205 星界編 ―永劫回帰の惑星― part11
――創世の光が去ったあと、世界は静かな息をついていた。
だが、その新たに生まれた宇宙の奥底では、“時間”が軋み、止まりかけていた。
《アステリア号》は、真新しい星々の海を進んでいた。
だが、その航路の中央に――奇妙な星が浮かんでいた。
ディネ:「……動いてない……?」
サラ:「いや、星って止まって見えることもあるよね?」
ノーム:「違う。あれは“本当に動いていない”……時間が、凍結している。」
アリスは視線を細める。
その星は淡く金色に輝いていたが、その光には“脈動”がなかった。
まるで心臓の鼓動が永遠に止まってしまったような、静寂の世界。
アリス:「この星の名は……《クロノス・プライム》。
再創世のときに生まれた、“時間を失った星”……。」
ノーム:「記録によれば、創世エネルギーの反動で“時の位相”が反転した星が一つあると……。まさか、これが……。」
アリス:「着陸して、調べましょう。なにかが、この星の時間を縛っている。」
船を降りると、そこは透き通るように白い都市だった。
人々は街の広場や店先、噴水の周りで――動きを止めていた。
まるで“時間の彫刻”そのもの。
ディネ:「……息をしていない。けど、死んでるわけじゃない。」
サラ:「この人たち、笑ってる……この瞬間のまま、止まってるのね。」
ノームが装置を取り出して解析を始めた。
ノーム:「星全体に“時界封印”が施されています。
原因は――星の中心、“クロノ・スパイラル”からの逆流だと思われます。」
アリス:「クロノ・スパイラル?」
ノーム:「時間を回すための超古代機構。
世界の『時の流れ』を維持する中枢……ですが、ここでは逆に流れている。」
アリス:「――つまり、この星の時間は、過去へと戻り続けているのね。」
サラ:「ずっと過去に戻って……止まっちゃったんだ。」
アリスは手を胸に当てる。
アリス「もし、この星が再創世の副作用なら……私の責任でもある。」
ディネ:「そんなふうに思い詰めないで。
あのとき、あなたが選ばなければ、全宇宙が消えてたのよ。」
アリス:「……ありがとう。でも、だからこそ、この星は救わないと。」
星の中心へ進む途中、アリスたちは一人の少女を見つけた。
彼女だけが“時間の外”で動いていた。
少女:「……あなたが、アリス?」
アリス:「ええ。あなたは……?」
少女:「私は“クロエ”。この星の巫女であり、“時間の守護者”よ。」
ノーム:「巫女……。なるほど、時界封印を維持する存在か。」
クロエ:「維持、ではないの。私が封印の核。
この星の時間が止まったのは、私が……『願った』から。」
アリス:「……どういうこと?」
クロエは瞳を伏せ、静かに語り始めた。
クロエ「この星では、何度も戦争が起きたの。
再創世の後、人々は“新しい世界”に戸惑い、
過去を取り戻そうとして争い続けた。
だから私は願ったの。“時間が止まれば、もう争わなくて済む”って。」
サラ:「……そんな、悲しい願い。」
ディネ:「でも、その願いが星全体を……。」
クロエ:「分かってる。でも、あの瞬間、止めたかったのよ。終わらせたかった。
――すべての“今”を。」
アリスは一歩近づき、優しく彼女の手を握った。
アリス「あなたの願いは、間違いじゃない。
でも、世界を止めることは、“未来を閉じる”ことになる。」
クロエ:「未来なんて、もういらないのに……。」
そのとき、星全体が低く唸りをあげた。
ノーム:「時界装置が不安定化しています! クロエの心の動揺が、時間の波を乱しています!」
アリス:「クロエ! あなたの願いを、もう一度聞かせて!」
クロエ:「……わからない……。止まることが、正しいのかどうかも……。」
アリス:「なら――一緒に確かめよう。
止まった時間の中に、“まだ動こうとする心”があるかどうかを。」
アリスの手から淡い光が広がり、
クロエの周囲の時間が、少しずつ“動き出す”。
そして、星の奥底から――巨大な歯車の音が響いた。
星の中心。
そこには、無数の時計が重なり合う巨大な装置があった。
中央のコアから、逆光の奔流があふれ、星全体の時間を巻き戻している。
ノーム:「制御不能……! 時間の逆転が極点を越えようとしています!」
ディネ:「つまり、星そのものが過去に飲み込まれる!」
アリス:「行くしかない。クロエ、私と一緒に――!」
クロエ:「……うん!」
アリスとクロエは手を取り合い、コアの中心へ飛び込んだ。
無数の時間の断片が渦を巻く。
未来の自分、過去の自分、失われた笑顔――
アリスの心が引き裂かれるような光景が流れる。
アリス:「これが……時間の牢獄……!」
クロエ:「アリス……! もし、私を壊せば、この封印は解ける……!
でも私は、“時間の核”――私が消えたら、星は――!」
アリス:「いいえ。あなたを消さずに、解く方法を見つける!」
アリスは杖を構え、心の奥底の声を呼び覚ました。
『アリス――時間は流れるもの。止めることはできない。
だが、繋げることはできる。』
それは精霊王の声だった。
アリス:「……そうか。止めるんじゃない、“繋ぐ”んだ。」
アリスは杖を天に掲げ、詠唱する。
アリス「――《時連なる創世詩》!」
光が奔流し、クロエの身体が透明な結晶に包まれていく。
だが、それは“消滅”ではなかった。
彼女の時間が、再び“未来”へと繋がっていく。
クロエ:「……動いてる……時間が……!」
アリス:「あなたの願いは、“永遠の今”じゃない。
“終わらない未来”だったのよ。」
クロエの頬に涙がこぼれ、星全体に金色の風が吹き抜けた。
ノーム:「時間流、安定! 星の回転、再開しました!」
サラ:「やったね、アリス!」
ディネ:「ふふ、やっぱりあなたらしいわね。」
アリスは微笑み、空を見上げた。
凍っていた星空が、再びきらめいていた。
クロエ:「ありがとう、アリス。あなたに会えて……やっと、“今”が好きになれた。」
アリス:「これからの時間を、生きて。」
クロエ:「ええ。私も――いつか、あなたみたいに。」
光が溢れ、クロエの身体は星の中心に溶けていった。
それは悲しみではなく、新たな始まりの光。
アリスたちは《アステリア号》に戻り、再び航路を進める。
アリス:「さあ、次の星へ行こう。」
ディネ:「どんな世界が待ってるのかしら。」
サラ:「次こそ、ゆっくりお茶でも飲みたいなぁ。」
ノーム:「……それは無理だと思うよ。」
四人の笑い声が、再び宇宙に響く。




