襲撃
「お前はここで待っていろ。鍵をかけ、気配を殺しているように」
全く動じていない顔で、ディランが剣を手に馬車を出る。数秒置いて男たちのくぐもった悲鳴が聞こえ、早速ディラン、もしくは護衛の騎士によって複数人が倒されたのであろうことを察した。
窓から観察を行い、ジゼルは眉をひそめた。
(――盗賊にしては、おかしい気がします)
盗賊というのは大体、決まったメンバーで徒党を組むものだ。しかしこの盗賊たちは盗賊にしては身に着けているものが上等なほか、戦闘にあたってセオリー通りの統制がとれているにも関わらず、細かな連携ができていない。
(まるで盗賊に扮しているかのような……そう、初対面同士の殺し屋といった言葉がぴったりです)
大所帯を嫌うディランが今日供につけていた護衛の騎士は最小限だ。そのどれもが腕の立つ騎士だと、立ち居振る舞いから察してはいる。
しかし、相手は大人数だ。
それに加えてこの場所は、普段王都で訓練をしている近衛騎士が慣れない山道でもある。
ディランと婚約して以降兄から持たされるようになった数々の護身用の武器を、ジゼルはそっと服越しに撫でた。
(……申し訳ありません、殿下!)
言いつけを守らないことに心の中で謝罪しつつ、扉をそっと開く。
注意深く様子を窺うと、ディランが凄まじい剣筋で盗賊に扮した男たちを、次々に薙ぎ払っていく姿が見えた。
ディランの剣を目にするのは二度目だが、その剣技は圧倒的で美しかった。
国一番の騎士であるエルヴィスの剣を見慣れているジゼルの目でも、動きを追うのがやっとだ――と思ったところで、ふと違和感を覚える。
(……気のせいでしょうか。いえ、でも)
胸がざわめくような違和感に胸元を押さえたとき、視界の端にきらりと光るものが見えた。
「――……!」
馬車の御者台に座っていた男――ジゼルたちを乗せた馬車を操縦していた御者が、ディランに向かって弓を引いていたのだった。
御者が、ジゼルに気付いている様子はない。
(……殿下からは死角!)
咄嗟に駆け出し、弓を持つ御者の手に向かって思い切り飛び蹴りをする。足は正確に手首を捉えたようで、御者が弓を取り落とした。
「っ、てめえ……!」
(よしっ……、これで殿下は大丈夫です!)
ドレスのスカートを翻し、地面に手をついて着地する。それと同時に弓を人がいない方へと蹴り飛ばすと、御者が鋭く舌打ちをした。
「ふざけやがって……!」
懐からナイフを取り出した御者が、ジゼルに向かってナイフを振り被る。隙を見て足をかけて転ばせようと、地面に手をついたまま隙を窺っていた。その時。
「ぐぁっ……!」
骨がきしむような鈍い音と、くぐもった悲鳴が耳に届いた。同時に御者の体が真横に吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
御者を思い切り蹴り飛ばしたのはディランだった。その頬や服はところどころ、血で汚れている。
「殿下……!」
その姿に、つい悲鳴のような声が出た。
「お怪我は、お体は大丈夫ですか⁉」
「――……馬鹿が」
ディランがひどく不愉快そうに眉を寄せ、怒気を孕む低い声で吐き捨てるようにそう言った。
ジゼルを冷たく一瞥したあと、蹲ったままどうにか起きあがろうとしている御者の元へと、ゆっくり歩く。
気づけばすでに御者以外の敵はすべて無力化されているようで、それに気づいた御者はディランを見て恐怖に「ヒッ」と表情を引き攣らせた。
「――お前とは、それなりに長い付き合いだったが。予想通り裏切ってくれて何よりだ」
笑みを浮かべながら冷ややかにそう言い放ち、ディランが御者を蹴りつける。グウッと悲鳴をあげて転がった御者の腹を、ディランは無表情で踏みつけた。
「ほんの僅かに進路から逸れ、俺の地の利がない山道へと誘導したことは褒めてやろう。盗賊へ攻撃の合図を送るタイミングも見事だった。――すべて、無駄だったがな」
ディランが暗く笑いながらそう言うと、騎士が駆け寄ってくる。
「殿下! ご無事ですか」
「問題ない」
何事もなかったかのような無表情で、ディランが答えた。
「賊は全員生かしているな」
「はい、ご命令通りに」
「捕縛しろ」
「はっ」
ディランに命じられた騎士が騎士の礼を執り、素早く動く。ジゼルも急いで起き上がり、ディランに駆け寄った。
「殿下!」
「馬鹿が」
舌打ちと共に吐き捨てるような二度目の「馬鹿」が出て、ディランは背筋が凍るような冷たい瞳でジゼルを見据えた。
「俺は馬車の中で身を潜めていろと命じたはずだ」
「それに関しては申し訳ございません。お叱りは後で受けますので、ひとまずお体を拝見させてください」
そう言いながら、ディランの手を取る。
(指先が冷たい。――脈も、戦闘後ということを考慮してもやや高いです)
次はディランの顔を両手で包み、瞳を覗き込んだ。
「っ、おい」
(瞳孔、会話ともに異常はないようです)
「吐き気はございますか? 手足の痺れは? 切り付けられた箇所はどこですか」
「……」
ディランが目を見張る。その表情を見て、ジゼルは予想が当たっていると確信した。
(やはり毒)
おそらく、男たちの剣に毒物が塗られていたのだろう。
あらためてディランを前にしても、動きや会話に何ら異常は見受けられないため、おそらく致死性の毒ではないのだろう。一日二日は動きが鈍る、痺れ薬といったところだろうか。
(こうして普通にされている分には普通なのですが、先ほどの戦闘では見せた動きにはごく僅かな違和感がありました)
以前ディランが暴漢に襲われた際に見せた動きよりも、ほんの微かに鈍かった。勘としか言いようがない程度の誤差だったが、その勘は当たったらしい。
「――……問題ない」
ジゼルから目を逸らし、ディランがふっと息を吐く。
「王族は、日頃から毒物に体を慣らしている。俺はその中でも特に耐性が強い方でな」
「ですが、」
「問題ないと言ったはずだ。解毒薬も携帯している」
にべもなくそう言われてしまえば、何も言えない。
「わかりました。……ではせめて、馬車の中で安静になさってください。これだけは譲れません」
そう言いながら、ぐいぐいとディランの背中を押す。
そんなジゼルに、ディランが小さくため息を吐いた。




