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190 パルキニア共和国 勇者召喚編 part8



赤黒い霧が荒野を覆い、亡者の群れが呻き声を上げる。

その中心に立つ“先遣者”――マリーの姿を借りた存在は、目を紅に輝かせていた。


マリー「我らは門を開く。

 過去に失われた魂も、未来に生まれるはずだった命も、

 すべて飲み込み、ひとつの“永遠”とする。」


声は無数の人々の叫びが重なり合ったようで、聞くだけで胸を締めつけられる。


アリスは剣を構えながらも、その瞳を逸らせなかった。


アリス「マリー……。本当に、君なのか?」


戦いの最中、ほんの一瞬。

マリーの表情が柔らかく揺れ、アリスに向かって唇が動いた。


マリー「――たすけて」


その声はかすかで、亡者の咆哮にかき消されそうだった。

だが、アリスにははっきり届いた。


アリス「……やっぱり、君はまだそこにいるんだな!」


アリスの胸に熱が走る。

彼女は叫び、群がる亡者を薙ぎ払いながら突き進む。


後方では聖女が必死に祈りを紡いでいた。

亡者一体一体の顔が、かつての人々の苦悶を浮かべている。


聖女「この魂は……本当に皆、人間だったのね……。

 哀れな……でも、私は見捨てない!」


彼女の光の結界は、亡者の攻撃を防ぎながら、わずかずつ魂の影を浄化していく。

だが、その速度はあまりにも遅かった。


聖女「アリス! 彼女の意識を繋ぎ止めて! 私がその隙を広げてみせる!」


ライラは戦場の端で魔導盤を操作し、冷たい声を響かせる。


ライラ「マリーの魂は完全に“集合意識”の一部になっている。

 今、アリスが感じ取っているのは、ほんの残滓……断片にすぎない。

 でも――その断片こそ、彼女を引き戻す“錨”になる!」


ライラの瞳には迷いがなかった。

ライラ「……アリス。覚悟して。彼女を救うってことは、同時に“全員の魂”を背負うってことよ。」


亡者の群れを切り裂きながら、アリスは霧の中心――“マリーの姿”へと肉薄する。


剣先が届く直前、アリスは叫んだ。

アリス「マリー! お前は道具じゃない! “鍵”でもない!

 お前は――私の友だ!」


刃は少女の胸に届き、しかし斬り裂くことなく光へと変わる。


その瞬間、アリスの意識は深い闇に引き込まれた。


暗闇の中に、震える少女の姿があった。

マリー――かつて勇者召喚に巻き込まれた、普通の少女。


マリー「……アリス?」


声はかすれて、弱々しい。

しかし、その瞳は確かに“生きている”人間のものだった。


アリスはそっと手を伸ばす。

アリス「迎えに来たよ。もう一度、君を連れ戻す。」


マリーは涙を浮かべ、アリスの手を握り返した。

マリー「わたし……ずっと怖かった……。

 でも、アリスが……呼んでくれるなら……」


二人の手が触れ合った瞬間、周囲の闇が激しく波打つ。

亡者たちの悲鳴が、耳をつんざくように響き渡った。


アリス「還れ――!」


アリスの叫びと共に、光が闇を突き破り、荒野全体を照らした。


◆南の島にて 〜のんびり組の午後〜


陽光の差す浜辺。

潮風がヤシの葉を揺らし、白い砂がまるで金粉のように光っていた。


ディネ、サラ、ノームの三人は、絹のパラソルの下で紅茶を楽しんでいた。

波打ち際では小さな魔法クラゲがふわふわと漂い、

遠くではトロピカルバードの群れが歌を奏でている。


サラがティーカップをくるりと回しながら、ため息まじりに言った。


サラ「ねえ、最近……私たち出番ないよね。」


ノームはスコーンをかじりながら答える。


ノーム「しかたないですよ。アリスが強くなりすぎたんです。」


ディネが笑って肩をすくめた。


ディネ「それに、今のうちに休んでおくのも悪くないわ。

 あの人、次に呼び出す時はたいてい“世界が壊れそうな時”だから。」


三人の笑い声が、波の音と一緒に風に流れる。

だがその空のはるか彼方、見えない場所で――異界の門が再び脈動を始めていた。


◆灰の聖堂編:異界の鼓動


灰色の空。

聖堂を覆う雲は裂け、赤黒い稲妻がときおり閃光を走らせる。

アリス、ライラ、聖女、そしてクロノスが、荒廃した大聖堂の前に立っていた。


地面には無数の魔法陣が重なり合い、中心からは巨大な“門”が半ば開きかけている。

門の縁には、異界の文字が脈動するように刻まれ、

その隙間からは、ゆらめく光――いや、“意志”のような何かが覗いていた。


ライラが魔導盤を展開し、眉をひそめる。


ライラ「これは……異界の門の再構築。

 マリーの魂を救い出したときの“波動”が、逆に向こう側を刺激したのね。」


聖女は手を組み、祈るように呟いた。


聖女「神の名を騙る異界のものよ……再びこの地に踏み入ることを許しません。」


その瞬間、聖堂の奥から、杖を持つ一人の老人が現れた。

ボロ布のような聖衣に、深い灰の瞳――老神官トゥメル=ハーン。

かつて勇者召喚を指揮した、あの狂信者だった。


トゥメル=ハーン「おお、アリスよ。再び門の前に立つとは……

 お前もまた“選ばれし魂”の一部なのだな。」


アリスは剣を構える。


アリス「いいや、私は選ばれた覚えなんてない。

 あんたらが壊した世界を――私は“直す側”だ。」


トゥメル=ハーンは歪んだ笑みを浮かべた。


トゥメル=ハーン「修復など無意味。

 すべては崩壊の果てに融合し、真の“救済”が訪れるのだ。」


彼が杖を突くと、門の縁から闇の触手が蠢き出す。

聖堂の壁が崩れ、無数の亡者が形を成してゆく。


ライラ「……また亡者か。懲りないね。」


ライラが小さくため息をつく。


アリスは剣に魔力を流し込む。

蒼い光が刃を包み、周囲の闇を裂く。


アリス「〈アーク・クロノ・スラッシュ〉――時間を断つ!」


剣閃が一直線に奔り、闇の触手をまとめて切り裂いた。

空間が波打ち、時間が一瞬止まる。


しかしトゥメル=ハーンはその静止した空間の中で、

不気味に笑いながら“逆再生”の呪文を唱えていた。


トゥメル=ハーン「我が命脈よ、異界の門に捧げん!」


血が地に落ちると同時に、門の中心から黒い光柱が噴き上がる。

聖堂の天井が吹き飛び、空の裂け目から“異界の眼”がこちらを覗いた。


クロノスが一歩前に出る。

彼の体からは無数の砂時計のような光の粒が舞い上がり、時の流れが逆巻いた。


クロノス「アリス……私の力を借りるか?

 だが、この力は“因果”そのものを削る。使えば、代償は大きい。」


アリスは剣を握りしめる。


アリス「いい。世界が壊れるくらいなら、私の命くらい安いものさ。」


クロノスが深く頷き、神々しい声を響かせた。


クロノス「――ならば、神々の時を再起動せよ!」


時の奔流が解き放たれ、灰の聖堂全体が光の波に包まれた。

亡者は塵となり、門の亀裂はゆっくりと閉じていく。


トゥメル=ハーンの体が崩れ落ちながら、最後の言葉を残す。


トゥメル=ハーン「……我らが終わる時、門は……また……開く……」


光が収まったとき、そこには崩壊した聖堂と、

マリーを抱きかかえるアリスの姿があった。


ライラがそっと近づき、微笑む。


ライラ「終わったのね。」


聖女は小さく頷き、祈りの言葉を口にする。


聖女「異界の門は閉じられました……けれど、またどこかで“誰か”が扉を叩くでしょう。」


アリスは空を見上げる。

そこには、まるで祝福のように、白い羽がひとひら舞っていた。


◆南の島の午後、ふたたび


そのころ、南の島では――


ディネ「……なんか、今すごく嫌な予感がしなかった?」


サラ「気のせいじゃない? ほら、もう一杯どう?」


ノーム「はい。今日の紅茶は特別に香りが良いですよ。」


三人の笑い声が、海風に溶けてゆく。

世界の運命がかかった戦いのことなど、まるで夢の彼方の出来事のように。


――だがその空の下で、ひとつの羽が風に乗って彼女たちの足元に落ちた。

真っ白な羽。

それは、アリスたちが閉じた異界の門の“名残”だった。


ディネがそれを拾い、微笑む。


ディネ「……あの人たち、また何かやったみたいね。」


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