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03ー6 希望的観測

 ――結論から言うと、失敗した。


 あの後、美術館から【赤きティンクトゥラ】が盗まれないように、なるべく張り付いて監視をしていたが、これといった変化は訪れずに、最終日となる○月31日の午後18時は過ぎていき、美術館は何事もなく閉館した。


 その間は、家に戻るのは、もしかしたら過去の自分に遭遇する可能性があった為、避けることにした。

 この過去に戻るという現象が、人物を過去に戻すものなのか、そうではないのかは未だ定かではない。

 遭遇することによって起こり得るリスクも、もしかしたらあるのかもしれない。

 であれば、避けられるリスクは、極力減らすのがベターな選択だと思い、ネットカフェに滞在して日々を過ごしていた。


 そして今、こうして【赤きティンクトゥラ】が盗まれなかった事実をしっかりと噛み締め、希望を胸に安心して眠りについた。


 ――筈だった。


 自宅で目を覚ました僕は、余りにも見慣れた光景に愕然としていた。


 そもそも何故、自宅で目を覚ましたのか?

 

 使えなくなっていたスマートフォンが、どうして使えるようになっているのか?


 ディスプレイに表示されている、○月31日 午前6時という文字を見て、どれだけ憎悪の念を抱いたことだろうか。


「――れもんさん!! なあ、聞いているんだろ!!」


 僕の掛け声に、れもんさんは応答しなかった。


「ふざけないでくれよ!! いいからさっさと返事をしてくれ!!」


 だが、やはりれもんさんは沈黙を続けるばかりだった。


 何か、変化があったのだろうか?

 

 もしかしたら、これはループではなくて、ループに近い別の何かなのだろうか?

 

 こうして起きた出来事を覚えている、自分自身を含めれば、今まで起きていたループと今の現状は、多少なりとも違うものなのかもしれない。


 それはなにより、前回得た知識があるこの僕が、きっと誰よりも、強く感じとっていた。


 だからこそ、やらなくてはいけない事は、もうとっくに分かりきっている。

 

 何も難しい話ではない、また繰り返せばいいだけだ。

 それだけならば、れもんさんがいなくたって出来ないことはない。


 ズボンの中に【赤きティンクトゥラ】が入っていることも知っている。


 テレビを見れば、市内の美術館にて展示品が盗まれているニュースも確認出来る。


 郵便受箱には、霧崎朱きりさきしゅうが残した、一通の茶封筒が入っていて、中身が写真と地図と手紙だってことも分かっている。


 そして、――路地裏で何者かに首を刺されて殺されることも分かってしまっているのだ。


 その事実が、これから起こり得る現実を拒絶しようとしている。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ。死ぬのは嫌だ……)


 知らなければ良かった。喉を裂かれた強烈な感覚が、痛みが、忘れたくても、身体はしっかりと覚えている。

 喉に深く沈んでいくあの金属の冷たい感触を、もう一度体験しろというのか?


 ――冗談じゃない。

 

(そんなこと、到底容認出来る筈がないだろ!)


 やらなくてはいけない事と、出来る事はイコールでは無いのだ。


(――もしかしたら、他に方法があるかもしれない)


 条件は、何も殺される事とは限らないかもしれない。


(時間か? 場所か? 人物か?)


 ――まだ、分かっていないだけなのだと。

 

 可能性がきっとあるのではないだろうかと、踠きながらも、希望的観測を繰り返し続けるのであった。


──────


 ○月31日 (休日・午前6時)

 

 ――結論は出なかった。


 これで、最早何度目の○月31日になったのだろうか。


 数える事すら、もうどうでもよくなっていた。


 時間は有限だ、例え無限にあったとしても、心まではそうとは限らない。


 その言葉が、否が応でも突き刺さる。


 ――いつのことだっただろうか?


「後4時間で、どうせ僕は終わりなんだ……」


 といった、諦めるようにして書いた辞世の句を、つぶやいったーに投稿したのは?


 今更になって、思い出したように、もう一度投稿をする。

 ――その文章に、あの時の希望にも似た、救いを求めるように。


 直後、ピコン! という着信音と共に、メッセージが届いた。


『よろしければ、私とお話しをしませんか?』


 スマートフォンの画面に映し出されたメッセージを見て、通話機能に手を伸ばした。


『もう大丈夫! 何故って!? 私が来た!!』


 その言葉を聞くのは、いつ以来なのだろうか?

 

 時間の概念も滅茶苦茶になった今では、そんなことすらよく分からないでいた。


「――僕は、どうすれば良かったんですか?」


『はじめましてって言えよぉ!!』


「……なあ、アンタなら知っているんだろ! 頼むから教えてくれよ! 頼むよ……、れもんさん……」


『キャンキャン、キャンキャン鳴いたりして、まるで子犬のようだな相棒よ。私からの忠告は覚えているかね? 己の判断に後悔を持たぬこと。決して諦めないことと言ったではないか。もう忘れてしまったのかな?』


「――どうだっていい……」


『ん? なんだって?』


「――そんなこと、どうだっていいっ! もう……、疲れたんだよ……。アンタは、そうやって傍観者気取りでいいだろうが、こっちはもう、なりふり構っていられないんだよっ!! どうせ知っているんだろ! だったら教えろよ!! 早く!! 今すぐにだっ!!」


『ふむ。――知らぬ間に、随分と擦れてしまったようだな。まあいい、私と相棒の仲だ。今回だけ特別に手助けをしてあげようではないか』


「――本当か!? 本当なんだな!?」


『勿論、本当だとも。ところで、今回はまだ何も確認をしてはいないだろうか?』


「――ああ、まだ何もしていないが」


『ならば、ヨシ! では、暫くしたら相棒の部屋にチャイムが鳴るだろう。それに出るといい』


「分かりました! ありがとうございます!」


 よく分からないが、これでどうにかなるのであれば、もうなんだっていい。

 こんな状況を早く抜け出して、自由になれるのであればなんだってやってやるさ。


──────


 ○月31日 (休日・午前10時30分)


 自室でじっとして待っていると、玄関の方からチャイムの音が鳴り響いた。


 これが、れもんさんが言っていたものだろうか?

 

 今の時間なら、警察官が自宅に来たものではない筈だ。

 とにかく玄関まで足を運んで、覗き窓から外を確認してみる。

 

 しかし、そこには何者の姿も映し出されることはなかった。


(誰もいない? 妙だな?)


 とりあえず、確認の為にドアノブに手を掛け、玄関を開け放った。


 ――その瞬間だった。


 覗き窓の死角から姿を現した、フードを深く被った何者かに不意打ちを受け、玄関の中に突き飛ばされた。


(がはっ! あっ、頭がっ!)


 倒れた衝撃で頭を強打した影響だろうか、ぼんやりして手足に力が入らない。焦点も定まらないでいる。


(どう……して。奴が、ここ……、に)


 思考はぐらつく意識を保つのがやっとであり、そこにまで割く余裕が足りないでいた。


 ぼやけた視界に映るのは、相手の袖先から覗かせる、金属類の放つ鋭い切先が、こちらに向けられている姿であった。


(だっ、駄目だ! 身体が動かせないっ……)


 身動きの取れなくなった僕を見下すようにして、その切先を首元に目掛けて、高く振りかぶっていた。


「やっ……。やめ……、ろっ――」


 制止する言葉も虚しく、喉に深く沈んでいく金属の冷たい感触が、現実を容赦なく切り取っていった。

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