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03ー16 生存戦略

 闇が奥へと誘う階段を、スマートウォッチの明かりを頼りに下っていく。

 

 閉鎖的空間だからなのだろうか? はたまた、実際に長かったのだろうか?

 一段ずつ確認するように、ゆっくりと下っているにしてもだ、随分と長い間、階段を歩いている気がしてならなかった。

 

 感覚が鈍麻していくような錯覚の最中、眼前には階段の終わりを知らせるように、ようやく扉が姿を現した。

 とはいえ、いきなり開くのは躊躇われた為、まずは扉に耳を押し当て、少しでも中の情報を得ようと試みる。


 聞き耳を立てると、中からは微かだが、何かが稼働しているような音が聞こえてくる。

 規則的な音以外には、特に分かるようなものはなく、不規則に発せられる音が無いことから、何かが他に動いている気配は無いようである。


 息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。


(よしっ、行くぞっ!)


 扉のドアノブに手をかけると、ゆっくりと回し、扉を引いた。


 中は暗闇が広がっていて、全貌を把握出来なかったが、どうやら人の気配は無いようである。


(はあー、よかったー)


 胸を撫で下ろし、安心したところで、ここがどのような場所なのかを調べていこう。

 

 隠すようにしてあった場所である。きっとここには何か重要な真実があるに違いない。


 取りかかるにあたり、まずは明かりをどうにかしたいところである。

 

 どこかに部屋を照らす明かりのスイッチがあるかもしれないと、入り口付近の壁を照らしていると、何かのスイッチを発見した。


(コレが、部屋の明かりのスイッチだろうか?)


 スイッチを押すと、部屋がパッと明るくなり、ようやく全貌が明らかになった。


「――はぁ!? なんなんだよ……。コレは……」


 目の前には、驚くべき異様な光景が広がっていた。

 

 中央には検査台が置かれており、その上には首より上の無い人間と思われる体が置かれている。その傍らには一緒に短剣が置かれていた。短剣にはアゾットと刻まれており、柄には何かをはめ込む窪みが彫られている。

 そして検査台を中心に、床には幾何学模様で描かれた陣のようなものが描かれていた。


 壁際には、等身大の人型の人形だろうか?

 それにしてもだ。人形にしては妙に生々しく、今にでも動き出しそうなモノがケースに陳列されている。

 その中には、陶器のような美しい白い肌に、日本人形のような黒々と艶やかな髪をした、見覚えのある成人女性の姿もあった。


 さらに、それらを形成するであろう、目や耳や鼻といった人の部位であろうモノが、棚に種類別に保管されていた。

 そのパーツのは驚くほど多く、心臓や肺、はたまた大腸といったように、人を形成するのに必要なモノは全て揃っているようだ。

 それらは本物のモノと瓜二つな程、精巧に作られており、素人が見てもソレを判別することは不可能な程である。


 これらだけでも充分に驚くべき要素があるのだが、一番理解を拒んだのは、間違いなくソレであった。

 

 部屋の奥には、巨大なコンピューターが置かれており、機械には大量の配線が接続されている。

 それらの配線は、隣に置かれた水槽に繋がっていて、その中央に浮かんだ人の脳らしき肉の塊に接続されていた。

 そして、水槽を飾るようにして取り付けてある、金ピカで派手な額縁の装飾が、まるでソレを美術館に展示されている、芸術と呼ばれる名画の如く、アートに昇華させていた。


『やあ。こうして直にお会いするのは、相棒にとっては、はじめましてになるんだろうかね。ようこそ、私のラボへ。どうかね、感想は? 似合っているかい? 額縁は曲がっていたりしていないかね?』


 頭から聞こえてきたものとは違う、部屋のどこかにあるスピーカーから声が聞こえてくる。


「………………」


 思考がうまく働かない。

 と、いうよりかは、理解したくないといった具合だろうか。

 全てを拒絶するかのように、相手の言葉がまるで頭に入ってこなかった。


『沈黙は肯定とみなすが、よろしいかね?』


「……アレが、アンタの正体だっていうのか?」


『そうだとも。コレが、今の私の姿だよ。真実を知って絶望でもしたかい? まあ、残念だが、相棒だって人のことを言えた義理ではないとは思うがねぇ』


「……!? ――それは、どういう……、ことだよ?」


『ここまで辿り着いた相棒には、真実を教えといてあげようじゃあないか』


「――真実って、いったい……」


『それはだね。――相棒は、もうとっくに死んでいるんだよ』


「僕が、――死んでいる?」


 意味が分からなかった。

 

 だって、こうして動いているし、喋ることだって出来る。

 なのに、死んでいると言われても、とても信じられるわけがない。


『まあ、信じられないというのも無理はないだろうが、考えてみるといい。――生きている人間は、終わらない一日をずっと繰り返したりなどはしないし。ましでは、時間遡行なんて起こりえる筈もない。ということをね』


「それは――」


 その通りである。

 

 今までの体験は、いわばイレギュラーな出来事である。

 とても生きている人間には、起こりえる筈もないものばかりだった。


「だったら。……僕は、いったい何の為に、こんなことをしていたんだ……」


『勿論、理由はあるとも。相棒には、これからやってもらわなければならないことが、まだ残されているからね』


「これ以上。……僕に、何をしろっていうんだよ……」


『それはだね、相棒にとって、今一番心の底から望んでいることに違いないだろうよ。率直に言えば、白河流星しらかわりゅうせいが、生き返る方法とでもいうのかね』


「――!! それは、本当か!!」


『本当だとも。その為に、我々は今まで一緒に苦難を乗り越えてきたのだよ。さあ、これからがメインステージだ。そしてこの言葉が、相棒に伝えるべき最後のメッセージである。【全てを揃えし時、その赤き力が、迷える魂を在るべき場所へ帰すだろう】』


「――全てを、揃える」


 その意味を考えた時に、今までに体験した出来事に、今目の前にあるモノを組み合わせると、事象の点と点が繋がり、一つの線となって、とある回答が導き出されていた。


「――ああ。……そういうことだったのか」


 それは、紛れもなく残酷で、信じがたく、それでいて嫌悪するような。

 だが、今だからこそ理解が出来るものであった。


 ――やらなくてはならない。


 これから行われるのは、白河流星しらかわりゅうせいにとっての、生存戦略である。

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