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03ー3 レプリカの価値

 現在、路地裏から離れ、少し歩いたところにある駅ビルの中にいた。


 結局、あの後見つけられたのは、スマートフォンだけであった。

 他の所在は分からず終い。その見つけられたスマートフォンもご覧の始末である。

 どのみち、理屈不能な脳内電波が受信出来るようになった今となっては、急ぎで使う用件がない以上、修理をするにしても、この件はとりあえず後回しにしたところで問題はなかった。

 とりあえず、会話の際のカモフラージュとして利用することにしよう。


『(で、初めにやることが、介抱してもらったお礼の品選びって――それでいいのかよ? そんなもん放っておけばいいだろうに)』


「それとこれとは別ですから。こういうことはしっかりしておきたいんですよ。情けは人の為ならずって言うじゃないですか」


 後で顔を出すと言った手前、出向かない訳にもいかないだろう。とはいえ、そのまま出向いたのでは申し訳が立たないと思い、何か見繕っていこうと品物を吟味していたのだ。


『(まあ、相棒がそうしたいっていうなら止めませんよ。しかし、いいのかねそんな悠長にしていて。これじゃあ手掛かりなんて、とてもじゃないが見つけられませんなあ)』


「小言は結構です。それじゃなくても、頭に響いて気持ち悪いんですからね。コレ」


 従来の耳から聞こえる音とは違う感覚が、慣れるまでにまだまだ時間がかかりそうだ。 


「今のところ、手掛かりは路地裏で拾った手記ですが。これだって、相手が意図して残していたとしても不思議ではありません。手紙の件がありましたし、迂闊に鵜呑みにはできませんよ」


 くだんの出来事があった以上、どうしても慎重にならざるを得ない。安易に情報を飛び付くのは得策ではないとの判断からだ。


『(とはいえだ。我々に打つ手が無いのも、また事実であることに、変わりないだろうよ)』


「勿論、そんなことは分かってます。だから、ホテルに向かうのは最後の手段にしておきましょう。まずは、先にお礼を済ませてしまいます」


『(やれやれ……変なところが頑固な辺り、誰に似たのやらねえ)』


 れもんさんの愚痴を聞きつつも、ちょっとお高めなチョコレートをお買い上げ、足早に、骨董品店【ル・プチ・プランス】に向かったのである。


──────


 骨董品店【ル・プチ・プランス】は、レンガの外装をした、西洋らしい雰囲気のお店であった。前回は裏口から出て行ってしまった為、ちゃんと正面からお店を見るのはこれが初めてである。


 入り口の扉を開くと、鐘の音が鳴り、店内が顔を覗かせる。

 西洋アンティークを中心に、掛軸、絵画、刀剣、古家具など、和洋折衷様々なジャンルが、ワンルームに混在としていた。

 まるで、和洋中のフルコース料理のようである。


 卜部さんは、鐘の音を聞くと、こちらに顔を向ける。カウンターで大きな古時計を弄っており、顔にはモノクルを付けていた。


[いらっしゃいませ。白河流星しらかわりゅうせい様でしたか、お待ちしてました]


「改めまして。先ほどは、どうもありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、こちらをどうぞ」


 そう言って、先ほどお買い上げした、ちょっとお高めなチョコレートの入った小袋を、卜部さんに差し出した。


[頂戴致します。そろそろ、一息つこうと思っていたところでしたので。よろしければ、ご一緒に如何でしょうか?]


「あっ、はい……。僕なんかで良ければ」


 お礼を兼ねて来ているので、ここで相手の要望を拒否するのは心苦しかった為に、流れで承諾してしまう。まあ、これも仕方あるまい。


[では、お飲み物を用意してきますので、そこの椅子に座ってお待ち下さい]


 そう言って通されたのは、明らかに店に陳列されていたであろう、西洋のヴィンテージなダイニングセットであった。


 言われたままに、椅子に腰掛け待っていると、これまたレトロなティーカップセットに紅茶が注がれ、先ほど買ってきたチョコレートがテーブルに並ぶ。

 まるで、上流階級のお茶会のような雰囲気であり、なんだか場違いな気がして、若干落ち着かないでいた。


「とても恐縮なのですが、こちらの机や椅子って使ってもいいんですか? これって、見るからに商品とかではありませんか?」

 

[構いません。こちらに置かれているのは――そうですね。言うなれば、食品サンプルのようなものです]


「食品サンプル――つまり、レプリカってことですか!?」


 この見るからに年代物のような机や椅子が、偽物だって言われても、にわかには信じられない。


[――レプリカ……、ですか]


 僕の言葉を聞いた卜部さんは、そういうと静かに立ち上がり、店内に陳列されていた刀剣を手に取り、こちらに見せ付けてきた。


[では、こちらは何に見えますか?]


 そう言った卜部さんは、鞘から刀身を抜き出してみせる。すると、金属類の魅せる冷たい光沢の、反りのある銀の上身が姿を表した。


「刀――ですよね」


[はい、その通りです。では、聞き方を変えましょう。刀とは何でしょうか?]


「刀とは、ですか……。刃物ですから、やはり、モノを切るための道具でしょうか?」


[そうですね。では、こちらをご覧下さい]


 そう言うと、卜部さんは、刀の刀身を自らの腕に当てがってみせた。


 刀の重みで、刀身が皮膚に沈んでいく。


「えっ!? ちょっと、何してるんですか!!」


 その行動を見て、慌てて制止させる為に、前のめりになりつつ手を伸ばしたが、よく見ると、卜部さんの腕は傷一つ付いていなかった。


[驚かせてしまい、大変申し訳ありません。こちらは刃引きしてありますので、見ての通り、モノを切ることは出来ません。せいぜい相手に叩き付けて、気絶させるのがやっとといったところでしょうか]


 確かによく見ると、刃先は丸くなっていた。これではモノを切ることは難しいだろう。


 頭を下げる卜部さんを見て、大事にならずに済んだことに安堵した。


「そ、そうなんですね……。しかし、驚きましたよ。いきなりあんなことするんですから、心臓に悪いですよ……」


 とりあえず、一度席に座り直し、落ち着かせる為に紅茶を一杯口に含んだ。


[このように、モノを切るための道具である刀ですが、モノを切ることが出来ない刀とは、果たして本物と言えるでしょうか?]


「――うーん……」

 

 考え悩んでみたものの、すぐには答えを用意することは出来なかった。


[――では、ジェネリック医薬品については如何でしょう? まずは、ご存知でしょうか?]


「確か、新薬に比べて、安価に購入できる医薬品の事ですよね」


[はい。詳しくは、先発医薬品と同じ有効成分を、同一量含んだ製剤でして、効き目も安全性も同等なお薬のことをいいます。さながら、レプリカのようではありますが、先発医薬品と同じ作用が得られるコチラは、果たして偽物なのでしょうか?]


「……すみません。今の僕には、分かりません」

 

 本物と偽物の定義なんてものを、真剣に考えてこなかった自分にとって、この問題を答えるには、あまりにも認識が足りなかった。


[今すぐに、答えを出す必要はありません]


 卜部さんは、一口紅茶を含むと、店内の品々を見渡していた。

 

[店内に置かれているこれらの物は、確かに、私が趣味で作り上げたレプリカであります。私は個人輸入雑貨の貿易商をしながら、世界各地の品物を見て参りました。その中には、年代が古くなったり、何かのアクシデントによって破損したり、一部消失した物もあります。いずれ捨てられてしまうであろう、それらを個別に集めては、私の持つ技術を駆使し、修理をしてきました。これらはレプリカとしてですが、レンタルといった形で、撮影の小道具や、イベントでの貸し出し等で利用をしているのです]


「そうだったんですね。それにしても、よく出来てるなあ。これらがレプリカだなんて、言われなければ気付きませんよ」


[ありがとうございます。レプリカであっても、決して役割が無いということはありません。レプリカの価値を決めるのは、それを扱う人次第だと、私は信じております]


「――レプリカの価値か」


『(優雅にお茶をしばいている最中、突然失礼。少しは情報でも仕入れてみては如何かな?)』


 はっ! そうだった。

 

 本来の目的を見失ってしまってはいけない。

 

 目的が済んだ以上、やることは情報探索である。


「あのー、つかぬことをお聞きしますが【赤きティンクトゥラ】といったものについて、何かご存知ないでしょうか?」


 貿易商をしているとの事なら、もしかしたら、何かしら手掛かりが掴めるかもしれない。


[はい、存じ上げております]


「本当ですか!?」


[では、少々お待ち下さい]


 そう言うと、卜部さんはバックヤードの方に向かって行った。


 事のついでとはいえ、こうして手掛かりを手に入れることが出来たのも、巡り巡って己が為ってやつであろう。


『(どうやら、馬鹿真面目な取り柄が、少しばかりは役に立ったようでありますなあ)』


「(結果がちゃんと出たんですから、これで文句は無いですよね)」


 とりあえず、今後しばらくは、小言を挟まれる心配も無いだろう。


 バックヤードから出てきた卜部さんは、小さな箱を持って帰ってきた。


[お待たせしました。こちらです]


 卜部さんが箱を開けると、中には暗赤色の丸い石が入っていた。


 確かに覚えがある。見間違えるわけなどない。

 

 先ほどまで手元にあった、あの赤い石そのものである。


「これが――【赤きティンクトゥラ】」


[はい。こちらが【赤きティンクトゥラ】の、レプリカになります]


「――そうか……。レプリカか」


 そりゃあ、元々手元にあったものが、本物であったのならば、ここにあるものが、本物なわけがないのは至極当然のことである。


 とはいえ、あの赤い石が【赤きティンクトゥラ】だと判明した事実は、何よりの収穫である。


[もし、本物の【赤きティンクトゥラ】をご覧になりたいのであれば、市内の美術館に行けば、ご覧になることが可能です]


「ん? でも、今確か盗まれたって、ニュースでやっていましたよね?」


[盗まれた? さて? そのような話などは、聞いた覚えがありませんが]


 どういうことだ?


 盗んだ覚えは全然無いのだが、盗んだからこそ、先ほどまで手元にあったのだ。そのせいで、だった今も、警察に追われている立場である。

 

 卜部さんがそのことについて、知らなかっただけだろうか?


『(待て、待て。これ以上深追いすることもないだろうよ。むしろ、かえって余計な印象を与えかねん)』


 確かに、ここで事実確認をする必要はない。

 結果など、とうに分かりきっているのだから。


「――さっきの話は、気にしないで下さい。こちらの記憶違いだったと思います」


[そうですか。――もしもご覧になるのでしたら、今から向かわれても、まだ閉館時間までには間に合うかと思います]


「だったら、これから観に行ってみようかなぁ」


 これ以上、この場にいる必要も無いだろうし、口実を利用して、このまま退散するとしよう。


[でしたら、この辺でお開きにしましょう。ご馳走さまでした]


「こちらこそ、ありがとうございました」


 こうして、実りのあったお茶会は締め括られ、骨董品店【ル・プチ・プランス】を、後にしたのであった。

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