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二度目の人生-2



 それから先、十六年もの間。ジゼルは組長を始めとする組員たちから、さまざまなことを学んだ。


 ジゼルがいるこの国は、『日本』という大変文明が発達した国だった。

魔法かと疑うような物事の数々は、その仕組みや成り立ちさえ理解さえできれば誰でも使うことができる、『科学』という技術で成り立っていた。

 理解さえすれば誰にでも再現できる分、魔法よりもよほど魔法だとジゼルは思う。


 そんな高度な文明の国日本で、ジゼルが育ったのは、『極道』と呼ばれる裏家業を生業にしている家だった。

 しかしジゼルを育ててくれた組長は、一般人に手出しはしないという仁義を重んじる、珍しい極道なのだと後に知り合いになった警察官が教えてくれた。

 その警察官の言う通り、組長は仁義を重んじる――拾った赤ん坊を何不自由なく育ててくれるような人であったことは何よりもの幸運であり、女神さまの思し召しという他なかった。


「ガッツのある女は嫌いじゃねぇ」と満足げに笑う組長とたくさんの組員たちは、極道になる前はそれぞれ多種多様の経験をしてきた人ばかり。


 柔道、空手、剣道、水泳、相手をビビらせる迫力の出し方。花火の作り方や精巧なモデルガンを作った銃の扱い方とその構造、金属の精錬法から食べられる野草の見分け方、簿記や家庭菜園、ありあわせのもので作る今日の晩御飯の作り方や魚のおろし方、人体の仕組み――その他にもさまざまなことを教わった。


 自衛隊の入隊体験にも行ったし、時には漁船に乗りコンビニを始めとする色々な職場でアルバイトもした。

 その他にも「今どきどこの世界でも頭のお勉強もしなくちゃなんねえからな」という教えの元、さまざまな本を惜しみなく与えられて――いろいろな知識をそれなりに身につけたと思えたのが、日本に来てから十六年が経った少しの頃。


 タイミングを見計らったかのように、その時はきた。

 ジゼルは突然雑踏の中で倒れ、日本での生を終えたのだった。



◇◇◇



(――お世話になった組長には、大変申し訳ないことをしてしまいましたね……)


 日本で過ごしたときのことを思い出し、ジゼルはしょんぼりと肩を落とす。

 普段からいつ『その時』がきてもいいように、悔いのないよう振る舞ってはいた。そうはいってもお別れの時くらい、きちんと三つ指をついて「大変お世話になりました」と、感謝とお礼を伝えたかった気持ちはある。


(しかし、そうはいってもこうなってしまった以上仕方ありません。異世界から組長や組員の方々の健康と幸運を祈りつつ、お世話になった分必ずや結果を出してみせましょう)


「どうした、ジゼル」


 ジゼルがあらためてそう決意していると、同乗している馬車の中、対面に座る兄が心配そうに眉を寄せた。


「今日はこのまままっすぐに帰ってもいいぞ?」


 先ほどスミス子爵邸で婚約の解消を終えたジゼルとエルヴィスは、今から諸々の後処理のため話し合うというレジナルドを置いて二人で先にスミス子爵邸を後にしていた。


 これから『頑張ったご褒美』という名目で、ジゼルの好きなカフェに行き甘く美味しいものを食べようという話になっていたのだが、どうやらエルヴィスはジゼルが疲れているのではないかと心配してくれたらしい。

 ジゼルは笑顔で首を振り、明るく口を開いた。


「いいえ、大丈夫です。何を食べようかなあと考えていただけなので。それに、どんなに疲れていても甘いものを食べれば元気百倍です」

「そうか。なんでも食べろ、いっぱい食え」


 ホッと安心したように息を吐いたエルヴィスがホッと安堵したような笑顔を浮かべた。


「はっはっは、久しぶりにお前の年相応な面を見た気がするな。ここ一年ほどのお前ときたら……いやはや妹という生き物が一晩ですっかり成長するということを、一年前の俺は知らなかった」


(一晩どころか、二年と十六年の歳月が経ちましたからね)


 感慨深げにため息を吐く兄に、心の中でそう呟く。

 ジゼルがジゼル・イグニスに戻ったのは、ちょうど一年と少し前――十五歳の誕生日だった。

 あの時の衝撃は今でも覚えている。


 目を覚ましたあのとき、そこには懐かしい見覚えのある天井があった。それに驚く間もなく、記憶よりほんの少しだけ幼いエルヴィスの顔が、その後ろからはレジナルドの顔が、ひょいっとジゼルの前に現れる。


『おはよう、ジゼル! 十五歳になってますます天使度が増したな!』

『ははは、おはよう、ジゼル。お誕生日おめでとう!』

『………………』

『なんだ、目覚める前から祝われて嬉しくて声も出ないか! 幸先の良い一年になりそうだな!』


 上機嫌な様子で兄が笑う。確かにこの光景には見覚えがあった。ジゼルが一度目の人生で十五歳を迎えた時、確かに兄と父はお誕生日おめでとうの寝起きドッキリを仕掛けてきたのだった。


(……本当に、戻ってこられました)


「……はい! 幸先の良い人生になりそうです」


 変わらない二人の姿に、ジゼルは微笑んでそう元気よく返事をした。

 気を抜くと出てきそうな涙を、必死で飲み込む。一度目は少し呆れてしまったドッキリも、今は二人に会えた喜びでいっぱいだった。


(今度こそは何があっても、絶対にこの日常を守り抜きます)


 守られる側ではなく、守る側として。


 そう決意したジゼルは、早速戻ってきたその日から行動を始めた。

 この国では十五歳は成人として扱われる。そのためこれまで父と兄に任せきりだった領地経営の帳簿に口を出した。

 少しの粗もないよう細心の注意を払い、複製や書き換えが行えないよう念には念を入れて厳重に管理をした。

 頻繁に領地に顔を出し、領地を預かる長や領民の困っていることを直接聞き出しては前世の知識を借りて、いくつか助言を行った。

 この長は、過去レジナルドの罪を偽証した人物だ。何か理由をつけて、その座を引いてもらった方が良いかもしれないとも考えたが――


(領地を預かっていただいている方は、真面目な方なのですよね)


 嘘を吐いたり裏切ったりするのは、良心がない人間ばかりではない。むしろ良心があるからこそ、つけこまれてしまう可能性があるのだ。


(――前世で、組長は口癖のように言っていました)


『俺らみてぇに悪いことに一度手を染めた人間は、その後何をしようと、誰が何と言おうと悪人だ』


(――つまり裏を返せば、悪いことをしていない人間はまだ悪人ではないということ)


 それに人をすげ替えたとしても、すげ替えた人物が偽証をしないとは限らない。


(ならば偽証を行わせる隙を与えなければ、みんな万々歳ですむわけですね)


 そう思ったジゼルはレジナルドに、派閥を問わず領地経営を学びたい様々な貴族をイグニス伯爵家の領地に招いてはどうかと進言した。

 レジナルドの領地経営は順調なため、幸いにも参考にしたい人間は数多くいたようで、多くの貴族がイグニス家の領地を見てまわり、長や領民の声を直接聞いてくれた。

 そのことは社交界でも話題になっているようで、健全さはアピールできていると思う。


(一部の貴族だけを招いた場合、その方々が利用されてしまえばおしまいですが……派閥を問わずたくさんのお家の方に我が領地の健全さを見ていただければ、偽証の可能性は減りますし、もしも偽証されたとしても信憑性は下がります)


 ジゼルがそうコツコツと冤罪を防ごうと動いている内に、転機が訪れた。

 前世ではなかった婚約話が舞い込んできたのだ。




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