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きっとあなたは知らない



「馬鹿か」


 国王が吐き捨てるように言い、ディランを睨みつける。


「あの家を自在に扱えるようになることで得られる益が、わからないお前ではあるまい。あの娘が才覚を見せ始めた途端、公務に連れ出し利用し始めたお前にならわかるだろう」

「……そうだな」


 初めてジゼルに求婚した時のことを思い出す。

 あの時ディランは、自身の目的のためジゼルに求婚した。家族を守りたいという健気な彼女の願いは、そのままディランの目的と重なるものがある。

 それを敢えて伝えずに、協力してやると条件を持ち出して、脅迫まがいの求婚をした。


(――あの時取った俺の行動は、国王と何も変わらないものだ)


 にも関わらずジゼルはディランを恨みもせずに、いつだってディランの望む以上の行動を示してくれた。


『最終的にこの婚約をお受けすると決めたのは私ですから』

『私は殿下のお側で得られるものはすべて得ようと思っています。ですので殿下も、どうぞ私をご利用ください』


 彼女はいつだってまっすぐで、どんな状況下にあっても自分の不運を嘆くことをしない。

 どんなに不本意な状況でも自分の足で立って自分を、そして周りごと幸せになろうとする。いつでもディランの心を照らし温め続けてくれる、眩しい人間だった。


『私の目標は、平穏で当たり前の日常を守ることです』

『その平穏で当たり前の日常には、もう殿下がいらっしゃいます』


(――きっとあなたは知らないだろうな)


 まっすぐに自分を見つめていたジゼルの表情を思い出し、ディランの唇が勝手に小さく弧を描く。

 ジゼルが笑顔で、大切な家族と暮らしていく。今のディランにとって一番大切なものは、ジゼルが望むその未来だった。


「イグニス伯爵家の価値は、俺が一番よく知っている。――だからこそ、あなたのような者たちに利用させることを、俺は許さない」


 そう言いながら、懐から書類を取り出す。分厚いそれを国王に向かって放り投げると、不快げに顔を顰めながらその書類に目を通した国王が、忌々しげに舌打ちをした。


「無論、陛下。人を買い無実の罪でイグニス家を陥れようとしたあなたのことも、俺は許すつもりがない」

「…………コソコソと、何か動いているなとは思っていたが」


 国王がディランを睨みつける。そこに記されている証拠は、国王自身が大きな不正に関わっているという、動かぬ証拠だった。


「――イグニス伯爵令嬢が編み出した鋼の大量生産。それを使って兵器を作ろうと、あなたは画策していた。これが、同盟国で結ばれている条例に抵触するものだと、知らないあなたではあるまい」


 無論未来を知っているジゼルも、技術革新は人々の幸せと便利さを産む反面、悲劇を生むと知っている。

 そのためスミス子爵とアーロン男爵にはその製造方法を門外不出にするよう厳命していた。

 たとえば、現在使われている銃。現在は扱いが面倒で使用もかなりの制限があるが、鋼を使うことによってその利便性は格段に上がるのではとディランは踏んでいる。

 その他にも軍事に利用できるものはぱっと考えるだけでも五十を超える。その道の専門家に与えたなら、大喜びでたくさんの兵器を作り上げることだろう。


「あなたはスミス子爵家が鋼の大量生産ができるようになったと耳にして、スミス子爵に直接軍事利用に使わないかと尋ねたそうだが――残念ながらスミス子爵は、イグニス伯爵家へ忠誠を誓っている」


 ジゼルが起こした技術革新に、国王が食いつかないはずがない。

 当時そう踏んでいたディランは、秘密裏にスミス子爵に接触した。当主の方は兵器を作ることに抵抗があったものの、王家の傍流として国王の命に背くことも憚られる。


 当初国王に不利益があるのではと、ディランに対し口をつぐんでばかりだった。

 しかしその息子であるクライドがスミス子爵を説得した。

 やけに熱心に父を説得する彼を怪訝に思い尋ねると、彼は人の良さそうな顔で答えた。


『殿下は、イグニス伯爵令嬢が選んだ方ですから。彼女への恩返しのために』


 そう言う彼にスミス子爵も仕方なさそうにため息を吐き、国璽が押された国王からの手紙や計画書などを差し出した。

 この証拠がなければたとえマレ伯爵やタウンゼット公爵は蹴り落とせたとしても、滅多に尻尾を出さない国王を追い詰めるまでは、あと数年かかっただろう。


(あなたのおかげだ)


 心の中で、ジゼルにそう感謝する。彼女はいつでも人を救う。ディランだけではなく、ディラン以外の人のこともだ。

 ディランは国王に冷ややかな目を向ける。


「イグニス伯爵家を陥れるためにタウンゼット公爵やマレ伯爵らの所業を見逃していたことも含め、すべてを国際社会に向けて公表する」

「……」

「いい加減、観念することだ。その座をどいていただこう、国王陛下」


 不愉快そうにディランを睨みつけていた国王は、しかしふっと不敵な笑みを浮かべた。

 余裕を崩さないその表情は、勝利が自分のものであると、疑わないものだった。


「惜しい。その能力だけ見れば、お前ほど国王に相応しい逸材もいるまい。――しかしその身一つしか持たないお前は、ただの一つも弱みを持つべきではなかったな」


 そう言って、国王が指を鳴らす。

 一瞬の間を置いて玉座の間へ入ってきたのは、マレ伯爵とタウンゼット公爵――そして、手首を縛られ首元にナイフを突きつけられている、ジゼルの姿だった。

 剣を突きつけられていても、怯える様子は全くない。ディランの姿を見た瞬間に安堵したように目を潤ませ、無事を喜ぶように名前を呼んだ。


「殿下!」

「……!」


 ディランが目を見開き、国王に向かって凄まじい殺気を飛ばす。鍛えられた騎士ですら怯む殺気を受けたというのに、国王は満足そうに笑いながら、ディランに命じた。


「その女が大切だというのなら、証拠を今すぐお前の手で破り捨てろ」

「……」

「殿下、陛下のご命令です。早く処分することですな」


 沈黙するディランに、タウンゼット公爵が尊大に言い放つ。ディランの失脚を確信し、心から喜んでいるようだ。


「私も、うら若きご令嬢に手酷い真似はしたくないのでね。……しかし早くしないと、この娘の顔に傷がつくかもしれません。その次は、指。その次はどこになるか」


 騎士に剣を突きつけられているジゼルに目を細め、タウンゼット公爵がにやりと笑う。捕らえた獲物をいたぶるのが愉しくて仕方がないとでも言うような悪趣味な笑みだった。


「いや、女性を痛めつけるのは忍びない。ここにいる騎士達に、女性としての尊厳を傷つけさせ……」

「ヤッ!」

「ガッ……!」


 場にそぐわない掛け声が響き、意気揚々と話していたタウンゼット公爵がもんどりを打つ。

 タウンゼット公爵が話している間にジゼルは目にも止まらぬ速さで縄を抜け、剣を突きつけている騎士を鮮やかな手つきで背負い、公爵に向かって投げつけたのだ。



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