04ー6 ありふれた日常
〔さてと、邪魔者はいなくなったね。一応聞いておきますが、本当にそれでいいのかい?〕
「いいんです……。もう、決めたことですから」
〔そう……。でも、それ正解よ。君の決意に甘んじる結果になってしまったけともね。そもそも【赤きティンクトゥラ】には、人を生き返らせる力なんて無いのよ〕
「なっ……。って、ことは。騙して――」
僕の言葉を遮るように、卜部操? は、手のひらをこちらに向けて、発言を静止させようとしてきた。
〔違うわよ! あくまで【赤きティンクトゥラ】に、そのような力が無いってだけの話だから。聞いての通り、コレはヒトの魂を保存する器であり、それ以上の能力を持ち合わせてはいないのよ〕
「じゃあ、今までしてきたことは、一体なんだったっていうんですか!?」
〔勿論意味はあるわ。それについては順を追って説明しましょう〕
そう言うと、卜部操? は、検査台に腰を掛けた。
〔私は現在、訳あって不老不死の研究をしていてね。まあ、不老の部分は、実に個人的な意味合いが含まれてはいますが――〕
何やら、ばつが悪いように、言葉が尻すぼみになっていった。
〔――失礼、話を続けるわ。不老不死の研究は難航したわ。何せ、元より不老不死の存在が稀有なモノなのだから、サンプルとなるものが殆ど無かったの。だから、アプローチを変えることにしました〕
言い終えると、卜部操? は、僕の持っていた短剣を指差した。
それをこちらに渡すようにと、手のひらをクイッと折り曲げてジェスチャーをしてくる。
なので、手に持った短剣を、卜部操? に差し出した。
すると、卜部操? は、短剣の柄に付けられた【赤きティンクトゥラ】を取り外した。
〔そして生まれたのが、【赤きティンクトゥラ】。コレがあれば、肉体さえ用意出来るなら、擬似的にですが不老不死を作り出すことが出来るのです!〕
【赤きティンクトゥラ】を高々と掲げると、自信満々に胸を張った。
〔しかし、コレはまだ試作品です。なので、実際に使用して能力を検証する必要がありました〕
言い終えると、卜部操? は、こちらに向かってビシッと指を刺す。
〔そこで。君の存在が、実に都合が良かった〕
「都合が……、良かった。とは?」
〔白河流星、君はとある理由で、○月31日 午後23時59分に死亡するというのが確定していました。なので、君を生き返らせることを条件に、検証に協力してもらうことにしたのです〕
「ちょっと待て、そいつはもしかして――」
〔――ちなみに、言っておきますが。私が君に協力してもらうことについて、強制などはしていませんし、ましては、そのような状況を、無理矢理作り出すなんて真似など絶対にやってませんので、悪しからずに〕
「あっ……はい」
とはいえ、そのような状況に置かれたら、大抵の人はうまい話に乗ってしまうのであろう。
もれなく僕も、その中のひとりであったということだったみたいである。
〔あくまで、協力です! いいですね!〕
力強く、念を押すように言われたので、僕は首を縦に振ることしか出来なかった。
〔よろしい。次に行ったのは検証の為の舞台を用意することです。白河流星の人生を映像フィルムとするならば、○月28日から、○月31日のフィルムを切り取って、最初と最後を繋ぎ合わせたものが、今の状態になります。なので、終わらない1日をずっと繰り返したり、時間遡行したりするのはその為です〕
「正直……、全く理解が出来ないが、なんとなくは分かる。だが、――それが出来るアンタは一体何者なんだ?」
〔いいですか? 世の中には知らなくてもいいことが沢山ありますよね。これは互いにとっての利害関係の為ですので。……後は、――分かりますね?〕
こちらに微笑みかけてくる表情は、いわば営業スマイルといった類の作り笑いである。
その瞳の奥では、これ以上の深追いはするなという、強いプレッシャーがあった。
「……はい」
〔では、なぜ白河流星に、このようなことをさせたのかについて説明しましょう。知ってのことですが、君には窃盗の容疑がかかっているね。なので、このまま生き返ったとしても、いずれ警察官に捕まって留置場行きになることでしょう。それでは検証に協力してもらってるのに可哀想……なので、その事実も修正してあげようと思ったのです〕
「それで、あんな面倒なことをさせていたのか……」
〔君は容疑から解放されて、私はさまざまな検証が出来る。これは実にウィンウィンですね!〕
「だが、その気遣いは無駄だったみたいだな」
〔あら、そんなことはないわ? だって、君は生き返るのよ〕
「はい!? だから、僕は生き返らないって――」
〔ごめんなさいね。私にとって約束は、契約と同義なの。だから君には生き返ってもらわなきゃ困るのよね。どうしても死にたいなら、生き返った後で、勝手に死んでもらえるかしら〕
「――んな、無茶苦茶な……」
〔説明は以上になるわ。それじゃあ、切り取ったフィルムを元に戻すわね。これで君は、命を落とす前の白河流星として、元の日常に帰ります。生き返るという意味でいえば、元より死んではないのだから、別に嘘をついてないわよね〕
「それって結構、ギリギリな論理だと思いますけど……」
〔結果が全てよ。じゃあ、瞼を閉じて頂戴。次に意識が覚醒したら、訪れるのはありふれた日常です〕
言われた通り瞼を閉じる。視界の外で何かが行われているが、もうこれ以上面倒に関わりたくもなかったので、言われた通りにしていよう。
〔最後になるので、お節介ついでに言っておきます。君にほんの少しでも、生きたいという意志が残っていたのなら。意識が覚醒したら、飛び込むように全身を左に大きく投げ出した後、振り返り様に、拳を前に思いっきり突き出しなさい〕
その言葉を最後に、スッと体が軽くなる感覚と共に、意識は微睡の中に落ちていた。




