に乗ってはいるが、ちゃんと前に進んでいるぞ』


「……沈むのは、時間の問題じゃないですか」


『ん? 問題はないだろ? 俺たちは沈む前に対岸に渡り切ればいいだけなんだ。泥舟だろうが逆漕ぎだろうと関係ない。手段は結果の前では些事なことさ。なんならターボエンジンでも付けとけばどうとでもなる!』


「……滅茶苦茶ですよ。――でも、これからどうにかするしかないんですよね」


 分からないことを考えるのはやめよう。

 

 とにかく、今は何をしてでも前に進まなければならないのだから。


──────


 ○月31日 (休日・午前9時)


 あと、やっていないことはないだろうか?

 

 そう考えた時、まだ郵便を取りに行ってない事に気づいたので、確認の為に郵便受箱まで足を運ぶ事にした。

 

 自宅は5階建のマンションの3階の一角にある。そこから1階のエントランスに設置してある、郵便受箱まで歩いて向かった。


 郵便受箱を開けてみると、無造作に突っ込まれたチラシと一緒に、一通の茶封筒が入っている。

 その封筒を手に取ると、そこには霧崎朱とだけ書かれていた。

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