取引
「――あなたは、何を知っている?」
たったそれだけの仕草で、言葉で、場の空気がぐっと冷たく、重くなる。
背筋にぞくりとした悪寒が走り、無意識で乱れそうになった呼吸を、気取られないようぐっと抑えた。
(なんて容赦のない殺気でしょう。……何か答えなければ)
そうはいっても、困ったことになってしまった。これが三度目の人生と答えれば、頭がおかしくなったのかと思われるかもしれない。
それに何より、本当のことを話したとして万が一、それが父や兄に伝わっては困る。
ジゼルが家のため、自分達のために一か八かで命を絶ったと知ったら、彼らはどれほどのショックを受けるだろう。
(しかし、もしもここで嘘をつけば……そして嘘をついたと見破られ、少しでも『害になり得る』と判断されたら、今この場で殺されてしまう気がします)
彼の殺気は脅しではないと、本能が警告している。
ディランは間違いなく、己の害になる者を躊躇いなく殺せる人間だ。
(――でもそれは裏を返せば、害にならない者は殺さないということ)
おそらくは私情で人を殺める類の人間ではないのだろう、そんな妙な確信があった。
目を瞑って息を吸い、腹を括る。
再び目を開けてディランの目を見据えると、彼がかすかに目を見張る。
「お話致します」
そう言ってジゼルは、すべてを話し出した。
◇◇◇
(――一笑に伏されるか、お怒りになるか、狂ったのかと厭われるか、いずれかだと思ったのですが)
目の前のディランはジゼルの話を聞き、口元に手を当てて深く考え込んでいる。
(表情から察するに、信じていただけたようです)
普通なら、こんな話は到底信じられないだろう。聡明で合理的と聞いていたけれど、柔軟性もある王子なのだとジゼルが心の中で感嘆していると、ディランが静かに口を開いた。
「最優先事項はなんだ?」
「え?」
唐突な質問の意図がわからず、首を傾げる。するとディランは鉄のような無表情で「あなたの言葉を、一旦は信じよう」と言った。
「その上で、取引をしたい」
「取引?」
「ああ」
頷きながら、ディランが椅子の背もたれに背を預け、長い足を組む。
「もしもあなたが言うような状況に陥ったとき、あなたの望むものを一つだけ守ると約束する」
「守る?」
「あなたの父の命、もしくは領地、または王家からの命令できる権限。もしくは他のものでもいい。その時あなたの望む、どれか一つを守ってやろう。それくらいには、あなたには価値がある」
「結構です」
ディランの目を見つめ、きっぱりと断る。
「一つしか守れない取引は、私には必要ありません。守りたいものはすべて守ります。――そのために、戻りましたので」
きっぱりとそう断ると、ディランが一瞬驚いたように目を見開く。
その後すぐに面白いものを見たかのように、唇の端を持ち上げた。
「保険は必要だと思うがな。……その保険以外にも、この取引はあなたにとってメリットがある」
「……」
温度のない金色の眼差しに射抜かれ、警戒に肩が強張る。
(この短い会話の中でもわかる。この方は、とても頭の回転が速い)
知識を溜め込み、それを応用するだけのジゼルではとても敵わない。
どれほど気をつけようとも会話の少しの綻びから隙をつき、あっという間に身包みを剥がされてしまうような予感があった。
(本当なら、取引の内容など聞かないで帰りたいところですが……)
しかしそう言ったところで、はいそうですかと言って帰してくれる相手でもなさそうだ。覚悟を決めて、口を開く。
「……どのような取引でしょうか? 私が殿下に払う対価とは」
観念してそう尋ねると、柔らかく微笑んだディランが席を立つ。長い足であっという間にジゼルの元へと距離を詰めたかと思うと、ジゼルの前に片膝をついた。
驚いて息を呑むジゼルに、ディランは躊躇いなく口を開いた。
「俺の婚約者になることだ」




