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説得



「裏社会の方々と接触するお許しをいただけないでしょうか?」


 数日後。

 王城にあるディランの自室に訪れたジゼルは、時間を取ってもらったお礼を口にしたあと、一番にそう尋ねた。


「…………」

「私は殿下の婚約者という立場ですので、まず殿下のご了承をいただかねばと思いまして」

「…………」

「ご安心ください、殿下の評判を落とすような真似はいたしません。私がジゼル・イグニスだと知られないように考えた内容はまとめてこちらの資料に――……」

「…………」

「……殿下?」


 用意していた資料を手渡したにもかかわらず、資料ではなく呆れ顔でジゼルを見ているディランに首を傾げる。

 すると、ディランは大きく息を吐いた。


「俺に仕向けられた暗殺者の情報を得て、首謀者を探すためなどと世迷言を言ってくれるなよ」


(見抜かれています!)


 金色の瞳が、『お前の考えなどすべてお見通しだ』と言わんばかりに鋭く光る。

 説明を始める前に釘を刺されたことに内心で冷や汗をかきつつ、ジゼルは表面上は涼しい顔で、にこやかに口を開いた。


「そうではなく、私は……」

「前世イグニス伯爵家が落ちぶれて一番得をしたマレ伯爵が賭博――それも、裏社会の連中が集まるような賭博場に行っている。だから探りたい、という理由があるのかもしれないが。あなたは一粒で二度美味しいなどと、どちらも探るつもりでいるんだろう」

「……!」


 さすがに絶句する。ジゼルは目を丸くしてディランを見つめ、驚きに口を開いた。


「殿下……まさか、私の心をすべて正確に読めるのですか……?」

「いや。あなたのその急な発言と、あなたの性格。それから俺が知っている情報を組み合わせて推測しただけだ」


(まあ……見抜かれ過ぎていて怖いです……)


 心の中でそう慄きつつも、頭の片隅で考える。


(つまり殿下は、マレ伯爵のギャンブル好きをご存知だったのですね)


 なぜ教えてくれなかったのだろう。ついつい不満を込めてディランを見ると、彼はジゼルを見て小さく笑った。


「情報は対価になるからな。有益な情報はそう易々とは渡せない。何かと引き換えでなければ」

「……もしかして殿下は、まだ他に私が必要な情報をお持ちでいらっしゃるということですか?」

「さあ? あるかどうか教えてほしければ、無鉄砲はやめることだが」

「ではいいです。自分で情報を得ますから」


 ディランが何を知っているのかは気になるが、今日一番重要なことは、裏社会の住人と接触する許可をもらうことだった。

 ディランに迷惑をかけるつもりはない。


(とはいえ、かりそめでも王子の婚約者という立場で黙って勝手をするわけにはいきません。ならばわかってもらえるまで粘らなければ)


 このことは、絶対に譲る気がない。

 ディランなら読めてしまうだろうその気持ちを瞳に込めて、ディランの目をまっすぐに見る。


「殿下に差し向けられた刺客は、騎士や貴族の剣術とは違う動きをしていました。細かな連携ができていない中、しかし統制が完璧に取れていたことを考えると、訓練された暗殺者が集められた可能性が高いのではないかと推測できます。おそらくそういったことを専門に生きている、裏社会の方々なのでしょう」


 もしも貴族お抱えの暗殺者だとしたら、初対面という可能性は低いはずだ。そう思いながら、言葉を続ける。


「殿下は刺客を差し向けられるたびに返り討ちにすればいいと考えているようですが、それではキリがありません。大元を見つけなければ」

「暗殺について、あなたが気にすることではない」


 ディランが小さく息を吐く。


「そもそも、辿ろうと思えばいつでも辿れる。辿らないのは、俺を殺したい人間が多すぎてキリがないからだ」

「そんなに多いのなら尚のこと、地道にコツコツと捕まえていかなければなりませんね」


 絶対に譲らない構えで、にこやかに微笑む。


「大丈夫です、お任せください。私、根気には少し自信があるのです」

「大丈夫な要素がない」


 ディランが、にべもなくそう切り捨てる。しかし元よりこの程度でわかってもらえるとは思っていない。


(わかってもらえるまでお話しするまでです)


 そう決意したジゼルは、手を替え品を替え言葉を変え、ディランに訴える。



「殿下は庇われるのがお嫌だと仰いました。それなら、今後庇うことが起きないように先回りして動くことが、もっとも建設的な方法だと思うのです」


「そちらの資料にまとめた内容の一つとなりますが、私、実は変装技術はそれなりのものだと自負しております。どなたかに『イグニス伯爵令嬢』と気づかれるようなヘマはいたしません」


「そもそも殿下は婚約をする際、目標に向かって手を貸してくださると仰っていませんでしたか? マレ伯爵について調べることを止めるのはお約束と違うような」


「何かあった時に自力で対処できる程度には、武芸や縄抜け、また鍵の解錠技術も身につけております。あ、それと……兄から持たされている護身道具もこの通り、たくさん」



 そんな訴えを繰り返し、ジゼルが思うよりもずっと早くにディランは了承した。


「……わかった」

「! ありがとうございます!」


 ジゼルが笑顔でお礼を言うと、ディランが不本意そうな視線を送る。しかし不本意な中でも了承してくれたことは素直にありがたく、ジゼルはもう一度「ありがとうございます」と伝えた。


「そうしましたら私、早速裏社会に精通していそうな方を探してみます。兄との約束でカジノには行けないのですが、裏社会の方と接することができる場所はおおよそ推測できる気がしますので……」

「待て」


 前世の知識をフル回転させながら、早速立ち上がりかけたジゼルを、ディランが呆れ果てた表情で制する。


「本当かどうかもわからない時戻りを、命を賭けて試したと聞いた時点からあなたの行動力は知っていたつもりだったが。……それでも目の前で見ると驚かされるな」


 そうぼやくように言いながら、困ったものを見るような表情をジゼルに向ける。


「……黙っていれば普通の、可愛い令嬢なのだがな」


(……まあ。可愛いと言われてしまいました)


 ジゼルが今までの人生で見てきた中で一番綺麗な人に言われてしまうと、自分でも不思議なくらいこそばゆい。

 どぎまぎとする心を鎮めていると、目の前のディランが小さく息を吐いて言った。


「裏社会に精通している人間なら、一人心当たりがある」





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