202 星界編 ― 時の海と原点の神殿 ― part8
《アステリア号》は、星海の果てに広がる白銀の霧の中を進んでいた。
霧の中では時間の流れが歪み、過去も未来も同時に存在している。
ノーム:「ここが……“時の海”……。」
サラ:「時間が止まってるみたい。」
ディネ:「違うわ。止まってるんじゃなくて、“循環してる”の。」
光が反転し、船の外で星々が逆行していく。
一瞬、アリスの視界に見覚えのある“都市の灯”が映った。
――異世界の夜景。彼女がまだ人間だった頃の、最後の記憶。
アリス:「……あの光……あれは……!」
ディネ:「アリス?」
アリス:「ごめん。少し、懐かしいものが見えた気がして。」
船の計器が軋みを上げ、前方に黒い空間の裂け目が開く。
ノームが警告を叫んだ。
ノーム:「“時間境界”です! ここから先は、過去と未来の狭間――“原点の神殿”への門!」
アリス:「行くよ。ここに、私の始まりがある。」
船が裂け目を抜けた瞬間、
彼らは静寂の白い大地に降り立った。
空はなく、上下の概念すら消えた空間。
ただ、星の光だけが、永遠に雪のように降り注いでいた。
その中心に――二つの巨大な玉座があった。
一つは“光”に包まれ、もう一つは“影”に沈んでいる。
アリス:「……ここが、“原点の神殿”……。」
その時、光の玉座から声が響く。
???:「久しいな、アリス。」
現れたのは、黄金の髪を持つ荘厳な存在。
“精霊王ルシエル”――かつてアリスに無限の魔力を授けた存在。
ディネが思わず膝をつく。
ディネ:「……精霊王ルシエル様……!」
ルシエルは優しく微笑み、アリスに歩み寄る。
ルシエル:「お前はよくここまで来た。
だが、もう一柱――“影の精霊王”にも会わねばならぬ。」
影の玉座が揺らめく。
そこから、黒衣の男がゆっくりと姿を現す。
その瞳は虚無と同じ色――“第二の精霊王ヴェルザ”。
ヴェルザ:「やはり来たか、“転生者”アリスよ。」
アリス:「あなたが……もう一柱の精霊王。」
ヴェルザ:「我ら二柱はかつて、“創世の双極”としてこの世界を創った。
だが、光と影が均衡を失い、世界は崩壊した。
その時――お前の魂が“異界”から落ちてきたのだ。」
アリス:「私が……この世界を再生させた“因子”だったのね。」
ルシエル:「そうだ。お前の魂は“可能性”そのもの。
私が“光”の理を与え、ヴェルザが“影”の意志を封じた。
その均衡こそが、この星の命の形だった。」
ヴェルザ:「だが、今や“原初の核”が覚醒し、再び創世が動き始めている。
新たな世界を創るか――あるいは、すべてを終わらせるか。
選ぶのはお前だ、アリス。」
神殿の中央に、光の柱が立ち上がる。
その中に、アリス自身の“魂の記録”が映し出される。
異世界の少女。滅びゆく文明。
最後に願った――「もう一度、生きたい」。
アリス:「……そうだった。あの時、私は……世界を救えなかった。
だから、次の世界で――誰かを守れるようになりたかった。」
ルシエル:「その願いが、“星々の転生”を起こした。
お前の魂は、この世界の創世因子と融合した。」
ヴェルザ:「ゆえに、アリス。
お前は“人”でありながら、“世界の意思”でもある。」
アリス:「なら……私は、選ぶ。
どんなに過酷でも、世界を終わらせない。
人が笑える未来を、もう一度見たい。」
ルシエルは静かに頷いた。
ヴェルザは微かに笑う。
ヴェルザ:「愚かだな。だが、それこそが“人”の強さか。」
ルシエルとヴェルザが両手を掲げる。
光と影の魔法陣が重なり、アリスを包み込む。
アリスの体が宙に浮かび、星々が彼女の周囲に集まる。
ルシエル:「これより、“原初の核”を完成させよう。」
ヴェルザ:「新たな創世の理は、お前に委ねる。」
アリス:「受け取るよ。
だけど、私は“神”にはならない。
私は――“人のアリス”として、生きる。」
その瞬間、
光と影が交錯し、神殿全体が星の海へと溶けていく。
アリスの胸の奥で、
二つの魔力がひとつに融け合い、新たな命の鼓動が生まれた。
アリスが目を開けると、そこは再び《アステリア号》の甲板だった。
周囲の空は金と群青が混じる、見たことのない光の海。
星々が旋律のように輝き、ゆっくりと流れていく。
ディネ:「アリス! 気がついたのね!」
サラ:「すごい……アリスから出てる光、星そのものみたい!」
ノーム:「彼女の中の魔力が……世界の法則を書き換えてる……!」
アリスは穏やかに微笑んだ。
アリス:「大丈夫。もう、恐れるものはない。
“光”も“影”も――すべて、私の中にある。」
イリス(遠くの声):「あなたは、“時の継承者”から、“創世の証人”へ……。
さあ、アリス。次は、“未来”を見に行きましょう。」
アリス:「――ああ、行こう。
みんなと一緒に、新しい世界の夜明けを見に。」
《アステリア号》が再び光を放ち、
“時の海”を抜けて、新たな宇宙の扉を開いた。
《アステリア号》は“時の海”を抜けたあと、
薄青い星雲の光を纏う空域へと漂い出た。
そこは、無数の小惑星と、透明な水のような星光の粒が舞う場所――。
空を流れる“星の雫”が、静かに船体を照らしていた。
ノーム:「ここは……星の涙が降る宙域、“アウレアの回廊”ですね。」
ディネ:「……幻想的ね。まるで星が泣いてるみたい。」
サラ:「でも、なんだか優しい……。」
アリスは、甲板に手を置きながら、
遠くで微かに響く“声”を聞いた。
それは歌のようで、祈りのようで――懐かしい。
アリス:「……呼ばれてる。どこかで、私を……。」
《アステリア号》が進む先に、
巨大な“星の樹”が浮かぶ島のような惑星があった。
根が星屑を掴み、枝が宇宙そのものを抱く――神々しい景観。
ノーム:「あれが……伝承にある“星詠樹”!」
アリス:「あの樹の根元……誰かがいる。」
彼女が降り立つと、そこには白い衣をまとった少女がいた。
銀の髪が風に流れ、瞳は宵の星のように輝いている。
少女:「あなたが……“創世の証人”なのね。」
アリス:「……あなたは?」
少女:「私は“星詠の巫女”、リュシエ。
この星域に生まれた、古代神族の最後の一人です。」
サラが息をのむ。
サラ:「古代神族って……伝説の!」
リュシエ:「あなたの覚醒で、世界の時は再び動き始めました。
でも……“創世の因果”は未だ閉じていません。
この星の核が、完全な覚醒を求めています。」
アリス:「アステリオン……それは?」
リュシエ:「“原初の核”の対となる存在。
星々の誕生を導く、“宇宙の心臓”――。
あなたが転生した時、あなたの魂と共に、
その欠片が“地上世界”へと落ちたのです。」
ノーム:「つまり……アリスの存在そのものが、宇宙の再生を導いた……!」
リュシエはアリスの手を取り、星詠樹の根の奥へと導いた。
そこには巨大な装置のような構造体が眠っていた。




