193 グレイン島編 part1
通路の奥は、しんと静まり返っていた。
壁面には古代文字がびっしりと刻まれ、淡い蒼光が流れている。
アリスが足を踏み出したその瞬間――
「カチリ」
という小さな音と共に、床の紋章が光り出した。
アリス:「……待って、これ、起動陣式よ!」
ノーム:「まさか――罠でしょうか!?」
次の瞬間、床が音を立てて崩れ落ちた。
四人は叫ぶ間もなく、黒い光の渦へと吸い込まれていく。
落下の最中、ディネの声が響いた。
ディネ「アリスー! なんでこういう展開ばっかりなのーっ!」
サラ:「重力反転とかできないの!?!?」
アリス:「無理っ! これ、空間そのものが“ずれてる”!」
彼女はとっさに《時空膜障壁》を展開し、全員を包み込んだ。
次の瞬間、光が弾け、世界が反転する。
彼女たちが落ちた先――そこは、時間の止まった空間だった。
◆遺跡深層 ― 神の眠る間
そこは巨大な円形の空間だった。
中心に鎮座していたのは、半分崩壊した黄金の球体――
まるで、心臓を模した“神の核”。
サラ:「……なにこれ。心臓? でも、金属でできてる?」
ノーム:「違います。これは――生きている。」
ディネ:「生きてるって、まさか……!」
アリスは静かに近づき、手をかざした。
黄金の球が、まるで応えるように光を放つ。
そして、アリスの中に“誰かの声”が流れ込んできた。
《アリス=オルブレス。あなたは、かつて“我ら”と共にいた。》
《あなたの魂は、神の設計を知る者――“創世の観測者”の欠片。》
アリスの身体がふっと浮き上がる。
記憶が、過去と現在の境界を溶かしていく。
――青白い空。
――崩壊する都市。
――そして、巨大な“神の機械”の中心で目を閉じる、自分。
サラ:「アリス!? ちょっと、どうしたの!?」
ディネ:「光が強すぎる!」
ノーム:「……これは、過去の記憶の再現です。遺跡が彼女に反応している!」
光が収まった時、アリスの目に映ったのは――
自分と同じ顔をしたもう一人の女性だった。
◆もう一人の“アリス”
黄金の装束に包まれたその女性は、ゆっくりとアリスを見つめた。
もう一人のアリス「ようやく来たのね、分たれた私。」
アリス:「……あなた、誰?」
もう一人のアリス「私は“アリス”――創世神に仕えた観測者。あなたはその“記憶の断片”。」
ディネ:「ちょ、待って。アリスが二人いるとか混乱するんだけど!」
ノーム:「つまり、アリスの魂の中には、神々の時代の記録が残っていた……?」
サラ:「じゃあ、この遺跡って……アリスのために造られた場所?」
もう一人のアリスは、静かに頷いた。
もう一人のアリス「この“神の核”は、私が封じた。
創世神アーテルの心臓――すなわち、“理の中枢”そのもの。」
アリス:「……アーテル。あの時、戦った神……?」
もう一人のアリス「ええ。でもあれは彼の“残響”。本体は、まだ完全には眠っていない。」
周囲の空間が、ふっと暗くなる。
神の心臓が鼓動を打ち、重い低音が響く。
《――識別:不完全存在、アリス。制御権、回収開始。》
アリス:「……くる!」
ディネ:「防御展開!」
ノーム:「地殻封印、起動!」
サラ:「全力で燃やすっ!」
四人の魔力が交差し、神の核から噴き出す光線を押し返す。
アリスは剣を構え、叫ぶ。
アリス「時空神クロノス! 私に力を――!」
時が止まり、空間が反転する。
剣に時の光が宿り、彼女は一閃を放った。
――《理の剣:クロノ・エクリプス》
光が神の核を裂き、深層の空間が崩れ始める。
終章:沈黙する神の心臓
崩壊の中、もう一人の“アリス”が微笑んだ。
もう一人のアリス「……よくやったわ。あなたは、私の未来。」
アリス:「あなたは……?」
もう一人のアリス「私はここに残る。世界が次の理を見つける日まで。」
その身体が光の粒になって消えていく。
アリスは剣を下ろし、静かに呟いた。
アリス「ありがとう。……私が、続きを見届ける。」
遺跡の天井から、光が差し込んだ。
崩れた石の中で、ディネたちが立ち上がる。
ディネ:「もう落ちるのは勘弁してほしいわ……」
サラ:「まったくだね。けど、アリス、ちょっとカッコよかったよ。」
ノーム:「まるで神話の一場面のようでした。」
アリスは少し照れくさそうに笑い、空を見上げた。
アリス「……さあ、帰ろう。次は、もう少し穏やかな冒険がしたい。」
海風が吹き抜け、南の空に白い雲が流れていく。
そのとき、瓦礫が崩れ落ち、古代遺跡の深層が沈みゆく。
その中でノームが何かに気づいた。
小さな光が、崩れた壁の隙間から漏れている。
ノーム:「……これは?」
彼が拾い上げたのは、青白く輝く古代の石板だった。
表面には、見たこともない古文字が刻まれている。
アリスが手を翳すと、光の文様が浮かび上がった。
《第二の創世、訪れん。光の観測者、再び神を紡ぐ。》
アリス:「……“光の観測者”? それって……」
ディネ:「まさか、またアリスのことじゃない?」
サラ:「二回目の創世って、どういう意味なのよ……?」
ノーム:「この遺跡はまだ終わっていないようです。見てください、あの下に――」
ノームが指差した先、崩壊した床の奥に、螺旋状の階段が続いていた。
青白い光が、まるで“下へ進め”と誘うように脈動している。
アリス:「……行こう。ここで立ち止まるわけにはいかない。」
螺旋階段を降りた先――
そこには、常識では想像できない光景が広がっていた。
巨大な空洞の中に、一隻の空飛ぶ超古代戦艦が静かに眠っていたのだ。
全長は数百メートルにも及び、艦体の側面には古代の紋章が刻まれている。
それはまるで、神々が空を支配していた時代の遺物のようだった。
サラ:「……これ、ほんとに船なの? 空を飛ぶって、どういう仕組み……?」
ノーム:「見てください、この魔導炉の構造……重力制御術式です。
この時代にこれほどの技術があったなんて……!」
ディネ:「つまり、これって“浮く”ってこと? 本当に空を飛ぶの?」
アリス:「……おそらく、“神の移動要塞”ね。
私の記憶の中にも……似たような構造体を見たことがある。」
艦体の周囲には、古文書が散乱していた。
アリスたちはそれを拾い集め、古代語を解析しながら、艦の構造を読み解いていく。
《この船、名を“アル・グレイア”という。
天空に浮かび、神々の理を運ぶ器。
世界が再び分断される時、光の観測者がこれを起動させる。》
アリス:「……“光の観測者”。やっぱり私たちが、起動の鍵になるってことね。」
サラ:「でもどうやって中に入るの? 扉、びくともしないわよ。」
その瞬間――
艦体の奥から、鈍い震動音が響いた。
床に刻まれた封印陣が光り、そこから巨大な石の守護者が姿を現した。




