03ー4 荒唐無稽な真実
『(確かに美術館に行くと言っていたが、もしや、本当にこのまま直接向かうわけではあるまいな?)』
「自分で言うのは癪ですが、お尋ね者ですよ。自ら捕まえて下さいって、自首をしに行くようなものじゃないですか」
『(ほう、それを聞いて安心したわ。何食わぬ顔して美術館に行こうものなら、とんだ大馬鹿者と笑い飛ばしていたところだったぞ)』
「もしかして、――本気で言ってるんですか?」
『(――本気だったが。違うとでも?)』
「ええ……。どれだけ信用無いんですか、僕って……」
『(日頃の行いこそが、人の信頼を得るのだ。――相棒よ。では今、何処に向かっているのかを答えてみよ)』
「――それは……、美術館……。ですけど。ちょっとだけ、様子を見に行くだけですって」
『(ほれ、みたものか! この大馬鹿者が! なぜ、馬鹿真面目に向かってしまうんだ! 知っていたわ、馬鹿め!)』
「大きな声を出さないで下さいよ。もう! 耳が痛い忠告をどうも。――もれなく頭も痛いですから……」
確かに、言われたことについては、返す言葉も無い。だが、気になってしまったからには調べるしかないだろう。
「でも、さっきの話、やっぱり気になるじゃないですか」
『(赤い石が美術館にあるって話のことか? そんなものを信じてどうするよ。じゃあ何か? 相棒が持っていた石は偽物で、警察に捕まった理由は、別にあったってことですかね? 余罪があるなら根掘り葉掘り聞こうじゃないか)』
「無いですよ! そんなものは。――多分ですが……」
自分の記憶が定かではないために、やはり断言が出来ない。
『(まあいい、どのみち相棒がすることを、私は止められない。勝手にすればいいが……。せめて身バレを防ぐ策を講じるぐらいはしてくれよ)』
「はい……。そうします」
ということで、美術館に行く前に店に立ち寄り、顔を隠す為のパーカーを購入すると、すぐさま着替えることにした。
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美術館は市が推進するアートによるまちづくりプロジェクトの拠点として、市長が力を入れているミュージアムである。一般公開されており、現在、市長が集めたコレクションの展示会を開いている。
「れもんさん、やっぱり変ですよ」
『(変とな?)』
美術館前に着いた時、違和感があった。
それは、あまりにも異変が無さすぎて、普通すぎるが為に感じたものであった。
美術館で事件が起こったにも関わらず、警察官の姿は何処にも見えない。
そもそも、開館していたこと事態がおかしいのである。
「普通過ぎます。これってどういうことですかね?」
『異変が無いことが異変とな。詰まるところ、何も無かったと考えるのが普通だわな』
「そんなことって、ありえますか?」
『(だったら、それらを調べるしかあるまいさ。状況証拠を集めて、事実を確認するしか手立てはあるまいて)』
「まあ……、そうなりますよね。では、今から美術館に入りたいと思います」
フードを深く被り、何食わぬ顔を演じながら、美術館の中に入っていった。
入り口には警備員が一人立っている。入場者数は殆どいないらしく、警備はそれほど厳重ではなさそうだ。
館内を見渡すと、入り口のすぐ側には、それぞれ男子トイレ、女子トイレが設備されている。
右手側には休憩所と掲示板があり、左手側には物販コーナーがあった。
入り口を真っ直ぐ進むと受付があり、受付には一人の女性スタッフがいる。
受付のゲートを通り、先に進むと、美術品の展示場があり、その一角には市長の集めたコレクションが展示されているらしい。
展示品は監視カメラとセンサーで防犯されている為か、物理的に頑丈なケースには管理されてはいなかった。
展示場には運搬通路が備わっており、非常口としても使用されているみたいである。
(特に、変わった様子はないな。どうなってるんだ?)
館内をざっくりと観て周っていると、市長の集めたコレクションの展示品の中に、あるものを見つけてしまった。
「――どうして、ここにあるんだ……」
紛れもない、そこに展示されているのは、赤い石【赤きティンクトゥラ】であった。
つまり、石は盗まれておらず、事件など何も起きていなかったから、美術館は普段通りの営業をしているということになる。
それなら、確かにこの状況も理解出来るだろう。
だが、それを認めるということは。
今までの記憶を、――無かったことにしなければならない。
(……んだよ、意味が分かんねえ)
今までも、こうした訳の分からない状況は沢山経験してきた。
目を覆いたくなるような結果を目の当たりにする度に、少しずつ精神がすり減っていくのがわかる。
とりあえず、休憩所まで足を運ぶと、そのままソファーに座り込み、体を全力でソファーに預けた。
(これから、いったいどうすればいいんだ……)
問題すらわからない問いに解答するなど、雲をつかむような話である。
暫くソファーで項垂れていると、館内に蛍の光がスピーカーから流れてきていた。
掲示板に目をやると、閉館時刻は午後の18時と書いてあった。
(――もう、そんな時間になっていたのか)
どれほど休憩所にいたのかは定かではないが、もうすぐ18時になるらしい。
その時、掲示板を見ていると、隣にあった張り紙が目に付いた。
【〇月29日は設備点検の為、午前12時までの営業となります。ご了承下さい】
(29日? ――いや、そんなまさか……)
掲示物の剥がし忘れだ。その方が、まだ説得力がある。
――そんなことは、分かっている。
確かめなければならない。
――それが、どれだけ荒唐無稽な真実だとしても。
僕の足は、受付の方に向かっていった。
「すみません。お尋ねしたいことがあるのですが、いいですか?」
〈はい。どうされましたか?〉
「今日は、○月31日でしょうか?」
〈いえ、――本日は○月28日になります〉
(時間が、――戻っている!!)