王族の仕事
「しかし……」
(私が提案したものが採用された場合、殿下の功績にはならないのでは……)
おそらくディランになら伝わるだろうと、目でそう尋ねる。すると意図を正確に汲み取ったらしい彼は鼻で笑いながら、ジゼルの耳元に顔を寄せた。
低く掠れた声が、ジゼルの鼓膜を震わせる。
「以前にも言ったはずだ。予知の力以外にも、あなたは存外使えそうだと。そして俺は使える者の功績を我がものにしなければならないような、無能ではない」
「――……!」
「使える人間を、その才が一番発揮される場所に采配するのが王族の仕事だ」
ディランの言葉に、頬が熱くなるのを感じる。
照れではなく、それは心からの羞恥だった。
(そうです。……私が気遣いだと思っていたこれは、昨夜タウンゼット公爵から受けた侮辱を、殿下にお返しすることに他なりません)
「……大変失礼しました、殿下」
そう呟くとディランは、ジゼルの耳元から顔を離して微かな笑みを浮かべる。
おそらくははたから見たらこの光景は、婚約者であるディランに耳元で愛の言葉を囁かれ、照れて赤くなっているように見えるのだろう。
実際のところ、ジゼルは初めて味わう自己嫌悪に頭を抱えたくなっているのだが。
(うう……大変失礼なことをしてしまいました。お忙しい中ここまで遠出されてるくらいですから、ご自分にとってのメリットを考えて動いていらっしゃるものだとばかり……)
もちろん、秘密主義者のディランには、ジゼルの知らない他の目的もあるのかもしれない。
(しかし、王位継承のためだけに動かれているのではないようです。――殿下は、本当に真摯に公務に臨まれているのですね)
そうであれば、うじうじと羞恥と自己嫌悪で縮こまっている場合ではない。ディランに目を向け、口を開いた。
「僭越ながら、提案したいことがございます。堤防の老朽化が進んでおりますので、堤防の補修と嵩上げを合わせて行った方が良いように思います。それに伴っていくつかのご提案が――……」
◇◇◇
「――以上だ」
「は、はい……」
(大変げっそりとされています)
傾いてきた日差しの中、カラカラのヨレヨレといった状態のリットン子爵が、力無く頷いている。今にも蒸発してしまいそうだ。
一刻も早く水を飲んだ方がいいのではと、ジゼルはそう心配しつつ心から同情した。
(無理もありません。私も次々に提案してしまいましたが、殿下は他にもそれはもうたくさん、容赦なく様々なことを仰ってましたもの)
有能な君主になるだろうと確信すると同時に、姑にはけしてなってはほしくないタイプだ。
そんなことを思いつつ、ジゼルは今日一日のことを思い出す。
今日ジゼルは堤防の補修や嵩上げの方法のほか、洪水を防ぐために水の勢いを削ぐ、水の流れを変えるための方法を、いくつか提案した。
その際ディランは、ジゼルの説明を少し聞いただけで理解し、さらに良いものになるように改良案まで出していた。
そのおかげで当初予定していたよりも時間が早く終わり、町や畑の視察に出かけたのだが。
『街を巡回する警備兵の数が少ないようだが、現在の総警備兵の人数は?』
『先ほどの堤防を見る限り防災についての意識が甘いようだが、防災設備の整備や備蓄量は?』
などといったまるで不意打ちテストのような質問のほか、様々な分野についてリットン子爵やその側近に尋ね、言葉に詰まるたびに冷ややかな眼差しで場の空気を凍らせていた。
どれも領主、少なくともその側近なら知っているべき内容の質問だったが、残虐かつ冷酷と噂される第二王子を前に、淀みなく答えられる人間は少ないことだろう。
終始しどろもどろに受け答えをしていたリットン子爵と側近は現在、疲れ果てて抜け殻のようになっている。
そんなリットン子爵たちに、ディランは淡々と続けた。
「今回の河川は大規模な修繕になるため、王家からも予算を出す。計算し追って連絡するが、治水は自領の人民を守るための基盤だ。これまで疎かにしていた分、貴殿の領が懐を痛めるのは当然のことと考え、予算は惜しまず計上することを期待している」
「はい……」
「治水を第一優先に、早急に取り掛かるべきだ。また王家から予算を出す以上、竣工予定日が決まり次第、総予算や施工手順などをまとめた報告書を送れ」
「かしこまりました……」
リットン子爵とその側近は縮こまり、しおしおとしている。
その他の者も場に立ち込める緊張感に息をひそめている様子で、ジゼルはつい口を出した。
「水を治めるものは、国を治めるといいます」
場の空気にそぐわない穏やかな声を出したジゼルに、その場の視線が集まる。
それでもまだ流れている張り詰めた空気をほぐそうと、ジゼルはことさら柔らかい口調で言葉を続けた。
「殿下が激励されているのは、リットン子爵がその大切な水を治めるに値するお力があると思われているからでしょう。実際にこちらの領地は、市場は栄え、人々の表情は明るく、素敵な地だと思いました」
ジゼルの声に、リットン子爵が目を丸くする。
(殿下が指摘したように、改善点はありますが事実です。殿下も市場の活気の良さは認めてらっしゃいましたし)
少々爪が甘く、貴族としては素直すぎるきらいがある。しかし、けして悪い領主ではないのだろうとジゼルは思った。
(それに、もし私が本当の婚約者なら。……周りの方々には、殿下に対し良い印象を持ってほしいと思いますから)
いくら正論を言われたとしても、このままでは、ディランに対しての恐怖心や煩わしさが残ってしまう。
それを少しでも払拭しようという気持ちが半分、リットン子爵やその他の方たちへのいたわり半分から出た言葉だった。
「そうですよね、殿下?」
「――……」
隣に立つディランに目を向けると、彼は一瞬沈黙したあと、「ああ」と頷いた。
「領主とはいえ、できないだろうと判断した者に仕事を頼むことはしない」
「――……!」
その言葉を受けて、その場の全員がぱっと顔をあげる。まるで思いも寄らない幸福が雷になって轟き落ちたというような、衝撃と喜びに満ちた顔だった。
リットン子爵が、噛み締めるようにゆっくりと口を開く。
「……殿下の期待に添えるべく、誠心誠意頑張ります」
「……ああ」
ディランが頷くと、その場の空気が明らかに変わる。皆ようやく息をつけたというようにゆるんだ表情を見せ、全員が今日一番の良い笑顔を見せていた。
その様子に、ジゼルもほっと息をつく。
(殿下が頷いてくださってよかったです。そういえば厳しい上司に認められることほど嬉しいものはないと、前世で読んだ本にも書いてありました)
ふむふむと納得しながら前世で読んだビジネス本――『これであなたもできる上司に〜部下のやる気を出す方法〜』を思い出しつつディランの方を見ると、金色の瞳とぱっちりと目が合った。
日差しがそう見せているのか、ディランの瞳はほんの微かに柔らかかった。




