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待ち受けていた人物




 ジゼルの案内に来てくれた老齢の執事らしき人物が、優雅な仕草で王城の中を歩く。

 案内に任せて訪れた先は王城の応接室だ。どくどくと鳴る胸を押さえてジゼルが辛抱強く待っていると、ほどなく予想していた人物が現れた。


「ごきげんよう、イグニス伯爵令嬢」

「……ごきげんよう、タウンゼット公爵。ならびにマレ伯爵」


 騎士を数人引き連れてやってきたタウンゼット公爵とマレ伯爵は、随分と上機嫌な表情をしている。


(やっぱり)


 彼らに向かい丁寧に淑女の礼を執りながら、ジゼルは自分の考えが合っていたのだと察した。


(私は、殿下に会いにきました。入城許可を出した上に、こうして我が物顔で王城の応接室へといらっしゃる。マレ伯爵は、目眩しのただの駒。そして)


 顔を上げて、目の前のタウンゼット公爵を見据える。余裕の笑みを崩さない彼は、まるで自分の踏みしめる大地が、けして揺るぎないと確信しているようだった。


(おそらくはこの方――タウンゼット公爵でさえも、そう)


「陛下はどちらにいらっしゃるのですか?」


 ジゼルの問いに、タウンゼット公爵が眉を上げる。

 感心した表情で顎を撫でて「聡明なご令嬢だ」とジゼルの頭から足の先までを、舐め回すように観察した。


「イグニス伯爵家の落ちこぼれ。君を以前そう揶揄したことは、撤回しよう」


 ジゼルの言葉を言外に肯定し、タウンゼット公爵が尊大に微笑む。


(道理でおかしかったはずです)


 公爵をじっと見据えたまま、ジゼルは今までのことを振り返る。


(一度目の人生で、ああも容易くお父さまが陥れられたことも。証言した領主も使用人もお父様を慕っていたはずなのに、嘘を吐いたことも。牢の中のお父さまが、初めて見る諦めた顔をしていたことも。――すべては後ろに陛下がいるからできたこと)


 マレ伯爵とタウンゼット公爵が懇意にしていることを、一度目の人生でレジナルドは見抜き警戒していたはずだ。


(しかし、陛下が相手なら)


 この国の最高権力者に逆らえる者など、そうはいない。

 だからレジナルドは慎重に動いて動いて失敗し――投獄されたのだ。


「しかしあれほど人質に取るのが難しかった君が、わざわざ来てくれて助かったよ。あの男は婚約の解消を宣言していたが、撹乱のための嘘だったとは……あの男にしては、意外なほどに小狡い手を使う」


 タウンゼット公爵が薄く笑うと同時に、騎士たちがジゼルに剣を向ける。


「さて。私たちの――いや、陛下の切り札となっていただこうか」

「……」


 騎士たちに促され、ジゼルは抵抗せずにそのままタウンゼット公爵に従ったのだった。



◆◆◆



――いずれ絶対に玉座から引き摺り下ろすと誓った、地獄に落としたくて仕方ない男が目の前にいる。


 ディランはマレ伯爵とタウンゼット公爵を告発するため、玉座に座る国王と対峙していた。

 同じ銀色の髪に、端正な顔立ち。その表情は一見柔らかく見えるが、しかしその内面は非常に合理的だ。自分にとって、あるいは王家にとって利益がある人間を何よりも重要視している。


 彼にとってこの世の全ての判断基準は出自ではなく、利益だ。

 そんな男が国王だからこそ、ディランは第一王子を次王へと掲げるタウンゼット公爵に目をつけられたのだろうが。


「――我が息子、ディランよ。私は、お前に目をかけている」


 国王を見据えるディランに、鋭い眼差しと威圧感ある声が投げかけられる。


「その聡明さゆえ、幼い頃から幾度も暗殺を仕掛けられながらも今日まで生き延びてきた。その運の良さと剣の腕も合わせ、お前は歴代の王族の中でも突出した才を持っていることは間違い無いだろう」


 ディランの才を手放しで認めると同時に、幾度もの暗殺があったことも把握している。

 幼い頃より何度も仕掛けられたディランの暗殺に、王が関与したことはない。


 母が殺されたとき、あまりの無関心ぶりにもしや国王がと疑ったこともあるが、あれはタウンゼット公爵の意を勝手に汲み取った子爵の暴走だったと把握している。


(――とはいえここ数年の暗殺は、焦れたタウンゼット公爵が仕掛けたものだが)


 それでも、国王が今までディランを守ろうとしたことは一度もない。ディランを守るための声明一つ出したことはなく、それはそのまま国王にとってのディランの存在の軽さを表していた。


 暗殺を仕掛けられ、死んだらおしまい。生きていたら能力があると評価できる。

 ディランの母のことも、国王にとってはその程度の重さだったのだろう。

 そのことを証明するかのように、国王は淡々とディランへの評価を語り始めた。


「奴隷の血という足枷がありながら、お前はさまざまな功績を打ち立ててきた。しかし、いただけないところもあるな。無能な貴族どもを切り捨てたのは捨て駒としては有能だが、次期国王に指名するには少々強引がすぎる、そろそろそういった役目は他の者に任せ、多少の処世術を身につけるというのなら――お前は間違いなく、次代の王となるだろう」


 そこで、国王の目がぎらりと光る。

 ディランを捉える瞳には、有無を言わせない色が宿っていた。


「マレ伯爵、タウンゼット公爵。あれらを排除するには、時期と理由が悪い」

「つまり、陛下はこう仰りたいわけだ」


 唇を笑みの形に歪める。いかにも皮肉気なディランの口調に、国王は眉間に深くしわを寄せた。


「イグニス伯爵家を、王家の子飼いとしたい。そのためならこの国で厳しく禁止されている人身売買も違法薬物も横領も、瑣末なことだと」


 ディランの言葉に国王が目を見張り、そしてゆっくりと細める。


「……お前は、本当に聡明だ」


 マレ伯爵という男は、小物でありながら人身売買や違法薬物、横領などあらゆる犯罪に手を染めている。

 しかしその小物に今まで手が出せなかったのは、タウンゼット公爵が背後で彼の犯罪を巧妙に隠していたからだ。


 タウンゼット公爵は公的機関による捜査をそれとなく妨害し、証人は定期的に消し、帳簿は改ざんし、必要であれば無関係の第三者を『犯罪者』に仕立て上げる。


 その見返りとしてマレ伯爵は、大きな金銭や人身売買で得た奴隷などの見返りをタウンゼット公爵に払う。

 二人はそんな蜜月を長年過ごしてきたようだが、ディランがそれを知ったのはつい数年前のことだ。


 そこから彼らを追い詰めるための証拠を得るため、ディランは裏社会に精通したエリニュスと接近した。

 ある対価を払うことを条件に彼女から情報を得て、今はそれを元に少しずつ証拠を積み上げている最中だった。

その中で、国王もタウンゼット公爵たちの所業に気づいたらしい。


 近年力をつけすぎたタウンゼット公爵を疎ましく思っていた国王は、途中までタウンゼット公爵を断罪しようとしていたようだが、タウンゼット公爵が行なったマレ伯爵の犯罪の隠蔽の手腕――特に、無実の者を犯罪者に仕立てあげる手法――に目を付けた。


 タウンゼット公爵とマレ伯爵を脅しての計画は、ジゼルが一度目の人生で体験した通りのことだ。


(ジゼルからその話を聞くまでは、確証が持てなかったが。国王は、イグニス伯爵家の異能の才を王家に取り込みたがっている)


 ジゼルとの婚約を話したとき、国王は多少の難色を示していた。おそらく国王は、次期国王の座をディランに譲ろうと考えている最中だったのだろう。未来の王妃が、没落した家の人間であってはいけないからだ。


 ことに、貴族との繋がりのないディランの妃なら、なおさら。

 最終的に婚約を認めたが、それはイグニス伯爵家を没落させたあと、それを理由に婚約は破棄させて有力貴族の娘と結婚させればいいとでも考えたからだろう。


 ジゼルのことは没落した家の娘としてディランの愛妾にでも据え、子を儲けさせればいいとそう思っているようだった。


(反吐が出そうだ)


 国王にとって、すべての人間は駒でしかない。

 だからこそ他国で「見た目が気に入った」というだけで気軽に母を買いこの国に連れてきては、悪意に晒される母を放置したのだった。

 金色の瞳で国王を見据えながら、ディランは静かに口を開く。


「残念だが俺は、人間を売り買いするような人間を見逃すことはない。――そして、イグニス伯爵家に手を出させるつもりもない」




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