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ダンス



(意外です)


 ディランのリードに合わせながら、ステップを踏む。

 社交嫌いということもあり多少覚悟していたが、ディランのダンスはとても上手だった。


「お上手なのですね」

「運動神経は良い方でな。とはいえ、このような場で踊ったのは初めてだが」


 そう言いながらも、気遣いのあるリードをしてくれる。兄とのダンスは気を抜いた瞬間に物理的に振り回されるような時があるので、こうして安心して踊れるダンスというものは貴重だった。


(おかげさまで周りを見渡す余裕があります)


 ステップを踏んで回りながら、それとなく周りを観察する。

踊っている男女たちの表情や仕草などを悟られないように見ていると、ディランがジゼルの耳元に唇を寄せた。


「あそこで踊っているホースキン子爵は、最近隣国と貿易を始めてな。相手のダドリー侯爵夫人は、その伝手を使って質の良い絹を大量に輸入したいと交渉しているそうだ。商才に長けた彼女のことだから、おそらく新しいビジネスを始めるのだろう」


 驚いてディランを見ると、彼はなんでもないような顔で、淡々と続ける。


「奥方と踊っているテイラー卿は、知っての通り法曹界の重鎮だ。近頃は平民や下級貴族の間で流行し問題になっている賭博を問題視し、賭け事をする際は金額の上限を決めるよう法改正すべきだと、今議会に提出する法案を練っているらしい」


 その他にも、ディランはジゼルが知り得なかった情報を耳打ちする。教えてもらった情報をすべて頭の中に叩き込み、ジゼルは感謝を口にした。


「ありがとうございます、殿下」


 契約では、ディランはジゼルをこの場に連れてきてくれるだけでよかったのだ。

 だというのに、わざわざジゼルが知ることのできないだろう情報を選び教えてくれたことはジゼルにとってとてもありがたく、また嬉しいことでもあった。


「とても驚きました。……お優しいのですね」


 ほくほく顔でそう告げると、ディランが小さく笑う。


「これくらいの働きはしなくてはな。これからお前には、相応の対価を払ってもらうのだから」

「え?」


 聞き返した瞬間、音楽が終わる。


(対価?)


「それは、どういう――……」

「踊って酒が回ったか」


 ジゼルが尋ねようとすると、ディランが妙に周りに響く声でそんなことを言った。


(……? 私、お酒どころか飲み物は何も口にしていませんが)


 それはディランもよく知っているはずだ。訝しく思って眉を寄せた瞬間、ふわっと体が浮いた。

 ディランが、ジゼルを横抱きで抱えあげたのだった。


「!!!!????」

「酔いが覚めるまで少し休むといい」

「でんっ……‼︎」


 激しく抗議しようとしたとき、そっと唇に人差し指があてられる。

 それと同時に耳元に唇を寄せられ「落とされたくないなら大人しくしていたほうが、身のためだと思うが」と脅迫をされた。


「な……っ」


 愕然とする。しかしそんなジゼルが人間性を疑うような眼差しをディランに向けても、彼はどこ吹く風だ。まったく気にした様子もなく、近くの給仕に声をかける。


「休憩室はどこだ」

「あ、あちらに……」


(休憩室⁉︎)


 休憩室といえば、恋人たちが人目を気にせず逢瀬するための場所であると、以前父から聞いたことがある。

 動揺するジゼルを知ってか知らずか、ディランは案内された場所へすたすた歩くのだった。


◇◇◇


 案内された場所には、大人二人がゆうに眠れてしまうのではと思うほど大きなソファがある。

 抱えていたジゼルをソファに下ろしたディランに、ジゼルはキッと視線を向けた。


「殿下。恐れ入りますが私は未婚の身です。こうして密室で二人きりになるのは……!」

「手を出すつもりはないが」

「そういった心配はしていません」


 ディランを強く見据えたまま、ジゼルは真剣な表情で強く首を振る。


「そういったことではなく、お兄さまが知ったら、ここまで殴り込みにきてしまいます!」

「だろうな」


(だろうな……⁉︎)


 この国の大半の人間が恐れるだろう警告を、ディランは笑って流す。

 笑い事じゃないと内心で頭を抱えるジゼルに、ディランは涼しい顔で口を開いた。


「足止めはしている。当分は俺たちが休憩室にいることも知らないだろう」

「足止め……」


 それはつまり、最初からジゼルと共にこの部屋にくるつもりだったということだ。

 二人で休憩室に行く際、エルヴィスが確実に邪魔しにくることを見越して用意していたということだろう。


(なんて用意周到なのでしょう)


 あらかじめ決めていたのなら、ジゼルに事前の断りを入れてほしいものだ。こちらも心構えというものができる。

 ディランには後ほど、報連相という概念とその有用さをお伝えしたい。そんなことを考えているジゼルのすぐ横に、ディランが座る。


(……妙に距離が近い気がします)


 触れなくても体温が伝わりそうな距離だ。なんだか落ち着かず、少し距離を置こうとジゼルが動いた瞬間。

 離れようとしたジゼルの手をディランがぱっと掴んだ。


「……!」


 女神様が特別丁寧に拵えたに違いない、そう思ってしまいそうな端正な顔立ちが近くに迫る。

 心臓に悪そうなほどの美貌に思わず息を呑んだ瞬間、ディランが「今からあなたに、対価を支払ってもらう」と言った。



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