エピローグ
その後、厳密な裁判が行われた。
マレ伯爵は最も過酷と言われる北の監獄へ投獄されることになった。領地や爵位などすべて没収され、着のみ着のまま、今後の生涯をすべて監獄で過ごすことになる。
国王は――いや、元国王は貴人が幽閉される塔へと幽閉されることになった。
最低限の供もなく、彼もまた塔でその生涯を終えるだろう。
タウンゼット公爵はこれまで隠蔽してきた様々な罪が明らかになった。裁判では「それは知らない」「それは私ではない」と叫ぶ場面があったが、すべて完璧な証拠を整えられていたため主張は認められず、すべて有罪となった。
そして公爵の身柄は、古い法の存在を主張したエリニュス・オウル女伯爵がその身柄を引き受けることになった。
古い時代に制定されたその法の必要性は論じられることとなったが、少なくとも今現在有効な法であることは間違いない。
犯罪者であるタウンゼット公爵の幽閉場所をしっかりと用意し、生涯その罪を償えるような生活を送らせよ、という裁判官の命令に、エリニュスは「もちろんですわ」と微笑んだ。
イグニス伯爵家は無事没落を回避できた。今日もレジナルドは言い寄ってくる女性をにこにこと受け入れているし、エルヴィスはそんな父の後頭部をいつでも狙っている。
ジゼルが何よりも大切にしていた日常は、これからも続いていきそうだ。
(――女神様、私に奇跡の力を貸してくださってありがとうございました)
すべてが解決したあと、ジゼルはいつか自ら命を絶った大聖堂に訪れ、女神像の前で両手を組み感謝を捧げていた。
朝一番に訪れた大聖堂には清らかで荘厳な朝日が窓から差し込み、女神像を淡く照らしている。
以前よりも柔らかな表情に見えるのは、すべてを解決し終えたジゼルの心持ちの為なのかもしれない。
(時戻りの力のおかげで、大切なものを守れました。日本の皆さまの元に遣わしてくださりありがとうございます。どうか組長をはじめとする皆々さまの、健やかで幸せな日々が長く続きますように。それから――)
握る両手に力を込めて、小さく強い感謝を捧げると、背後で扉が開かれる気配がした。
ゆっくり目を開いて振り向くと、銀色の髪が見える。
「やはりここか」
ジゼルの姿を見て、ディランの表情が微かに和らいだ。
「殿下。……いえ陛下、どうしてここに?」
「すべてに片がついたからな。あなたなら、律儀に女神像に感謝を捧げに行くだろうと予想した」
(まあ……お顔を見なくてもお見通し……)
元国王が退位し、王位を継いでからというものディランの察しの良さは磨きがかかるばかりだ。ジゼルの考えていることなどなんでもお見通しとばかりに、ジゼルがその時欲しいものや食べたいこと、考えていることはほとんどすべてが筒抜けになっている。
(いえ、それはとても助かるのですが……)
しかし筒抜けということは、隠していたい気持ちも漏れているということではないだろうか。
ジゼルがそわそわとしながらそんなことを考えていると、ディランが長い足でさっとジゼルの前まで距離を詰める。
「……随分と落ち着かない様子だな」
そう言いながら、ジゼルの頬に手を伸ばした。端正な顔立ちが目前に迫り、ジゼルは目を泳がせる。
(ち、近いです……)
最近のディランは、なんだか距離が近い。あの二週間が嘘だったかのように前にもまして一緒に過ごすことが増えた中で、ディランは時折こうしてジゼルに触れるようになっていた。
(いえ、元々距離が近いところはありましたが……なんというか最近は……)
ジゼルの頬を、ディランが甘やかに撫でる。まるでジゼルの反応を楽しむような触れ方だった。
「……っ、あの」
「なんだ?」
ジゼルの反応に気づいていないわけがないだろうに、ディランが不思議そうに小首を傾げる。
けれどその目はほんの少しだけ楽しそうに細められていて、これがからかいなのだろうということは、ジゼルにもわかった。
「……陛下」
ついつい恨みがましい目で見ると、ディランが小さく笑う。
「……つい。あなたの反応が、かわいくて」
「かっ……」
「あなたが俺を意識して動揺するから」
はにかんだその笑顔は極上に甘い。気恥ずかしさにジゼルがまた目を逸らそうとすると、ディランが「ジゼル」と名前を呼んだ。
(……初めて、名前を呼ばれました)
驚いてディランを見ると、金色の瞳に熱が滲んでいる。その瞳から目を逸らせずに息を飲むと、彼は真剣な表情で口を開いた。
「……王位を継いだ今も、俺を疎む人間は多い。これから先も、そばにいる人間を危険に巻き込む可能性はあるだろう」
「……はい」
「だが、あなたが……あなたが俺のそばにいてくれるなら、俺はその危険すべてからあなたを守ると、誓おう」
そう言いながらディランが、ジゼルの足元に跪く。恭しく丁寧な仕草でジゼルの左手を手に取ったかと思うと、その薬指にくちびるを落とした。
「あなたが、好きだ。だから俺のそばにいてほしい。――本当の、婚約者として」
「……っ」
初めて告げられた好きという言葉も、指への口づけも、破裂するのではと心配になるほどジゼルの心臓をどきどきとさせる。
それでも何より嬉しいのは、ディランがジゼルを――大切だから離れたいと言っていたジゼルを、そばに置くと決めてくれたことだった。
「……はい。私こそ、そばにいさせてください」
気を抜けば溢れてしまいそうな涙を、ぎゅっと堪えながら笑顔を作った。
するとディランが破顔し、立ち上がってジゼルをぎゅっと抱きしめる。ジゼルのあごを長い指ですくって上を向かせたかと思うと、そっとくちびるを重ね合わせる。
「…………!」
触れ合ったのは、ほんの一瞬。けれどその一瞬でジゼルの体は固まり、次の瞬間ぶわりと頬が熱くなった。
そんなジゼルを見て、ディランが悪戯を成功させた子どものような顔で微笑む。
(し、してやったりという顔です……)
けれど幸せそうなその顔を見ては、文句も言えない。それにジゼルだって、嫌な気持ちではなかったのだ。
(嫌な気持ちどころか……)
この人の笑顔も幸せも、ずっと近くで見ていたい。息をするだけでも精一杯な中、ジゼルはディランの頬に両手を伸ばした。
大好きな金色の瞳をまっすぐに見つめながら、口を開く。
「ずっと近くで守っていてくださいね。私も、陛下のことを守りますから」
「……ああ、知ってる」
嬉しそうに笑うディランが、自分の頬を包むジゼルの手を逃さないと言わんばかりに両手で覆う。
そのまま額と額をコツンと合わせてもう一度、また触れるだけのキスをした。
最後までお読みいただきましてありがとうございました!
書いている間とても楽しかったです。
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また番外編など上げていきますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!




