207 星界編 ―星々の記憶と無限の航路― part13
古代戦艦〈アステリオン〉の中枢制御室。
半透明の光柱が淡く脈打ち、天井の星図がゆっくりと回転していた。
アリスの前に、白い光をまとう少女が立っていた。
その名は――星詠の巫女リュミエール。
彼女の眼差しはどこか懐かしげで、アリスを見るその瞳には「記憶を継ぐ者」への静かな敬意が宿っていた。
リュミエール:「あなたは気づいているのね、アリス。あなたの中に流れる“異界の魂”の記憶を。」
アリス:「……うん。断片的だけど、覚えてる。
私はかつて別の世界で――“滅びた創造文明”の中にいた。
精霊王に拾われ、彼に願った。“もう一度、世界を紡ぐ力が欲しい”って。」
リュミエールは微笑む。
星の光が彼女の髪を撫で、周囲の空間に流星のような粒子が舞う。
リュミエール:「あなたが授かった“無限の魔力”――それは精霊王がかつて封じた《原初の核》の欠片。
かつての世界では、“神”がそれを奪い合った。
そして、あらゆる次元を崩壊へと導いたのよ。」
アリス:「……原初の核。それが、私の中に。」
リュミエール:「そう。あなたは“再誕の媒介者”。
あなたが世界を壊すか、繋ぐか――それは、あなたの心次第。」
突然、〈アステリオン〉全体が低く震えた。
船体の下層から、黒い光の亀裂が走る。
リュミエールが振り返ると、星図に“虚空の星”が点滅していた。
リュミエール:「……また、あの門が。時の揺らぎが戻り始めている。」
ノーム(通信越しに):「アリス! 重力制御が乱れています! 異界干渉波が……急激に増幅中です!」
アリスは杖を構え、魔力の流れを感じ取る。
――それは、かつて戦った神の代行者アーテルの残響。
だが、その“残響”の奥には、もっと深い“何か”があった。
アリス:「……違う。これは、アーテルじゃない。
もっと古い……“創世の観測者”の波動。」
リュミエール:「ええ……この時が来たのね。
“星詠の継承者”として、私はあなたに伝えなければならない。」
リュミエールは両手を広げ、光の輪を生み出す。
その輪は、まるで時空の層を重ねるように展開し、中心には“星の心臓”のような輝きが現れた。
リュミエール:「アリス。これは《時の継承》。
あなたの魂は“精霊王の祝福”によって永遠に続く。
けれど、この世界の理に干渉し続ける限り――あなたの存在は“異物”として拒まれる。
それでも、進むの?」
アリスは少し笑って言った。
アリス:「私は……見たいんだ。この世界の先を。
破滅じゃなく、“継ぐ未来”を。」
リュミエールは目を閉じ、微笑んだ。
リュミエール:「ならば、あなたに“時の名”を継承するわ。
あなたこそ、新たなる《時の織り手》。」
光が爆ぜ、アリスの背後に六枚の光翼が展開する。
その瞬間、彼女の中の“原初の核”が目覚め、時間の流れそのものが止まった。
すべてが静止する。
星々の輝きも、風の流れも、リュミエールのまつげの震えさえも。
その中でアリスは、“もう一つの声”を聞いた。
???:「――アリス。お前は“創造”を望むのか、それとも“無”を選ぶのか。」
それは、かつて彼女が精霊王に出会った瞬間に聞いた“始まりの声”。
世界を創り出した根源の存在――“始源の観測者”。
アリス:「私は……創りたい。この世界の“続き”を。
神でも、運命でもなく。人と精霊が共に紡ぐ未来を。」
その瞬間、止まっていた時が再び動き出す。
リュミエール:「……あなたの選択、確かに受け取ったわ。
星々も、それを見守っている。」
〈アステリオン〉の外壁が開き、空を突き抜ける光の道が現れる。
そこは“星の海”――かつて古代神が旅した宇宙の残響。
アリスは操縦席に座り、ノーム・ディネ・サラの顔を見回した。
ディネ:「また、とんでもない場所に行くんでしょ?」
アリス:「うん。でも今度は、誰も犠牲にしない旅にしたい。」
サラ:「じゃあ、行こうよ。未来を見に!」
船が加速し、星雲の海を抜ける。
リュミエールの声が、光の中から優しく響いた。
リュミエール:「――アリス。あなたが見る“星の先”に、真なる創世が待っている。」
星々が弧を描き、船は新たなる次元の境界へと進む。
星雲を抜けた〈アステリオン〉は、やがて光の海の向こう――
“神々が最後に封印した星”へとたどり着いた。
その星は、黒と銀の二重螺旋が絡み合うような奇妙な姿をしていた。
大気は存在せず、時間の流れさえ歪んでいる。
ディネが窓越しにその景色を見つめ、息を呑む。
ディネ:「……何も生きていない。まるで“神の墓”みたい。」
ノーム:「この星、重力の中心に空洞があります。まるで……何かを“封じた”構造です。」
アリス:「やっぱり、ここね。“虚無の女神レグナリア”が眠る場所。」
サラが不安そうにアリスを見る。
サラ:「本当に行くの? ここまで来たら、もう後戻りできないよ?」
アリスは、静かに頷いた。
アリス:「行くよ。だって――この星が、創世の“終わり”の記憶を握ってる。」
〈アステリオン〉の艦内が薄暗くなり、周囲の光が吸い込まれていく。
船体を覆う魔導障壁が“虚無”の圧力で軋むたび、アリスは杖を掲げて魔力を流し込む。
ノーム:「アリス、魔力干渉が強すぎる! このままじゃ――!」
アリス:「大丈夫、私が制御する。」
彼女の背後で、光の翼がふわりと展開する。
六枚の羽が、闇の圧力を打ち払い、船を包むように輝く。
ディネ:「……この感じ、まるで世界の理そのものに触れてるみたい。」
アリス:「そう。ここは“創造と虚無”の境界線。
レグナリアが封じられた星、別名。」
船はゆっくりと、星の中心へ――光の失われた地底へと降下していった。
辿り着いた先は、静寂に包まれた漆黒の神殿だった。
巨大な石柱が並び、その中心に“女神の像”が浮かんでいる。
その姿は、目隠しをした女性――だが、その胸には脈打つ“黒い心臓”が埋め込まれていた。
サラ:「……動いてる。像なのに……鼓動してるよ。」
アリス:「あれが、封印の中核――虚無の心臓。」
リュミエールの幻影が現れ、静かに語る。
リュミエール:「レグナリアは、神々の創造を拒絶した“最初の叛逆者”。
すべてを無に還すことで、“完璧な静寂”を得ようとした。
彼女が目覚めれば、宇宙そのものが“白い虚無”に還るでしょう。」
アリス:「……じゃあ、封印を維持すればいいのね?」
しかし、その瞬間――神殿が低くうなりを上げた。
虚無の心臓が脈動し、像の目が開く。
???:「――創造の徒よ。なぜ、再び門を叩く?」
声は空間を震わせ、空気が光の粒に変わって消える。
それは、肉体ではなく“概念そのもの”が語りかけているようだった。




