04ー5 ロスタイム
『おやおや? 今更何を言いだすのかね? まさか、分からないなんて話ではないのだろう?』
僕の質問に、揶揄う素振りを口にしてみせた。
どうやら、質問の意図が分からない様子である。
「……ならば、質問を変えよう」
なので、もっと分かり易いように質問をしなおした。
「白河流星とは、――一体何者なのか?」
『――ほう。何故そんなことを、私に問いかけるのかね?』
「なんだ? アンタはこの問いに、答えられないとでもいうのか?」
『もちろん、答えられるとも。――白河流星は、何処にでもいる、ありふれた一般男性に他ならない。規則に準じ、派手さを好まず、交流関係は最低限に留める小心者である。それでいて、義理堅く、負けず嫌いで粘り強く、自分の信念を曲げない人物である。――とまあ、殊更改まると、なんともこそばゆいものだなあ』
「そうだな。――だが、人はどんなことにでも慣れられる存在である。その言葉を、僕は身をもって体験した。初めの頃は、繰り返される終わらない1日に、狼狽したりもした。人に刺される体験に戦慄もした。時間遡行なんて、存在し得ない体験に困惑もした。強盗なんて大それた行動に心が揺れた――」
全てにおいて、これらの経験は、普通に過ごしていたであろう白河流星には、起こり得ない未知の体験ばかりであった。
「もう一度言う。人はどんなことにでも慣れられる存在である。――アンタはどうなんだ?」
『そんなうぶな心は、とうの昔に消え去ったとも。相棒の言う通り、慣れとはなんとも恐ろしものさ。今では全ての行為が、ただのプログラミングされた特定の動作をさせるために、その条件が成立したか、それともしていないかを表す変数でしかない』
「それは違う! ――アンタは嘘を付いている」
『……どうして、そう言い切れる?』
「僕は見ている。――あの瞬間だ。今でも脳裏に焼きついて離れない。一瞬だけ覗かせた口角がきりりと上がった、笑顔の仮面を貼り付けたような表情だ。――アンタは楽しんでいた! ヒトを殺すのを!」
『あの時、ヒトを殺すという行為は、必要な行動であり、結果には変わりない筈だ』
「そうだな。アレは必要な行動だった……。だが、気に入らない! 白河流星は、――ヒトを殺す瞬間に、――笑ったりなんかしないっ!!」
『……何が分かるか。――お前に僕の何が分かるんだ!! 絶望しかない永遠を過ごす、この僕に。お前如きが知った口を聞くな!!』
今までとは明らかに様子の変わった様子を見せる。
それは、今までの激動を物語るように、言葉が荒れ狂う大波の如く押し寄せてきた。
『全てはこの瞬間の為に、――僕が生き返る為にしてきた。こんなくだらないお喋りは、もうおしまいだ。さあ、――お前も生き返りたいだろ! だからさっさと、その手に持つ短剣を使えっ!!』
「ああ、終わりにしよう。――だが、終わりにするのはこのループであり、生き返ることじゃない!」
『……はっ? 何を……、言い出すんだ……』
「僕は生き返らない。そして、このふざけた世界を終わらせる為にここに来たんだ」
『……何を言っているのか、分かっているのか!! 死ぬんだぞ!!』
「――死んだ人間は生き返らない。それは当然の摂理である。アンタは永遠の中で歪み、目的と手段を入れ替え、求めたものを自ら遥か遠くへと突き放した。それは、白河流星にとって、死んだといっても相違ないだろう。だから、瞬間は人生のロスタイムなんだ」
『認められるか!! ――こんなことか、認められるものか!!』
「アンタの意思なんか、どうでもいい。これは僕の、白河流星の意思だ。それに言ってたよな、何だっけか? 【他の誰でもない、これは相棒の物語だ! お前が消えて喜ぶ者に、生殺与奪の権利など他人に握らせるでないわ!】だったかな。その言葉、アンタに返しておくよ」
『――させるものか……。おいっ! 聞いているか!! 今すぐにでもやめさせろ!! このままでは、契約は果たされないぞ!! お前もだ! 卜部操! ヤツを捕まえて、無理矢理にでも従わせろ!!』
どうやら、なりふり構わず、強硬手段に打って出るつもりらしい。
[それが、白河流星の出した答えですか。――どうやら、これまでのようですね]
『何を、ごちゃごちゃ言っているんだ!!』
〔だから、これで終いだって言っているのよ〕
なんだろうか? 何かが変わったような、違和感? のようなものがあった。
『――終いだって……』
〔そうよ、白河流星は答えを出した。だからもう終いだって言ったの〕
『アイツはただのレプリカだ! あんな紛い物の言葉を、鵜呑みにするっていうのか!』
〔私が契約したのは、白河流星にであり、そこに真贋は関係ないの。それに、――私って苦いレモンの匂いが嫌いなのよね〕
『――お前っ! お前っー!!』
〔そこの君、手に持っている短剣で、そこに伸びている赤いコードを切って頂戴。うるさくってかなわないわ〕
機械に大量の配線が接続されている場所を指差しながら、卜部操? は、淡々と言い放った。
僕は言われた通りに、赤いコードを手に持つと、短剣の切先を当てがった。
『止めろっ! こんなことで、こんなところで終わらせてなるものか――』
「じゃあな。――アンタは、僕にとっての英雄だったよ」
『私が、――僕こそが。白河流せ――』
言葉を遮るように、赤いコードは切断される。
その瞬間、アレは言葉を発しなくなったオブジェクトに成り下がった。




