03ー9 タイムリミット
○月28日 (平日・午後15時)
空木シティホテルは、空木駅から徒歩5分の、ファミリーやカップル、一人旅や出張などさまざまなニーズに応えられるシティホテルである。
空木市に自宅がある身としては、使用する機会など無いだろうと考えていたが、この様なことがきっかけで来ることになるだなんて、思いもよらないことだっただろう。
ホテルのエントランスを抜けると、広々したロビーには、フロントデスクがある他、ソファーやテーブルが設置されており、観光などで疲れた際の休憩や、喫茶で時間をつぶしているお客がちらほらと見受けられた。
まずは、手記に書かれていたホテルがここで正しいのか、本当に部屋は借りてあるのかどうか、とにかく確かめてみよう。
「すみません」
〈いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?〉
フロントスタッフの元気な声が返ってくる。
確か、部屋の番号は312号室だったはずだ。
「312号室へのチェックインをお願いします」
〈はい。それでは、ご予約者のお名前の確認を致します〉
「白か――」
苗字を発言する途中で違和感に気づき、口を噤んだ。
(いや、待てよ? 部屋を使ってほしいと書いてあったが、予約の時点では、本人が部屋を借りていたとしたら、名乗るべき名前は、僕の名前ではないのではないか?)
「きっ、……霧崎、朱です」
〈312号室の、霧崎朱様ですね。お待ち下さい〉
フロントスタッフは、名簿と部屋番号を照らし合わせ確認をしていた。
多分、これで合っていると思うのだが、果たしてどうだろうか?
〈お待たせしました。確認が取れました。お帰りなさいませ、霧崎朱様。こちらが鍵となります〉
自分の名前ではない、よりにもよって、霧崎朱の名前で自分が呼ばれていることに、もの凄く違和感というダメージを背負いつつも、差し出された312号室のシリンダーキーを受け取った。
とりあえず、手記に書かれていた内容は、正しいものだったようである。
〈それと、霧崎朱様が戻ってきた際に、渡してほしいとの封筒を、白河流星様より、フロントにて預からせていただいております〉
そういうと、フロントスタッフから茶封筒を受け渡された。
「あっ……。ありがとう、ございます……」
コレはわざとやっているんではないか? と、思う程度には、僕の心は掻き乱れたが、表面ではなるべく平常心を保ちつつ、足早に312号室へと向かっていった。
『(いやー、それにしても相手さんは、相棒の嫌がることをよく熟知しているみたいだねー。実に関心させられるよ)』
「それに関しては、アンタも全然負けてないから、安心しなよ」
『(そうかい。そいつは嬉しい評価だね。小躍りしたくなっちゃうよ)』
「……やっぱり、アンタの方がウザいかもしれないわ」
312号室の前に着くと、シリンダーキーをドアに差し込み、なるべく音を出さないようにゆっくりと鍵を開け、慎重にドアを開いた。
万が一の場合も考えて、聞き耳を立てつつ、忍び歩きで、用心には網を張れと、いわんばかりの体制で部屋に入っていく。
中は、シングルルーム、広さ18平米のワンルーム。6畳程度の広さである。
人の気配は感じられないが、出来るだけの確認はしておこう。
まずは開けられる場所、クローゼット、洗面所、シャワールーム、トイレを調べた。
最後にベッドの下を確認したが、とりあえず不審なものは見つからなかった。
「これだけ確認して何もないなら、ひとまずは安心だろう」
『(であれば、これからは312号室を拠点にするのが賢明であるな。わざわざネカフェで滞在するという、無駄な日々を過ごさずに済むってわけだ)』
「ソウデスネ」
『(それはそうと、さっき受け取った封筒の中身を、すぐにでも確認しようではないかね)』
確かに、中身が気になるところではある。
持った感じは、何やら中に小さな硬い金属のような物が入っている感じだったが、果たして何だろうか?
茶封筒の封を破り、中身をひっくり返してみると、鍵と、手紙が姿を現した。
「鍵と手紙? これは一体何処の鍵なんだ?」
見たところ、特に特徴のない、シンプルなデザインの小さな鍵である。
これだけでは、何に該当する鍵なのか判断するのは難しい。
ひとまず鍵は置いておき、手紙の中身を読んでみる。
「なになに、【王子さまが最後の目的地への道標になるだろう】?」
ん? これは、何かの暗号か、または、なぞなぞの類いだろうか?
すぐに思い当たる場所に、心当たりは無く、何を意味しているか、今のところ予想が付かない。
「ああ、もうっ! 書くなら書くで、もっと分かり易くしろって! 何でこうもめんどくさいんだよ!」
『(そりゃあ、アレでしょう? 物事を少しでも楽しませようとする、当事者意識の賜物でしょうよ。ウン、ウン。分かりますとも)』
「頼まれてもいないのに、余計な世話を焼いたりする行為を、俗におせっかいって言うんですけどね」
『(そんな七面倒臭い奴がいるのかい。全く、親の顔が見てみたいものですなあ)』
「………………」
『(おや? どうしたのかね、いきなり黙り込んで。言いたいことがあるなら、ズバッと言いたまえよ)』
「……何故ですかね。言いたいことが、たった今、サッパリ無くなりましたよ」
『(左様か)』
こんなやりとりをしている場合ではない。
鍵と手紙の件は一旦保留で、今は【赤きティンクトゥラ】の奪還作戦について、計画を練らないといけない。
万引きすらしたことがない、この僕が、これからどうやって完全犯罪を成し遂げるのか。
それについて、時間の許す限り熟考し、完遂する為の手立てを模索しなければならないのだ。
作戦決行のタイムリミットは、〇月29日の午前12時である。