206 星界編 ―虚空の楽園と堕ちた天使たち― part12
――時の星クロノス・プライムを救ったアリスたちは、再び宇宙の海を旅していた。
だが、その穏やかな航行の中に、ひとつの異音が紛れ込んだ。
ノーム:「……この波形、見てください。」
アリス:「通信?」
ノーム:「いえ、違います。これは……“思念波”です。」
アステリア号の観測スクリーンには、
微細な黄金の文字列が流れていた。
それは、音でも映像でもない――心に直接響く言葉だった。
『……楽園に還れ。汝ら、忘れし神の欠片よ。』
サラ:「なにこれ……詩のような、祈りのような……。」
ディネ:「でも、この波動――どこか懐かしいわね。」
ノーム:「発信源を解析……位置特定完了。“星界座標Λ-99”。
通称――古代記録では、“虚空の楽園”と呼ばれていた場所です。」
アリス:「エリュシオン……。アーテルが封じられていた異界の果て……!」
ディネ:「つまり、アーテルの“残滓”がまだ残っているということ?」
アリス:「あるいは、“神々の計画”がまだ終わっていない。」
ノーム:「航路を設定しますか?」
アリス:「もちろん。行きましょう。
――そこに“真実”があるなら、逃げる理由はないわ。」
アステリア号が黄金の軌跡を描き、虚空の彼方へ進路を取る。
やがて、彼らの前に現れたのは、
青でも黒でもない――“光のない光”に包まれた巨大な浮遊大陸だった。
大陸の中央には、無数の翼を持つ構造物がそびえ立っている。
天へと伸びる尖塔の上には、
まるで天使の輪のような環状の光――《セラフィム・コア》。
サラ:「……綺麗……だけど、なんだか胸がざわざわする。」
ディネ:「あれ、建物じゃないわ。“生命”よ。」
ノーム:「観測結果一致。あれは構造生命体、“天使種アークセラフ”。
数百万年前に神々の手で作られた、神の代理者たち。」
アリス:「……やっぱり来たのね。アーテルの残滓が、彼らを再起動させた。」
そのとき、空気が震えた。
天空から、光の羽をまとった存在が降臨する。
「汝、時の巫女アリスよ。
我らは“神の代行者”にして、“楽園の看守”。
神々の理に背く者――お前を、ここで処断する。」
その声とともに、空が裂け、
数百の光の槍が降り注いだ。
アリス:「みんな、避けて!」
光の槍が地を焼き、大地が爆ぜる。
アリスは即座に詠唱を開始した。
アリス「――《虚界干渉》展開!」
青い光の膜が張り、数百の光槍が弾かれて霧散する。
ディネ:「あの数じゃ防ぎきれない!」
ノーム:「戦闘アルゴリズム解析完了。相手は集団知能――つまり、ひとつの意識!」
アリス:「単一個体……。つまり、天使たちは“神の意識の断片”として動いてるのね。」
そのとき、一際強い光が降りてきた。
白銀の鎧をまとい、背に八枚の翼を持つ天使――
その額には、かつてアーテルが持っていた“紋章”が刻まれている。
「我が名はセラフィエル。神の意志を継ぐ者。
汝らの存在は、秩序の外。排除対象と定義する。」
アリス:「……アーテルの代行者、ってわけね。」
セラフィエル:「否。アーテルは滅んだ。
我らは“神の再定義”を担う存在――“次の神”だ。」
アリス:「次の神、ね。――なら、その正体を確かめるだけよ。」
杖を構え、アリスの周囲に四重の魔法陣が展開する。
アリス「《創星詩篇・第七節――星間結界》!」
天使たちの光がぶつかり、
空間そのものが悲鳴をあげた。
激しい戦闘の最中、アリスは一瞬、光の隙間から映像を見た。
そこには、かつての神々の姿が映っていた。
無数の天球を操る存在たち。
そして、その中心で人間の少女が涙を流していた。
少女:「お願い……人々を……もう苦しめないで……!」
神:「理こそが秩序。痛みは淘汰の証。」
少女:「違う……“未来”は、まだ変えられる!」
アリス(……この少女……私……?)
ノーム:「アリス! 意識が乱れてる、下がって!」
アリス:「大丈夫……見えたの。
“神々”は、もうとっくにこの宇宙を離れてる。
残っているのは、“神の残響”だけ。」
セラフィエル:「その通り。我らは残響。だが、理そのものでもある。
――ゆえに、抗う者は“世界の異物”として、削除する。」
アリス:「だったら、私は――異物で構わない!」
杖を振り下ろし、
空間全体が虹色の魔力に包まれる。
アリス「《時空転奏・無限相詩》!」
天使の光と、アリスの魔力がぶつかり合い、
虚空の楽園そのものが震えた。
衝突の中心で、光がねじれ、時が止まる。
アリスとセラフィエルは、静止した時間の中に立っていた。
セラフィエル:「アリス。神々がなぜ世界を捨てたか、知っているか?」
アリス:「……滅びを恐れたから?」
セラフィエル:「否。“人の心”を理解できなかったからだ。
神々は完璧を求め、感情を捨てた。
だが、アーテルだけは――“愛”という概念を理解した。
ゆえに彼は堕ち、封じられた。」
アリス:「……それが“神すら知らぬ真実”……。」
セラフィエル:「そう。神が“人”に似せて作った世界に、
最後に必要だったのは、“不完全である勇気”だ。」
アリス:「……なら、私はその証明になる。」
セラフィエル:「証明?」
アリス:「ええ。完璧じゃない世界でも、愛せることを――。」
アリスの杖が光を放ち、
封じられた時の空間が解放される。
天使たちが光に溶け、再び虚空の海に散っていった。
セラフィエル:「……汝の光、確かに見た。
この世界に、まだ“歌”が残るなら――神もまた微笑もう。」
そう言い残し、彼は消えた。
戦いの後、虚空の楽園は崩壊し、
その中心から一つの種子が浮かび上がった。
ノーム:「これは……“星の種”。新たな創世の核です。」
アリス:「また、始まりの種か……。」
ディネ:「でも、今度はあなたが選べるわ。」
アリス:「……そうね。世界はまだ終わらない。」
アステリア号は種を乗せ、再び宇宙の彼方へ。
アリスはその窓辺で、静かに星の光を見つめた。
アリス「――神々の理を越えて、“人の願い”で世界を創る。
それが、私たちの次の物語。」




