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三度めの人生と婚約解消



『君は近頃ぐんと大人になったから』


 と言ってレジナルドが寄越したのが、スミス子爵家との縁談だ。

 スミス子爵家は、子爵家ながら王家の傍流だ。誠実さと厳格を尊び、堅実な領地経営をすることで有名でもある。

 またあらゆる分野で質の良い職人をたくさん抱えていて、王家や高位貴族などの屋敷の調度品はすべてスミス子爵家にゆかりのある職人が作っていると言われるほどだ。


(子爵家ですが、王家の傍流。……いずれの場合に備えて何か力になっていただけるかもしれないと、そう思って承諾したのですが)


 しかし、現れたその人――クライドを見て、ジゼルは驚いた。

 婚約相手となったクライドは前世で、大恋愛を実らせたと社交界を騒がせた男性だったからだ。


(幼い頃から密かに思いを寄せ合い、親の反対を振り切って結婚したという方でしたか)


 名前を聞いただけですぐにわからなかったのは、前世で社交をあまりしてこなかったツケが回ってきたということだろう。

 恋愛事への興味が薄いということもある。当時は、まるで恋物語のようだなあとの感想しかなかったのだ。


(そういえば前世では勘当同然で男爵家の婿に入ったとのことでした……色恋事にはとんと興味がなく、子爵家の姓を忘れていたとは痛恨の極みです)


 前世、遠目から見た限りでは幸せそうに笑っていたその男性は、今世ではジゼルの前で優しく微笑んでいるのだが。


(まるで戦地へ赴く兵士のような目です……)

 すべてを諦めた者の目だ。

 賭博場に行き、有り金をすべて失ってしまったと、目から光を無くして帰ってきた組員の姿を思い出す。


(さ、さすがに実家の存亡のために、人様の幸せを犠牲にするのは良心が痛みます……)


 お金は一生懸命働けばなんとかなることが多いだろうが、結婚は一生だ。


「あの……失礼ですが、クライド様には他にお慕いする方がいらっしゃるのではないですか」


 ジゼルがクライドにそう尋ねると、彼は当然ながら当初否定したものの、最終的には観念して「思い合っていた人がいました」と懺悔するように告白をした。


「申し訳ありません。しかし、僕は貴族です。結婚する以上はジゼル様に生涯寄り添う、誠実な夫であると誓います」


 思わず肩を叩いて励ましたくなるような、儚い笑みだった。

 おそらくジゼルとの婚約は、彼に拒否権がないものだったのだろう。

 スミス子爵家は誠実と勤勉を尊ぶ家。次期当主となるクライドも誠実な人間と評判なのだと、ジゼルの結婚話に否定的だった兄が渋い顔で言っていた。

 彼が前世で恋人と結婚できたのは、婚約話が持ち上がる前に彼が発奮し行動したからに違いない。


(前世のあの幸せいっぱいの笑顔とは真逆です……誰も幸せにならない結婚は、いけません)


 そうと決めたら、やることは一つだった。


「私と一緒にこの婚約を解消し、クライド様がお慕いする方と結婚できるよう、一緒に頑張りませんか?」


 そう提案し、驚いて言葉もない男性から情報を聞き出した。


(アーロン男爵家とスミス子爵家は、釣り合いが取れていない家格ではありません。しかしクライド様がスミス子爵に結婚を認められなかったのは、スミス子爵家にとっては利益が少ない結婚だからです)


 つまりこの婚約の解消と新たな婚約の締結が、大きな利益を得られるものになればいいのだ。

 スミス子爵とアーロン男爵家にとってはもちろん、一度婚約を結んでしまったイグニス伯爵家が利益を得るのも大切だ。


 何の利益もない献身は、かえって不信感を招いてしまいかねない。

 そこで目をつけたのが、アーロン男爵家が所有する石炭――この世界ではまだ利用方法がない――の出る鉱山。

 それからスミス子爵家の抱える、腕の良い鍛治職人。


(この世界ではまだ強い鉄――鋼の大量生産ができません)


 鍛治職人が、熱した鉄を何度も何度も叩かなければ作れない鋼は非常に貴重だった。

 しかし男爵家の石炭と、特殊な構造の炉や装置が作れるだろう子爵家の職人がいれば、鋼の生産量は格段に上がる。

 その技術は日本の文明の中ではとうに廃れたものではあるが、この世界では飛躍的な技術革新となることは間違いなかった。


 要となる両家が確実にその技術を独占できるように、ジゼルはレジナルドに相談の上、両家に自身の婚約解消と、アーロン男爵家とスミス子爵家の婚約を提案した。

 イグニス伯爵家はその技術を伝える報酬として十年間の間鋼の製造で得られる一割の金額を求めたところ、両家ともそれを含めて諸手を挙げて了承し、今日を迎えたのだった。


(とっても良い方向に進みました!)


 清々しい幸せを噛み締める。

 王家の傍流との縁戚になれなかったこそすれ、これから鋼の生産によって更なる力をつけていくだろうスミス子爵家、アーロン男爵家と懇意になれたことは大きい。

 大きな利益は得るものの、暴利ではない報酬を提案した時点で不当な税の徴収を行うような人柄ではないとアピールできたはずだ。

 領地経営の帳簿も完璧に記し、厳重に管理している。

 違法薬物ダメ絶対も大々的に発信し、撲滅に取り組んでいる。着々と順調に、打倒冤罪の道を歩めているはずだとジゼルは胸を張り――


(――しかし、まだ不十分です)


 すんっと冷静になった。


(どうしてあの時、お父さまが狙われたのかを考えないと)


 今思い返しても、あの作られた証拠の綿密さは異常だった。長や使用人の証言も、脅迫や買収によってのものだと推測している。

 なんとしてでも徹底的に、イグニス伯爵家を潰すという気概に満ちていた。


(我が家は、権力闘争に一切の興味がない家。国政には携わりません。政敵もおらず、その点では狙われる要素はないわけですが……狙われる心当たりは、たくさんあります)


 ジゼルの頭にはっきりと、一人の男――レジナルドの姿がばばんと浮かんだ。

 生粋の女たらしであるレジナルドは、女性であれば誰も拒まない。誘われれば誰でもOKだ。

 特に三十歳以上の女性に誘われることが多いようで、年齢からして必然的に相手は既婚者、または誰か他の貴族の愛妾の女性が多かった。


 この国の貴族間では夫婦それぞれ愛人を持つことは悪いことではなく、珍しいことでもない。

 しかし、レジナルドは誰でもウェルカムすぎる。

 母数の分、修羅場が引き起こされる率は低くはないのだった。


(とはいえお父さまの女性好きは、仕事に活かすための情報収集という側面があるようですが)


 しかしそれにしても、節操がなさすぎる。

 他にいくらでも平和な情報収集ができるだろうとジゼルやエルヴィスが苦言を呈すものの、どこ吹く風なのだ。


(とはいっても、お父さまも伊達に社交力を武器にしているわけではありません。致命的な引き際は見極められているようですが……こじれた後始末はお兄さまが処理しているのも、それはお兄さまが処理できるギリギリを見極めているとも言えて……これはこれで最低な気がしてきました、一度軽く捕まってみてもいいかもしれません……)


「どうした、また難しい顔をして」


 知らず知らず眉間にしわを寄せて考え事をしていたジゼルに、エルヴィスがまた心配そうに眉を顰める。


「やっぱり疲れてるんだろう。お前は昔から無理をしすぎる、この間も完徹で……」

「いえ! 考え事をしていただけです!」


 過保護が始まり家に帰ることになりそうな危険を察知し、ジゼルはぶんぶんと首を振った。

 没落する未来、ひいては時戻りについては内緒にしておきたい。

 慌てたジゼルは、咄嗟に『考え事』を捻り出す。


「無事に婚約は解消されましたが、私はどんな方と婚約をするのかと思いまして……!」


 咄嗟に作ったとはいえ、これも最近考えていたことではある。


「ぜひともイグニス伯爵家の力になってくれる方がいいなあと思うのですが」


 具体的に言えば、もしもの没落の際に手を貸してくれる家がいい。


「何、そんなことを考えずともいい。そもそも俺はお前の婚約には最初から反対だったんだ」


 真剣に考え始めたジゼルを、エルヴィスは豪快に笑い飛ばした。


「幸い俺たちには女性なら誰でもウェルカムなカスな父がいる。政略結婚の一つや二つや三つや四つ、快くしてくれるだろう。俺たちは自由に好きな相手と結婚すればいい」

「それはそれで修羅場を招きそうで困るのですが……」


 そんな軽口を叩いているうちに目的の場所につき、馬車が止まる。先に馬車から出たエルヴィスの後に続いて馬車を降りると、妙な空気を感じた。




明日からようやくヒーロー登場です……!

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