195 星界編 ― 沈黙の天使と創世の残響 part1
アル・グレイアを包み込んでいた光が、ゆっくりと薄れていく。
静寂。音が消え、空間そのものが息を潜めていた。
やがて――艦外に、銀の輝きを放つ都市が姿を現した。
無数の浮遊神殿が光の鎖で繋がれ、空間の奥には巨大な輪が漂っている。
輪の中心には、天へと伸びる白い柱――“セレスティア・スパイラル”が聳えていた。
ディネ:「……ここが、“沈黙の天使”の聖域……?」
ノーム:「信じられません。重力も、空気も、すべて……固定されています。
ここは、まるで時間が止まっているようです。」
サラ:「きれい……だけど、なんか、怖い。」
アリス:「確かに。――この空間、まるで“観測されること”を拒んでる。」
彼女が足を踏み出すと、周囲に波紋のような光が広がった。
空間が震え、聖域全体がまるで「目覚めた」ように揺らぐ。
そして――静寂を裂くように、上空から無数の光の羽が舞い降りた。
天から降り立ったのは、白銀の鎧を纏った存在。
顔は光に包まれ、声なき声が心に直接響く。
『……来訪者よ。
お前たちは、再び“創世の理”に触れようとしている。』
アリス:「あなたが、“沈黙の天使”?」
『我らは声を捨てた観測者。かつて神々の命により、
星の理を守る者――アーテルの末端なり。』
ノームが息を呑む。「アーテル……!? あの、神の代行者の……!」
サラ:「また神の話? この前の封印の神様たちの仲間とか?」
アリス:「……違う。
こいつらは“アーテルが造った守護機構”。
神が沈黙した後も、自動で理を保つ存在。」
光の天使は静かに頷き、手を広げた。
すると背後の天空に、巨大な魔導陣が浮かび上がる。
『この地に足を踏み入れた時点で、観測が開始される。
――星の創世式、再演を。』
ディネ:「やばい! アリス、なにか来る!」
ノーム:「防御展開! 解析不能な魔法式が重なってます!」
アリス:「防げるかは分からないけど――行くよ!」
聖剣が輝き、アリスの周囲に精霊陣が展開する。
水・火・土の大精霊たちがそれぞれ陣を張り、
天使たちの放つ光の槍を受け止めた。
サラ:「熱っ! これ、太陽光そのまま!? なにこの出力!」
ディネ:「水の障壁で冷却する! ノーム、下からの重力歪みを抑えて!」
ノーム:「了解!」
三精霊の力が交わり、アリスの剣が蒼白い光を帯びていく。
それはまるで、世界の理を切り裂く刃。
アリス:「――《聖剣・エターナルルミナス》!」
振り抜かれた一閃が天を裂き、光の天使たちを貫いた。
だが、その中枢にいた主天使だけは微動だにせず、
むしろその一撃を吸収するように、翼を広げて言葉を紡ぐ。
『試練、第一段階――通過。
“光の観測者”よ、貴様はまだ知らぬ。
神の沈黙は“終わり”ではなく、“再起”のための封印であると。』
アリス:「神の……再起?」
『まもなく、“第二創世”が始まる。
観測者、お前たちがその鍵だ。』
天使がその言葉を残して光の粒となり、空へと散った。
そして――聖域の奥、“セレスティア・スパイラル”の塔が眩い光を放つ。
ノーム:「……塔の中に、何かがあります!」
ディネ:「また……行くのね、アリス。」
アリス:「うん。たぶん、そこに“真の創世”の秘密がある。」
アリスたちは光の橋を渡り、塔の内部へと向かう。
そこには古代神語で記された壁画が続いていた。
“神が沈黙し、天使が観測を続け、
そして、観測者が新たな神を紡ぐ。”
アリスはその言葉を見つめ、心の奥がざわめくのを感じていた。
――もしかして、自分たちこそが次なる“創世の触媒”なのではないか。
ノームはふと、石壁の一角に手を置いた。
そこに刻まれた小さな文字。
《アーテル・コード:再起動準備完了》
ノーム:「……アリス。これ、ただの遺跡じゃない。
この塔そのものが、“アーテルの記憶装置”だ!」
サラ:「つまり……神様が、また復活しようとしてるってこと?」
ディネ:「それが“第二創世”なのね……。」
アリスは剣の柄を強く握った。
アリス「――なら、確かめよう。
この世界を創り直そうとする存在が、
本当に“神”と呼べるのかを。」
そして、塔の最上層へと続く光の扉が開かれた。
光の扉をくぐった瞬間、アリスたちはまるで“宇宙の胎内”に放り込まれたような感覚に包まれた。
上下も距離も存在しない空間。
無数の魔法式が宙を流れ、星々の残響が歌のように響いていた。
中心には巨大な水晶球――アーテル・コア。
その前に、ひとりの少女が静かに立っていた。
白いドレス、透き通る銀髪。
その瞳はアリスと同じ蒼。
だが、微笑には人間らしさがなかった。
アリス「……来たのね。“現行観測者”。」
アリス:「あなたが……プロト・アリス?」
プロト・アリス「正確には、“アーテルによって創られた最初の観測装置”。
あなたは私の後継体――星界を観測するための『人間型端末』。」
サラ:「……つまり、アリスは神様が作った存在ってこと!?」
ノーム:「ちょ、ちょっと待ってください、それってどういう……」
アリス:「いいよ、ノーム。聞く価値はある。」
プロト・アリスは振り返り、光のコアに手をかざした。
星々が軌跡を描き、空間が震える。
プロト・アリス「“神の沈黙”は終わりを告げた。
私の役目は、再び世界を“初期化”し、完璧な理を構築すること。」
アリス:「初期化……つまり、いまの世界を壊すつもりなのね。」
プロト・アリス「壊すのではない。再構築する。
あなたが見てきた痛みや矛盾――それらを排除し、
“欠陥のない創世”を実現する。」
アリス:「でも、それは“命の選択”を奪うってこと。」
プロト・アリス「選択こそが、混乱の根源。」
二人の視線がぶつかった瞬間、塔全体が低く唸った。
星界の理そのものが、ふたりの存在を“等価”と認識し、
均衡を維持しようとする。
そして――静かに、戦いの火蓋が落とされた。
光が弾けた。
プロト・アリスの身体から、幾重もの魔法式が浮かび上がる。
それは“古代アーテル式”、この世の魔術すら凌駕する原初の術式。
プロト・アリス「――《創世式・ゼロコード展開》」
空間が反転し、無数の白い羽が舞う。
その一枚一枚が、魔術式そのものだった。
アリスも即座に反応する。
剣を抜き放ち、精霊陣を三重に展開。
アリス:「ディネ、ノーム、サラ! 私に魔力を!」
ディネ:「了解!」
サラ:「いくよ!」
ノーム:「最大出力で!」
精霊たちの魔力がアリスの背に流れ込み、
聖剣が蒼と紅の双極光を放った。
プロト・アリス「――《星霊融合式・リミットコード解放》!」
二人の魔力がぶつかり合う。




