1年後には別れる関係
更新が滞りましてすみません……体調不良で伏せっておりました( ; ; )
「――……さすがは聡明と名高いディラン殿下です。大変感服致しました」
商談の場で、貿易商の男が感じ入ったというような表情でそう言った。
当初、有能と評判ながら敵の多いディランと、その他の高位貴族とどちらにつくか値踏みしていた様子だった貿易商は、すっかりディランに引き込まれたようだった。
(お話を始めて早々、目つきが変わられていましたものね)
商談が始まって早々にディランの知識と洞察力に舌を巻き感服した様子の貿易商を、ジゼルはしっかりとこの目で見ていた。
「小麦の輸入、承知しました。こちら、必ずお望みの量を仕入れましょう」
「ああ。よろしく頼む」
表情を変えないまま、ディランは貿易商に目を向ける。貿易商の男は頭を下げると、その視線をジゼルへと向けた。
「それにしても……殿下の婚約者も、非常に優れた才女でいらっしゃいますな。お噂は存じておりましたが……」
貿易商がジゼルを見る瞳には、興味深いものを見るような色が宿っていた。
「南国セラーノでそのような流行り病の兆候があったとは……いや、素晴らしい慧眼です。いただきました情報、大変ありがたい。即刻手配させていただきます」
「ありがとうございます。少しでもお役に立てましたら幸いです」
(よし、うまくいきました!)
今日商談をするこの貿易商について、ジゼルは事前にディランから情報をもらっていた。その際遠い南にあるセラーノという国と貿易を交わしていることを知り、前世で得た知識を使って少々アドバイスをさせてもらったのだ。
(セラーノでは、今驚異的な感染力を誇る流行り病の患者が出てきています。まだ他の国には秘匿している段階のようですが)
しかし、患者はどんどん増えていくだろう。三か月後には国際社会にも知られるはずだ。
この病気は致死率こそ高くはないものの症状が重く、強い感染力と相まってその病は脅威だった。
(その病には、この大陸でしか採れない薬草が有効と言われています。この段階ですでに、貿易商を通して秘密裏に輸入しているだろうという見立ては正解でしたね)
ジゼルが予想して指摘した通り、貿易商ではここ最近セラーノから薬草の依頼が増えていたのだという。
(しかしその薬草は、一時的な対処療法にしかなりません)
ちょうど今から半年後に、この病を根本的に治す薬草が見つかる。それはこの国ではありふれたものだったので、ジゼルはその薬草が流行り病に効くと伝えたのだ。
(もちろん、こんなことを一介の令嬢が言っても、信用されないのがオチです)
しかしジゼルには、イグニス伯爵家の名前がある。
イグニス伯爵家の名前に賭けてそれが正しい情報であると宣言したこと、またディランもジゼルの有益さを断言したことで、多少信用は得られたらしい。
それにこの薬草はこの国ではありふれていて、原価もあってないようなものだ。
『風の噂』で耳にした『流行り病に効くらしいという薬草』をお試しに渡しても、大きな損はない。
しかし治った場合、貿易商はセラーノに大きな恩を売れるだろう。
(失敗しても損失が少なく、成功したら大きな利益になる――商売人なら食いつくであろう情報です)
この国の貿易商の懐が潤えば、この国の税収増加にも繋がる。またセラーノは早い段階で特効薬となる薬草を得られ、苦しむ人々も少なくなるだろう。国にとっても――ひいてはディランにとっても、そしてセラーノにとっても利益のある、いい提案ができたと思う。
(外交官のお父さまも、遠方のセラーノとは交流がなくて、私には何の伝手もありませんでした。色々なことがうまくいって、本当によかったです)
心の中で拳を握るジゼルに、貿易商が目を細めて笑いかける。
「いやはや、あのディラン殿下がご婚約と聞いて驚きましたが。お二人の今日の会話は息がぴったりで、こうして並ぶとお似合いですな」
貿易省はそう言うと、深々と丁寧に礼をする。
「この国の繁栄を願う国民として、この婚約は非常に喜ばしいものだと感じております。お二人が結婚する際は、ぜひご用命ください。最高級のものをご用意しましょう」
「……ありがとうございます」
(もう来年には別れる間柄なのですが)
そう思った瞬間、胸にほんの少しちくりとした痛みが走る。自分でも理由のわからないその落ち着かない気持ちに、先ほどまでの高揚がほんの少し、色褪せて感じた。
「今日はありがとうございました。またすぐにご連絡いたします」
貿易商が低頭し、馬車に乗り込んだ。
ジゼルの薬草話以上にディランという人脈を得たことに満足したらしい彼は、今から早速手配に動いてくれるのだという。
「いや、ありがとうございました、殿下」
ジゼルたちを馬車の前まで見送りにきたベアトス侯爵が、深々とお辞儀をした。
「商談で来てくださったというのに、様々な助言までいただきまして……」
ふくふくとした顔のベアトス侯爵が、人好きのする笑顔を見せる。
最近親から領主の座と爵位を受け継いだばかりだという彼は、港というたくさんの商人を抱える街の領主という立場には似合わず、素朴な空気に似合う素直な人のようだった。
そんな彼は、抜き身の剣のような緊張感と威圧感を纏うディランに少々怯えつつも、領主として領地経営の悩みについて助言を乞い、疑問があればすぐに確認する。
ディランも愛想こそまったくないものの、どんな初歩的な質問にも淡々と、しかしわかりやすく答えていた。
「いただいた助言を元に、頑張っていきます。またイグニス伯爵令嬢、ぜひ次回は領地にお邪魔させてください」
「はい、ぜひ!」
大きく頷く。
クリーンな領地経営を大々的に広めるため、イグニス伯爵家は相手が誰であっても視察をいつでも歓迎している。
様々な人脈を誇る港町の領主といったら、ジゼルの方から歓迎したいほどだ。
「本当は他にも様々なお話を聞きたいのですが、遅くなっては危ないですからね。特に女性は」
残念そうにそう言ったあと、ベアトス侯爵がハッとして訂正した。
「いえ、殿下と一緒ならイグニス伯爵令嬢に危険なんて及ばないでしょうが!」
そう慌てたように言ったあと、言い訳するように言葉を続ける。
「しかし気を付けるに越したことはありませんので。次回イグニス伯爵家の領地にお邪魔した際、ぜひお話させてください」
(……?)
ベアトス侯爵のその警戒が少しだけ過剰に思え、ジゼルは首を傾げる。
今日は1時間ごとに5話投稿予定です。
明日から完結まで1日3話投稿、土曜日完結予定です◎
最後まで見守っていただけると嬉しいです。




