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03ー10 キツネの台詞

 完全犯罪というからには、犯行の手口が社会的に露見してはいけない。

 

 かといって、僕はただの一般人であり、世界を股にかける大泥棒ではないし、月下の奇術師などでもない。

 鍵開けの技能など持ち合わせてはいないし、誰かに見せかけるように、風貌や服装などを変えるような変装の技能もありはしない。

 ならば、僕が行うのは現実的な確実性を重視したタイプの手口になるだろう。


 そこで問題となるのは。


 1:建物への侵入。

 2:対象の入手、及びその隠蔽。

 3:建物からの脱出。


 大まかにいえば、この辺りが最大の難問であると言える。

 中でも、対象の隠蔽が一番厄介な部分であることに、間違いないであろう。

 

 対象のある場所が美術館というのもあるが、展示されているものであるならば、それが無くなってしまえば、犯行が社会的に露見するのは最早避けられない。


 では、どうするか?


 その答えを示す為に、僕はとある場所に向かっていた。


──────


 ○月29日 (平日・午前10時)


 レンガの外装をした、西洋らしい雰囲気のお店の前に着いた。

 

 店の看板には【ル・プチ・プランス】と書いてある。

 それは過去に戻った際に、目覚める場所としてどうやら指定されているお店である。


 前回、過去に戻った際に【赤きティンクトゥラ】のレプリカがコチラのお店にあるという情報を得ていたので、そのレプリカを借りて、本物の【赤きティンクトゥラ】と入れ替えてしまおうというのが、今回の算段である。


 入り口の扉を開くと、鐘の音が鳴り、カウンターで本を読んでいた卜部さんが、こちらに顔を向けた。


[いらっしゃいませ]


「こんにちは。その節は助けていただきまして、ありがとうございました」


 路地裏で倒れていたとされる僕を、救護の為に店に運び入れ、介抱してくれた卜部さんにお礼を告げ、深々と頭を下げた。


[貴方は路地裏で倒れていた方ですね。突然いなくなっていたので心配しましたが、元気な様子を見て安心しました]


「すみません。……あの時は気が動転していたみたいで、その場から逃げ出しちゃいました」


[構いません。私は貴方が無事なのでしたら、それで充分です]


 お礼が言えたことには安心したが、今回の目的はソレではないのだ。


「ところで、こちらのお店では、商品をレンタル出来ると聞いたのですが?」


[はい。ご要望の物がこちらに有りましたら、レンタルすることは可能です]


「それでしたら――【赤きティンクトゥラ】のレプリカをレンタルしたいのですが、どうでしょうか?」


[【赤きティンクトゥラ】――ですか、それを一体何処で知り得たのでしょうか?]


「えーと、……確か、……風の便りで聞いたような気がするんですが……。一体何処でだったかなあ?」


 まさか、過去に一度卜部さんから聞いたと言っても、信じてもらえるわけがない。


[――まあ、いいでしょう。今お持ち致しますので、少々お待ち下さい]


 そう言うと、卜部さんは読んでいた本をカウンターに置いて、バックヤードの方に向かって行った。


 待っている間、先程読んでいたとされる本がどんなものなのかが気になり、表紙を覗いてみた。

 が、しかし、書かれている文字がどうやらフランス語らしく、暫く拝見していたが、やはりそれがどういうものかを読み取ることは出来なかった。


[L'essentiel est invisible pour les yeux.]


「えっ?」


 何て言ったのか聞き取れなかったが、どうやらフランス語だったみたいだ。


[これは、作品に出てくるキツネの台詞です。興味が有りましたら是非調べてみて下さい。タイトルは【Le Petit Prince】です。ちなみに、このお店はこちらのタイトルから取らせていただきました]


「なっ、……成る程。そうなんですね」


 確かに気にはなったが、今はそちらに時間を割くような余裕を持ち合わせてはいなかったので、これらは後にすることにした。


[そしてこちらが【赤きティンクトゥラ】のレプリカとなります。レンタルの期間はどの程度でしょうか?]


「とりあえず、一週間程を予定しております」


[分かりました。では、料金はコチラになります]


 電卓で表示された料金を財布から出し、支払いを済ませると、【赤きティンクトゥラ】を手に取った。


[お店の営業は、基本的に、午前9時から午後の17時となっております。返却の際には、その間に入店なさって下さい]


「はい。分かりました」


[それと、お分かりとは思いますが、そちらの商品はレプリカでございます。その事をどうかお忘れなきようお願い致します]


「あっ、……はい。それはもう、もちろんですとも……」


 これから完全犯罪の為に使用するなどとは、とても言える筈もなく、言葉を濁しながらも、お店を後にするのであった。

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