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お出かけと好物



「わっ、お兄さま、見てください! この新発売のタルト、とてもおいしそうです……!」


 翌日。ジゼルは、エルヴィスとレジナルドと一緒に、お気に入りのカフェに来ていた。

 新商品がたくさん出る噂を聞きつけたエルヴィスに誘われ、久しぶりに家族揃って出かけたジゼルはうきうきと、しかし真剣に、美しいイラストが描かれたメニュー表を見つめ悩んでいた。


「『季節の果物をふんだんに使ったタルト』……今の時期ですと桃でしょうか。免疫力向上、疲労回復。美味しいだけでなく健康にもよい商品。素晴らしいです」

「お、本当だな。しかしお前はこっちのチョコレートがたっぷりかかったケーキも好きそうじゃないか?」

「二つとも美味しそうだが、ジゼルはこのにんじんのすりおろしがたくさん入ったパウンドケーキも好きそうだね」

「ううっ……迷います……!」


 究極の選択に、眉根を寄せる。美味しそうなものの中から苦渋の決断でこれにしようかと選んでも、二人ともジゼルが好きであろうメニューを見つけるのがうまいのだ。


 心の底から渋い顔で悩むジゼルに、エルヴィスが快活に「ははっ」と笑う。


「なに、すべて頼めばいい。会計はすべて父上に任せればいいし、俺には世界に誇れる胃袋がある。お前が食べきれなかったものは、俺が責任を持ってすべて食べてやろう」


 そう微笑む兄には、後光が差しているような気がした。


「好きなものを頼め、百個でも二百個でも」


 いや、間違いなく差していた。


「お兄さま……!」


 光り輝く兄を、ジゼルは尊敬の眼差しで見つめる。いつもは困ったことの方が多い重い妹愛だが、一緒にカフェにくるときはこの上なくありがたいものだと思えた。


「ありがとうございます。で、ではお父さま。こちらの三つを頼んでも……?」

「もちろんだよ」


 お財布係のレジナルドが快諾し、店員に注文する。ついほくほくと顔をゆるめるジゼルに、エルヴィスが「幸せそうだな」とご機嫌に笑った。


「我が家にいればずっとこんな生活を続けられるぞ。ははっ、どうだ。高貴な危険ホイホイとは破談にしないか?」

「しませんよ」

「そうか……」


(『まだ』ですが……)


 ジゼルの答えに、がっかりしたようにエルヴィスが肩を落とす。

 そうこうしているうちに届いたケーキにフォークを刺しながら、エルヴィスは妙に据わった目をジゼルに向けた。


「もしも、もしもだ。殿下の悪口を言いたくなったら俺に言うんだぞ。一緒に語り合おうじゃないか。お前が綺麗さっぱり別れたくなるよう、俺はあることないことあらゆる罵詈雑言を述べることも辞さない覚悟だ」

「エルヴィス。どんなに女性が不満に思っていようと、女性の恋人の悪口を言うのは逆効果だ。『そんな人じゃない』と、逆に燃え上がってしまうからね」


(一体何の話をしているのでしょう……)


 二人の会話に呆れ果て、黙殺してケーキを食べる。


(とはいえ二人が、私のことを心配してくれているのはわかっています)


 襲撃された昨日。すっかり遅くなってしまった夜に、ディランはジゼルをイグニス伯爵邸へと送り届けた。

 自分を狙う暗殺者に襲撃されたと説明したディランに、レジナルドは表情を動かさず、エルヴィスも珍しく黙っていたけれど、非常に心配をかけてしまったことは間違いない。


(お兄さまの顔は苦悶に満ちた般若のような表情でしたし……)


 危険に巻き込んで申し訳ないと謝罪しつつ、今後は警備を強化すること、引き続き何があってもジゼルを守ると宣言したディランに、二人は何も言わなかった。


(……殿下のあの言葉は、本気でしたね)


 隙あらば命を狙われるディランは、自分は守られることを(いと)うのに、ジゼルのことは全力で守ろうと決めている。


(自分が狙われている以上、それは当然と思ってらっしゃるのかもしれませんが……なら私には、何ができるのでしょうか)


 ディランとジゼルは、秘密を共有しているいわば協力者の間柄だ。お互いがお互いに助けられることで、目標のために動けている。


(対等な関係である以上、どうにかお助けしたいものです。敵が多いとはいっても、殿下への暗殺を企み、かつ尻尾を掴ませない方は限られているはず。……その方さえ捕らえれば、殿下に向けられる刺客はなくなるのでしょうか……)


「ジゼル、手が止まっているぞ」


 考え込んでいるジゼルに、エルヴィスが声をかける。ハッと気づくと、エルヴィスは困ったように眉を下げながら、淡く微笑んでいた。


「お前は真面目で繊細で優しい。心清らかだからこそ思い悩むこともあるだろうが、好物はどんなときでもうまいものだ。人間うまいものをうまいと感じているうちはなんとかなる」


 そんな雑な励ましをしながら、エルヴィスは自分のケーキに乗っていたいちごをジゼルに分けてくれた。


「……ありがとうございます、お兄さま。嬉しいです」


 お礼を言って食べ進めると、エルヴィスは嬉しそうな顔をする。


(きっと、昨日私が刺客に襲われたことを気に病んでいるのではないかと心配して、今日は楽しませようとしてくれているのですよね。……ありがたいことです)


 思うこともきっとあるだろうが、何も言わずにジゼルの意思を尊重してくれる二人に感謝する。


(やっぱり、全部守りたいです。二人も、こういう穏やかな時間も)


 それから、ディランや自分も。


(よし! そうと決まれば気分を切り替えて、英気を養いましょう!)


 目の前のいちごにフォークを伸ばす。いちごのみずみずしい香りに、ジゼルの頬がほころんだ。








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