表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

03ー11 幕は切って落とされた

 ○月29日 (平日・午前10時30分)


 駅の近くにある百貨店に行き、必要となるだろう品物を取り揃えておくことにした。


 まずは、正体を隠す為にも顔を見られては困るので、パーカーを購入しよう。

 フードを被れば、ある程度の効果も見込めて、尚且つそこまで違和感も与えにくい。


 後は、スマートフォンが使えない為、正確に時間を把握する術が無い。

 それと、停電すれば館内が暗くなることが予想される。

 その二つを同時に解決する為に、スマートウォッチを購入しておこうと思う。

 

 とりあえず、時間の確認とライト機能さえ使えれば、それ以外の機能はひとまずは必要としていないので、それらが使える最低限のものを購入した。

 これの良いところは、何より嵩張らず、手を塞ぐ心配がない。

 そして、身に付けていて違和感がないという点にある。


 どうして、違和感を気にするのかといえば、違和感というのは、どうしても相手の印象に残ってしまうからである。

 それがどのように些細なものであっても、印象に残るというのは、それだけでリスクにしかならない。

 木を隠すなら森の中というように、自身を隠すには、同種の物の群がりの中に紛れ込ませる方法が最適である。


「準備はこれで整ったな」


『(遂に、やるんだな!? 今、……! これから!)』


「あぁ!! 勝負は今!! これから決める!!」


 決意を新たに込めて、向かうは美術館。

 

 そして、求めるは、【赤きティンクトゥラ】の奪還。


 幕は切って落とされた。


──────


 ○月29日 (平日・午前11時)

 

 本日は館内の設備点検の為に、閉館まで残り1時間となっている。

 

 とりあえず中に入って行ったが、やはり館内のお客の数はそれ程多くはなかった。

 それよりも気になったのが、前回入り口には警備員が一人立っているだけであったが、本日は二人に増えていた。

 やはり、停電するのを見越してか、警備員の数を増やしているらしい。

 大量の警備員というわけではないが、数が増えたというのはそれだけ厄介である。


 まずは、館内をチェックする為にも、ある程度見て回りたいので、暫くは展示物を観てまわるフリをして確認しておこう。


 ここで確認しておきたいのは、館内の扉である。

 

 この扉がどのようなものなのかを把握しておきたかったのだ。


 停電する際に一般的には、オートロックは解錠される機種が多いとされているらしい。

 しかし、中には停電時、解錠はされず、施錠されたままというパターンのもあるといわれている。

 これらを素人が扉を見ただけで、どのようなものかを判断するのは正直難しいだろう。

 であれば、これらは初めから施錠されたままになると思って行動するしかない。

 

 では、扉の何を見ているのかといえば、手動で回して解錠することが出来る、サムターンが有るかどうかを確認していていたのだ。

 サムターンとは、扉に付いているつまみのことで、これがあれば停電時にも内部からなら手動で扉を開けることが出来るようになっている。


 運搬通路とされている扉には、サムターンの確認が見て取れた。

 脱出時はこちらの扉を使用すれば、少なくとも外に出ることは可能であろう。


 これで、建物からの脱出の件もどうにかなるだろう。


 その後、休憩所まで行くと、自販機から缶ジュースを二つ買うと、それをパーカーのポケットの左右に入れて、ソファーに座った。


 スマートウォッチを見ると、時刻は午前11時30分に近づいていた。


 ここまでで、対象の入手、及びその隠蔽。及び、建物からの脱出の目処が、ようやく立った。


 とはいえだ、建物への侵入はどうするのか?


 これについてだが、残念ながら外部からの侵入は不可能だと判断した。

 前にも言ったが、一般人は鍵開けの技能など持ち合わせてはいないし、誰かに見せかけるように、風貌や服装などを変えるような変装の技能もありはしない。

 建物に外部から入るのが不可能であるならば、一体どうするのか?

 

 その答えは、シンプルに建物内部に潜伏することである。

 

 これであれば鍵開けの技能は要らないだろう。というか、僕が取れる手段がこれしかないのだ。


 仕方がなかったんた! 手段を講じるにしたって、残された時間も手段も限りがある中でのミッションだ。初めから完璧に物事を進められるわけがなかった。


 と、まあ。愚痴をこぼした所で仕方がない。とにかく、これらでやるしかないのだ。

 

 潜伏に当たっての条件としては、人の目には付かず、監視の及ばない場所がベストである。


 そんな場所が果たしてあるのかと言われれば、それが有るのだ。


『(結論から申し上げると、選ばれたのはトイレでしたってか? 随分とまあ杜撰な潜伏先ではないかね)』


「(仕方がないだろ。条件の合う場所を考えたら、ココが一番適していたんだ。他に候補が有ったら是非とも教えてほしいですね)」


『(ならば、せめて女子トイレにでも潜伏したらどうかね? 見たところ警備員は男性だったようだし、侵入してくる可能性が少しは下がるかもしれんよ)』


「(……まあ、心理的に女子トイレに入るのは抵抗があるのは確かだが)」


『(とはいえ、警備の観点からいっても、女子トイレだろうと有無を言わさずに、確認に入るのが通例だとは思うんだがねえ)』


「(その時は、――覚悟している。僕だって一度でこの件を成功させられるとは思ってない。とはいえ、やるからには最善は尽くすだけだ)」


 例え今回失敗したからって、諦めなければチャンスはある。為すべきことを、為すためなら、あの時味わった死という、この上無い苦痛でさえも、本っっ当ぉぉは嫌だが、受け入れて進むだけである。


──────


 ○月29日 (平日・午前12時)


 男性用トイレは、個室2個と、小便器3個設置されており、僕はその個室の一つに息を潜めて待っていた。


 ――そして、その時はやってきた。


 トイレの照明が消えると同時に、訪れた闇の空間。

 

 静まり返るのと相反して、心拍がドクンドクンと脈を打ち高まっていくのが分かった。

 耳を澄ませれば、きっと心臓の音が聴こえていたに違いないだろう。


 暫くは、その場から動くことすら出来ずにいた。


 ――だが、焦ることはない。


 ゆっくりと空間に、雰囲気に身体を慣れさせていこう。


 そうして闇が訪れてから、大体30分程度の時間を掛けつつ、ようやく個室の扉を開くと、スマートウォッチのライトをつけ、トイレの入り口まで歩いていった。


 一度ライトを消すと、入り口から顔を覗かせるようにして、外の様子を伺った。


 そこには、同じ闇の空間が広がっていたが、まだ何処となく人の気配を感じる気がして、行動するタイミングとしては、まだ早いだろうと判断した。


 ライトを再度つけて、個室のある場所まで戻ってくる。


『(どうした? ここまで来て日和ってしまったわけではあるまいなあ? なあ、どうなんだね?)』


「(……黙ってろ。今はアンタに構っている暇は無いんだ)」


『(ハイハイ、そうですかい。ではでは、お手並み拝見と致しましょうかね)』


 僕はポケットから缶ジュースを取り出すと、それをトイレタンクの蓋の上に置いた。


「(これは保険だ。とりあえず、これから女子トイレに場所を移し、潜伏して来たる瞬間を待つことにする)」


『(おやおや、何やら仕掛けるつもりらしいね)』


 急いで事を済ませた後に、女子トイレに移動する為、忍び足にで素早く移動した。

 それ程の距離ではないにしろ、やっぱり緊張はするものである。

 

 女子トイレの中に入ると、ライトをつけ、内部を確認しておく。

 

 女性用トイレは個室が4個あった。隠れることがあれば、必然的に一番奥の個室を選ぶであろう。

 勿論、それは一番入り口から離れていて、確認の際には自然と最後になるだろうという、心理的な要因からである。


 ――と、その時である。


 遠くの方からだが、複数の足音がこちらに向かって歩いてくるのを察知した。

 

 その瞬間、奥にある個室に足音をなるべく消して向かい、急いで中に入ると、ライトを消し、息を潜めた。


(――こちらに来るのか? このタイミングでか!? これからどうする!? 一体どうすればいいんだ!?)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ