01ー2 見知った天井
『な、なんだってー!?』
わざとらしく驚いてみせた声が、スピーカーを通して聞こえてきた。
「あのー、まだ何も話してませんけど。一体何してるんですか?」
『リハーサルだよ、リハーサル。聞く側にだって、事前の準備が必要だとは思わないかね?』
「……はあ。そうですか」
れもんさんのイマイチ掴み所の無いやり取りは、言説の主導権がこちらにあるのにも関わらず、相手の強烈なノリのせいで、無理矢理押し流されてしまっていた。
――このままでは埒が明かない。
「そろそろ、話をしてもいいですかね?」
意を決したように声を上げて、こちらの意図を示した。
『どんとこい超常現象!』
「分かりました。では、――お話しします」
一旦深呼吸するように息を整え、緊張感を持って言葉を放つ。
「白河流星は、○月31日、午後12時1分、二人組の警察官に自宅にで取り押さえられ、警察署に連行されます」
『――何、……。だと……?』
一拍の間を置いた後、驚きの混じった声が聞こえてくる。
「リハーサルの意味、ありませんでしたね」
『――つまり……、アレかな? コレは、もしもしポリスメン案件てな訳かい?』
「誓って犯罪には手を出していません! 本当です! 信じて下さい!」
相手の言葉を打ち消すように、食い気味で強い言葉をもって訴える。
『ああ、もちろん信じているとも。泥酔状態の人の言う「全然酔ってませんよ」ぐらい信じてるさ』
「――それ、ほぼ信じてもらえてませんよね?」
『まあ、こんなことを言うのは犯罪教唆になるかもしれないだろうが、逃げたりなどは考えなかったのかい?』
「もちろん考えましたよ。――実際に、何度も、何度も、何度も試みました。でも、決して逃げることは出来ないんです……。もう、何が何だが、僕にも分からないんです……」
『――ん? いや待ちたまえ。なにか妙じゃないか? さっきから相棒の発言は、結論が出たものばかりだ。これではまるで、起こり得る未来を知っているかのようではないか?』
「――はい。知っています。――何度も体験してきたんです。この終わらない一日を、ずっと繰り返してきましたから」
力無く、脱力するような声は、疲れ切った僕の現状を表しているように、徐々に小さくなっていった。
『――ははっ、驚かすなよ。私は気が小さいんだ』
冗談めいた言葉であしらわれてしまった。どうやら信じてもらえてはいないようである。当然だ。こんな話を急に聞かされても、僕だって信じないし、信じたくもないだろう。
とはいえ、どうにかして、信じてもらわなければならないのだ。
――僕なら、どうすれば信じられるだろうか?
「では、こうしましょう。――実際に僕が言った、午後12時1分に、二人組の警察官が自宅に訪れれば、この話を信じてはくれませんか?」
少なくとも、発言の本意を示すことぐらいは出来るかもしれない。
今の僕に出来ることは、精々これぐらいだろう。
『――それが事実なのだとしたなら、少なくとも酔狂な戯言の類ではないと信じ、今までの話をまるッと聞き入れようではないか』
「約束しましたよ」
その後は、ただただその時が来るまで、じっとソファーで祈っていた。
1秒が、1分が、まるで引き延ばされた生地のように薄く伸びていくようであった。
だが、それはあくまで感覚の話であり、実際には正確に、確実に時は進んでいる。
──────
○月31日 (休日・午後12時)
スマートフォンの画面が、無慈悲にも、約束の時刻の直前を知らせてくれる。
「――時間です。間も無くチャイムが鳴る音が聞こえる筈です」
『まさに、今際の際といったやつだな』
「はい。今回はこれでさよならです」
『おいおい、別れ際にさよならなんて、悲しいこと言うなよ相棒。この話が本当ならば、また会えるさ。そうだろ?』
「――そうですね。その通りです」
スマートフォンに映し出されるデジタルの時間表記が0から1に変わった瞬間。
部屋には、終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。
僕は意を決して、玄関まで足を運んでいく。
後は、スマートフォン越しから聞こえてくるやり取りを聴かせれば、この話が本当だったということを報せるには、充分事足りるはずであろう。
『8時に待ってる』
「うん、すぐ行く。ダッシュでいく」
このやり取りを最後に、この白河流星の話は、結末を迎える事となった。
この後の事は、正直よく覚えてない。
二人組の警察官に身柄を拘束された後、パトカーで搬送されてる最中、僕の意識は酩酊するように歪みだし、ぷつんと意識を失った。
──────
○月31日 (休日・午前6時)
目を覚ますと、そこには見知った天井があった。
何度も見てきたその光景は、僕が自宅で目を覚ました際に、初めに目にする光景だ。
――ただ繰り返される、このふざけた日々に絶望していた。
そんな絶望の中に、今回はほんの少しの希望がある。
なにかが変わる、兆しがあるのだと。
ベッドから起き上がり、ソファーに項垂れるように座り込み、時が来るのをじっとして待った。
──────
○月31日 (休日・午前8時)
「後4時間で、どうせ僕は終わりなんだ……」
つぶやいったーに、諦めるようにして書いた辞世の句。
――その文章に希望にも似た、救いを求めて投稿する。
直後、ピコン! という着信音と共に、メッセージが届いた。
『よろしければ、私とお話しをしませんか?』
目にじんわりと、涙が滲んでいく。
スマートフォンの画面に映し出されたメッセージに、感情が溢れて流れだす。
僕にとっての英雄の登場に、縋るようにして通話機能に手を伸ばした。
『もう大丈夫! 何故って!? 私が来た!!』
その声に、その言葉に全身が高揚した。
奮い立つ気持ちを抑え込むようにして、第一声を口にする。
言葉はもう決まっていた。
「はじめまして、れもんさん」